1-4

どれくらい沈黙が続いただろう。


視界に職員室を示すプレートが入ってきた。


「失礼します」


ドアを開けた瞬間、異様な空気が森山の心臓をかすめた。


職員室は、いつもと何ら変わりない。


それなのに、まるで景色が違って見える。

「変な噂」という情報の為ではなく。


中に踏み込み、足を進める度、正体不明の不安が渦巻く。


それはまるで警告のように、森山の胸の奥を叩いた。


「会長、どうかしました?」


「へ? なにが?」


自分の顔を心配そうに覗き込む副会長に、慌てて笑顔を向ける。


「お、来たか」


先ほどまで体育の先生と話していた学年主任が、こちらの存在に気付いた。


「ほら。あれが転校生だ」


彼が視線を向けたその先には、所在なげに窓の外を眺める女子生徒。

グレーアッシュの長い髪が、2人の目には珍しかった。


「柊、来なさい」


(……ひいらぎ?)


柊と呼ばれた彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。


いや「ゆっくり」だと、そう感じたのは森山だけだったのかもしれない。


揺れる髪、明らかになる顔……。


波打つ心臓は最終警告を発していた。


病弱そうに見える白い肌と、その反面どこか気の強そうな印象を与える、大きな猫目……。


「……あ」


記憶の中の少女が、はっきりと重なる。


ひいらぎ 莉子りこ……」


森山は、その記憶から浮かび上がる名前を、音にしてなぞった。


まさか転校生というのが、彼女のことだったとは。


驚きのあまり目を見開き、彼はそこに立ち尽くした。


「会長、お知り合いですか……?」


副会長と学年主任が、不思議そうに森山を見る。


しかし彼は、何も答える事が出来なかった。


彼女の声が耳に入らなかった訳ではない。


その質問に肯定するべきか、否定するべきか、それがわからなかった。


果たして自分と彼女は「知り合い」と言えるだろうか。


ただ、「変な噂」。

適当に流したはずの言葉が、具体的な形を成していく。

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