1-8

「え? あの子じゃん」


「会長、別に親しくないっつってたじゃん」


後ろで聞こえる声を無視して、ドアに向かう。


柊はといえば、相変わらず俯いたままだ。


(イメージと違うな……)


変な噂のせいで、向こうの学校に居られなくなった。

脳裏に副会長の声が過った。


3年という月日は彼女を変えるには十分だったのかもしれない。


「柊さん? 俺に用かな?」


「あ」


彼女は勢いよく顔を上げた。


それに、ふわりと笑ってみせる。


「えーと……」


話し出すのを躊躇する柊を見て、「ああ」と気付く。


クラスメイトの視線が痛い。


(まったく。みんな好奇心旺盛というか)


仕方ないなあ。


「3年の教室じゃ話しにくいよね。どこか違う場所に行く?」


柊は無言で頷いた。





1階の隅に、ひっそりと存在する数学教室。


その前で足を止め、彼は扉に手をかけた。


扉を引くと同時に、お馴染みの教室の景色が現れた。


数学という単語がひっついたからと言って、それは普通のクラス教室と何ら変わりはない。


森山は、1番近くにあった机に腰を下ろして、彼女が話し始めるのを待った。


長い沈黙。


時計の針だけが規則的に音を鳴らし、存在を主張していた。


「なにしてるの?」


数分後。遂に柊は沈黙を破った。


「何って……、いや何もしてないよ?」


しいて言うなら、座ってる? 


首を傾げる森山に、彼女は冷めた視線を送った。


「あんたが生徒会長なんて、信じられない」


「俺も、君が転校生なんて驚いたよ」


「あんたがいるって知ってたら、こんな学校来てない」


柊は吐き捨てるようにそう言った。


「え? 俺嫌われてたの? なんかした?」


「べつに。関わり無かったし」


しばらく温度差の激しい会話が続いた。


やっぱり、あの大人しい雰囲気は素じゃなかったんだなあ、と。ぼんやり考える。


彼女と、こんな風に会話した記憶はない。


だから本当は、どんな人間なのか、わからない。

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