1-7

無意識に思考が働く。


彼を森山 有だと気づけなかった理由。


それは紛れも無くあの表情だ。

中学時代とはまるで違う。


あの頃の彼は、害の無さそうな顔の造形に反して、どこか冷たい印象があった。


何にも興味を示さない、そんな印象が。


今の森山には、それが見えない。


穏やかで、明るい雰囲気。

その上、生徒会長だなんて。


「あれじゃあ、まるで……」


まるで、千愛ちあだ。


「ひーらぎさんっ」


「へっ!?」


まぬけな声が出た。


かなり長い間自分の世界へワープしていたらしい。


気づけば転校して来てはじめてのホームルームは終わっていた。


「私に何か……」


目の前には、女子生徒が2人。


教室にいることを考えると、クラスメイトなのだろう。


期待が滲み出たその笑顔に悪意は感じられない。


柊はひそかに胸をなでおろした。


「はじめましてー、サツキです」


「ユリでーす。よろしく、柊さん」


差し出された手をおずおずと握り返す。


これが意味するのは、「友達になろうよ」だろうか。そう解釈していいのだろうか。


「う、よ、よろしく」


……しまった、どもった。情けない。


「せっかく同じクラスになった訳だし、仲良くしてね」


「莉子って呼んでいい? ライン教えて?」


自分に向けられる純粋な笑顔。


それがあまりにも非現実的で、今になって「新しい環境」に対する緊張が沸き起こる。


「うん、うん……!!」


柊は力いっぱい頷いた。


嬉しくて、心臓が震えた。

涙が出そうになるのを、我慢した。


私はここで新しい人生を始めるのだ。そう信じて疑わなかった。





「思ったより美人だったな」


「クールビューティーって感じ」


「わかる。年下には思えねえよな」


「大人っぽかったよな」


「……よかったね」


思いっきり浮かれるクラスメイトに呆れながら、森山は英語の宿題を必死に写していた。


目に入った文字をただ書きなぐる。

我ながら意味の無い馬鹿げた行為だと思う。


「おうい、会長ー。呼んでるぞ」


 オサムの声に顔を上げる。


「……あ」


噂をすれば、だ。ドアの向こうに、柊 莉子が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る