神学校へ14
「なんだか達観していらっしゃるのですね。やはり、オリバー様はどこか他の方と違うように思えます」
「変にひねているだけですよ。むしろ、僕よりも、アデライデさん、ズィーボルト様、ハルトナーの方が一角の人物として目を惹きます。失礼ながら感嘆の至り」
「いやだ、お世辞はよしてください。ヘンリエッタやハルトナー様ならいざ知らず、私などはただの小娘でございます」
「いえ、そのような事はございません。本日アデライデさんよりお聞きしたお話は全てご立派な思想の元に成り立っているものでございました。理想とする社会の在り方とそのために必要な行動を拝聴する事ができ、大変勉強になりました」
「あれは父の受け売りでございまして、私の言葉ではございません。それに……」
アデライデは一瞬目を逸らして、冷笑するような表情を見せた。それは俺に対してではない。アデライデ本人に向けられたものだった。
「それに、どれだけ世のためになると思って行動しても、理解いただけない事もございます」
「ザクセン男爵の活動に対して良く思っていない人間がいるのでしょうか」
「私からは申し上げられません。しかし、時に上手く運ばない事があるというのは事実でございます。色々な方々に対してお話をしても、やはり皆様立場や主義、思想がございますので、全てが全て、納得いただけるというのは難しい場面がございます」
「左様でございますか」
「ただ、その中でもズィーボルト様とルイーザ様は、常に父の側に立っていただいており、私共々、大変よくしていただいております。今回こちらにお伺いしたのも、私が無理を言ってヘンリエッタにお願いしたからなのです」
「わざわざ、こんなところまで来たいと仰ったのですか」
「はい。父から、平和な暮らしぶりを見ておいた方がいいと助言を受けましたもので」
「それはなんとも。しかし、こんな長閑な集落を見ても、別段何を得られるわけでもないかと」
アデライデの視線が刺さった。しまった失言を吐いたかと心臓が痛くなったが、どうやらそうではないようだった。
「オリバー様は、今世界がどのような状況になっているか、ご存じでしょうか」
世界状況といえば魔王軍との戦争以外にない。俺は素直に「大まかには」と答えた。通信技術もなにもあったものではないこの世界において情報を得る手段は少なく、伝え聞いた、盗み見た朧気な内容しか頭には入っていなかった。
「現在、シュトルトガルドや首都バイルリンなどの都市部の他、こちらのように戦地になっていない地域については人が生きていける状態を保っておりますが、魔王軍が攻め込んできた場所は、それはもう酷い有様となっております。木々は腐り果て、水は毒で濁り、空気でさえ淀んで瘴気を含んでいます。人が住めるようになるまで何十年、何百年とかかるような有様。かつてそこにあった営みも文化も歴史も、全て退廃で塗り替えられてしまっています」
「ご覧になったのですか?」
「はい。父に連れられて、何度か」
「それは……」
俺は途中まで言いかけた言葉を飲んだ。「それは大変立派な事ですね」などと軽々に述べてしまうにはあまりに重い経験だったからである。
「それだけでは終わりません。逃げてきた人々が近隣の町村、都市へ定住するにあたって、数多くの問題が発生しております。衣食住の確保、貧困、差別……そういった現実が付いて回り、罪に手を染める難民の方もいらっしゃいます。そこからまた数多の問題が枝分かれして生まれ、どんどん泥沼の状態に陥ってしまうのが、今の世界なのです。これについては戦況が悪化するにつれ拡大しており、シュトルトガルドにおいても年々深刻化しております。はっきりと申し上げますと、戦争の影響のない場所を探す方が難しい状況となっているのです。父は、“そうした場所をもし見る事ができたら、しっかりと目に焼き付けて平和について考えなさい”と、私に言ったのです」
「なるほど……」
「はい……」
ザクセン男爵はアデライデの言うように立派な父親である。戦中戦後、彼の働きによって救われた命は多い。
「……アデライデさんとザクセン男爵は、その問題解決に向けて尽力されていると」
少しの間沈黙があったため、俺は話題を提供する事にした。その日出会ったばかりの人間と会話のない中二人きりでいるなどという状況は居心地が悪い。
「私はなにもできておりませんが、父についてはオリバー様の仰る通りでございます。これも、ズィーボルト様とルイーザ様のお力添えあっての事。お二方には、どれだけ感謝をしても足りません」
「僕も、ズィーボルト様には感謝しております。ご息女には本日失礼がございましたが、ズィーボルト様のためにも、快くお付き合いできるよう努めてまいります」
「……オリバー様。ここからが本日お邪魔した目的であり、大変重要なお話なのでございますが」
アデライデは小さな顔を近づけた。彼女の吐息が当たり、前髪がそよいだ。
「オリバー様。どうか、ヘンリエッタを誤解しないでいただきたいのです」
「誤解?」
「はい。本日、オリバー様とヘンリエッタが口論のような事になりましたでしょう。あれは、ヘンリエッタに悪気があっての事ではないのです」
「それは理解しておりますし、僕の方でも穿った見方をしておりましたので、誤解もなにもないのですが……」
「いいえ。恐れながら、オリバー様は誤解していらっしゃると私は思います」
「と、申しますと?」
「ヘンリエッタについて、鼻持ちならない、典型的な悪徳貴族だとお考えになっているのではないでしょうか」
そこまでではないにしろ、実際良くは思っていなかった。急にとげとげしい言葉で刺してくる人間に好印象を持つなど難しく、“面倒くさい奴”と思う方が余程簡単だった。
それをアデライデにそのまま伝えてもよかったが、こじれそうなのでオブラートに包む事にした。
「そこまで悪意に満ちてはおりませんが、どう接していいのかは今も迷っております。王族の血筋であり大変高貴な方であるし、なにより、気安く話すなと仰せつかっておりますので」
随分と嫌味な言い方をしてしまったなと思う。どうも、何度生まれ変わっても卑屈という病は克服できそうにない。
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