1-3

「……いやあ、助かった。ん? なに、オサム、ユウタ。目が怖いんだけど」


「うるせえ」


「爆発しろ」


「なんで」


笑い声が響く。くだらないやり取り。


正直、こういうのも悪くないな、と思う。


「会長って、本当、なんつーか」


「なんつーか?」


「適当なのに、周りにたくさん人がいるよなあ」


俺もその1人だけどさ。

オサムは、必死にノートを写す彼に呆れながら、ぼやいた。


「褒め言葉だと受け取っておくよ」


「しっかり褒めてるつもりだよ」


苦笑するオサムに微笑み返す。


『友達をたくさん作りたいの』


頭の奥で、声がした。

それは、今ではもう願うことすら叶わない、少女の夢。


『友達は欲しい。でもね、間違ってることは、間違ってるって言うの』


矛盾した願いも、彼女だから実現できると疑わなかった。


馬鹿みたいなきれいごとも、彼女だから信じられた。


あんなにも綺麗な心を持つ人間を、森山は彼女以外知らなかった。


どこか遠くを見つめる森山に、オサムは首を傾げる。


シャーペンを動かす指が、少し遅くなった。





日が落ちた後の校舎はどこか不気味で、かつ神秘的だ。


必要な教室にだけ許された蛍光灯の光。


それが微かに廊下に漏れている。


生徒たちの騒ぎ声も無い。

昼間とはまるで違う世界が、そこにはある。


放課後。職員室へ向かう途中、副会長は神妙な顔つきで話し始めた。


「転校生ですけど……」


「ん?」


それは、かろうじて森山に届くくらいの、小さな声だった。


「変な噂を立てられて、向こうの学校に居られなくなったとか……」


森山は彼女の方を振り向いた。


「へんなうわさ?」


「詳しくはわかりません。この話自体、噂に過ぎませんから。でも、この時期に転校してくるってやっぱり奇妙じゃないですか」


「まあそうかもだけど。家庭の事情とかあるんじゃないの?」


「そうだと良いですけど」


……そうだよ。森山は頷いた。


副会長は心配性なところがある。自分の頼りなさが、彼女をそうさせていると言えなくもないのだが。


とにかく、今朝のインフルエンザ発言然り、彼女が小さなことをいちいち危惧するのは珍しいことではない。


だから、例えばこれから会うことになる転校生がかなりの訳ありだったとしても、心配するのは自分の役割ではない。


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