神学校へ11

 貴族三名プラス平民一名の行進は取り決めた言葉遣いに従った、他愛のないディスカッションによって道中を賑やかしていた。議題の発案者はだいたいハルトナーであり、アデライデが部分的に賛同し、ヘンリエッタが貴族的観点を述べ平行線を辿るというパターンが自然と構築され、最後に「ロルフ。君はどう思う」と、ハルトナーが俺に意見を求めてくる構図。「それは俺に平民の代表として論ぜよというのか。この貴族ばかりの集まりの中で」と、棘を刺したくもなったが争いに繋がっても面白くないから、聞こえ方が良い妥協案と論点ずらしによる毒にも薬にもならない日和見なコメントを残して難を逃れていた。精神年齢が高く知識教養の深い三人であるものの所詮は小学生程度の年頃。上司とクライアントからの詰めを躱し続けてきた俺の詭弁で煙に巻けぬはずはなく、影に徹する事ができたと思っていた。



「ロルフ様はどうも弁が達者のようですね。しかしどの意見も逃げ口上でございます。それではいずれ信頼を失ってしまいますよ。現に、私は今、貴方に対して不信感を抱いております」



 終始和やかだった空気が凍った。ヘンリエッタは俺のペルソナを見抜いていたのだ。

 訪れた危機にもう何度流したか分からない冷や汗を拭いながらどう弁解したものかと考える。こういう場合は下手に取り繕うよりも本音と方便を混ぜ合わせた絶妙なエクスキューズをお出しする必要があり、俺はどの塩梅でそれらを調合したものかと考えたのだが明確にベストアンサーを導き出せず、かといって長い間の沈黙はその時点でジエンドとなるため、えいやままよと突貫でひねり出して許しを請うという非常にリスキーな手を打たざるを得なかった。




「申し訳ございません。どうにも矮小な心が出てしまいまして、つい当たり障りのない発言をしてしまいました」


「貴方からは大人の小ずるさと卑屈さを感じます。その辺りにいる名もない貴族が見せるような賤俗とでもいいましょうか、悪い意味で大人びた、擦り切れたような雰囲気がある。子供なのですから、あまり打算的にならない方が可愛げがありましょうに。その不自然極まりない態度を、なぜ私供に示すのですか」


「大変失礼いたしました。また、ご教授いただき誠にありがとうございます。ご指摘いただきました点につきましては生来のものですので今すぐに改善というわけにはまいりませんが、今後、改善に努めます。この悪癖につきましてはきっと完治させますので、それまでは何卒、ご寛容なお心でご容赦していただきたく……」


「そういう見せかけの台詞が良くないと申しております」



 結果は完全に裏目。それにしても、見せかけの台詞とは結構なお気持ちを表明するものだ。手の平を返すようだが、ヘンリエッタの物言いと比べると、俺が交流してきたクライアントが如何に慈悲深く柔和な相手だったか分かる(一部そうでもない人間もいたが)。さすが王族の血筋だと感嘆の至り。聡明かつ容赦がない。こうなるともはや建前は通じないのは自明。残された道は、失礼のないよう、腹を割って話すしかなかった。



「申し訳ございません。仰る通り、白々しい発言だったかと思います。正直なところ、ズィーボルト様もザクセン……アデライデさんも生粋の貴族様でいらっしゃる。おまけに女性。レディ、フロイラインなわけです。大変恥ずかしながら私、貴族様とのお付き合いの作法も女性との交流も未経験であるといってよく、過剰に建前を気にしておりました。失礼があって縁切りとなる事を恐れました。また、ここでご機嫌を損ねてしまった場合、私の神学校への進学が閉ざされる可能性もあるのではと浅はかながら邪推しておりました」


「なるほど。ロルフ様は私とアデライデをそのような下賤な人種だと捉えていたわけでございますね?」



 容赦なく続く詰めの場面。俺は自分より幾つも年下の少女から言葉による圧力を受ける。



「ヘンリエッタ。そこまで彼を追い詰める必要はないだろう」


「必要はございますハルトナー様。ロルフ様の人間性を、私はまだ計りかねております。学友になるにあたって、為人を把握するのは至極重要。そして私には学友を選ぶ権利がある。故に、もしこの方が社交するにあたらぬお人であれば、私は即刻シュトルトガルドへと帰り、神学校の関係者へオリバー・ロルフなる人物が受験したとしても決して入学させぬようにとお伝えしなければなりません」



 なんという傲慢なのだろうか。俺はこの時、権力の権化を見た。王族貴族の恐るべきパワーはクライアントとは比較にならぬ程のドミナンスを有しているのである。頼みの綱であるハルトナーもヘンリエッタの一睨みに圧し負け口を噤んでしまった。


 訪れた最初の難関。なんとかしてヘンリエッタのお眼鏡にかなわなければお先真っ暗。俺の人生は死で彩られた暗黒の道を突き進むしかなくなる。慎重かつ迅速に、彼女の求める答えを導き出す無理難題をクリアしなければならないという条件は、あまりに理不尽で無慈悲な難易度。現実とはかくも非情である。


 しかし人生とはそういう理不尽かつ無慈悲な状況がままあるものであるし、また、玉砕覚悟で進めば案外なんとかなったりするものだ。



「失礼ながら、アデライデさんはともかく、ズィーボルト様についてはそのように思っておりました」


「ロルフ!」



 ハルトナーの叫びは俺の無礼を咎めるものだったのか、それとも考えて喋れという警告だったのか分からなかった。けれど、もう言葉を吐いてしまったのだ。後戻りはできない。俺は腹を決め、ヘンリエッタをじっと見つめた。



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