神学校へ13

「貴方は中々面白い事を仰います。私は、そのように見えているのですね」


「あくまで私の印象でございますので、他の方がどう感じるかは分かりかねますが」


「いえ、恐らく同じでしょう。分かりました。はっきりと伝えていただいてありがとう」


「え、あぁ、はい……」



 それからヘンリエッタは特に俺の態度などについて言及する事もなく、集落の案内は続行された。二人の少女は何事もなかったかのように生い茂る草木や花。山から下ってくる川の清流、風に揺れる池の水面などを見て一定の感動を得たようだったが、終盤には飽きてきたのか口数も減り、最初と同じように貴族的なディスカッションが始まった。その時俺は、今度こそ下手を踏まないようにと、もう少し踏み込んだ意見を述べた。

 集落を一周してズィーボルトの屋敷に帰ると解散となり、勉強は翌日という段取りとなった。昼食くらい出してくれてもいいだろうにとも思ったが貴族連中の食事に付き合わされては身が持たんと思い直したのでなくてもよかった。そもそも、この爪弾きはズィーボルトの配慮であった事が後に判明する。マナーと教養を知らぬ俺に、貴族の食事はまだ早かったのである。



 さてその夜。家族で夕食をしているところに戸を叩く音があった。誰かと思えば、アデライデが俺の住処に訪れたのだ。



「これはこれは……男爵様のご息女であられるとお見受けいたします……私、オリバーの父、ベルント・ロルフと申します……」


「アデライデ・ザクセンでございます」


「あぁ、ザクセン様。このようなところにわざわざ……お見苦しい姿でのご対応、誠に申し訳ございません」


「いいえ、こちらが急にお伺いいたしましたので」


「寛大なお言葉、大変痛み入ります……」



 突然の来訪者に「危険かもしれない」と父親役の人間が応対したのだが、玄関越しに現れた召使付きの少女の姿に全てを察し、挙動がおかしくなっていた。この集落において、ズィーボルト一家の事は既に皆知っていたし、男爵家の娘がやってきているのもいつの間にか風の噂で広まっていて、しかもだいたいの容姿も把握されていた。小規模の集団における情報伝達の速度は光回線よりも早いのかもしれない。




「本日はどのようなご用件でございましょうか」


「はい。実は本日、オリバー様にこの辺りの案内をしていただいたのですが、しっかりとお礼ができておりませんでしたのでお伺いいたしました」


「男爵家の方がそのようなご配慮を……大変恐悦でございます……オリバー……オリバー! 来なさい! ザクセン様がいらっしゃった! ご挨拶を!」



 父親役の余裕ない呼び出しにうんざりしたが、気持ちも分からなくはないため、だらけていた顔を作り直して玄関へと向かった。



「オリバーさん、ごきげんよう。急に申し訳ございません」


「いえ、失礼ながらお話は伺っておりました。私のような者のために改まっていらっしゃられるなど、大変恐縮でございます」


「あらまぁ。もっと普通に話してください。私達、友達になったのですから」


「はぁ……」



 立場のある人間から「気楽にしてよ」と言われても気楽にできるわけがない。言葉通りにしたら「親しき中にも礼儀ありだろう」と咎められるからだ。そのくせ余所余所しいままだと「君はどうも堅苦しい奴だね」などと失望を露わにしてくるのだから堪ったものではない。上下の関係がはっきりしている場合は変にフランクな空気を作ろうとせず、形式ばった関係の維持をお願いしたいものだ。



「オリバー様。お部屋でお話しをしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「えぇ……お父さん、いいかい?」


「そりゃあ勿論……ただ、失礼がないようにな」


「うん」

 


 俺とアデライデと共に部屋に入った。女と二人きりになるなど何年ぶりかの経験だったが相手は自分よりはるか下。俺はロリータコンプレックスではないので劣情など催さなかったが、精神年齢が若返っていたら危うかっただろう。貴族の女と二人きりである。未熟な理性が情動に抗えるとは思えず、そういう目的を持ったアクションを起こしていたかもしれない。記憶と自制心を持ち越されていて、本当によかった。




「今日はありがとうございました。いいところですね」


「三日で飽きますよ。僕は早くここから出たいと思っています」


「神学校へ進学したいと仰っていましたものね」


「はい」


「どうして神学校へ? なにか、目的があるのですか?」


「工学を学びたいと。人類発展に寄与し、名を残したいと思っております」


「まぁ、立派でございますわね」



 別に名など残したいわけではなかったが、神学校で行われる面接対策として対外的な理由を考えておく必要があったから、俺はこのような動機を用意していた。ただ、銃を発明すれば後年教科書には掲載されるだろうし、Wikipedia的なものにも記事が書かれるだろう。その妄想をすると、時に心地よさを伴っていたため、全てが建前というわけでもない。



「アデライデさんも、神学校へ?」


「そうですね。ただ、私の場合はオリバー様のような志があるわけでもなく、単にヘンリエッタと同じ道を行こうと思ったからなのです。お恥ずかしながら」


「いえ、夢や目標などはその時々のタイミングですので……それに、貴族となると個人のためというよりは家や領地。ひいては国のためにお勤めなさるのが常かと、浅はかながら考えております。そのために由緒のある学校へ行かれる事は正しい事のように思えます」



 姪に話をしているような気分である。自然と年上風を吹かしてしまっているようで、きまりが悪くなった。



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