さよなら、ライバル。
「白鳥さぁん」
でろでろに蕩けた真っ赤な顔で、ふにゃふにゃ笑いながら自分の名前を呼んで、腰に纏わりつく、可愛い可愛いかりんちゃん。
普段クールでしっかり者に見える彼女は、ただの人見知りで、人と距離を取る。しかし、実際は寂しがりやで、人とのふれあいを渇望しているのだ。そんな、普段はかっちり着込んでいる「落ち着いたクールな自分」という皮を酒の力によって脱ぎ捨てる。
それはそれは、非常に可愛らしいし、欲目も贔屓もしてしまうが、だがしかし。
「かりんちゃーん……白鳥さん嫌がってはるやろ?」
「えぇ~、そうなんですかぁ、白鳥さん~」
そうね、可愛過ぎて辛いレベルの君に抱きつかれて、嫌がるわけないけれど、だからといって所構わずは宜しくないよ、かりんちゃん。
何故ならば、目の前のまったく目は笑っていない笑顔の鳩山くんが、今にもグラスを握り潰しそうだから。
先日、こちらがベロベロによって大失態を犯し、彼女と事に及んでしまった。それ以来、まぁ、よろしくやっているのだが、それを気に入らないのが眼前の彼だ。
「かりん、いい加減になさい、怒るよ」
「ま、まぁまぁ鳩山くん、ほらかりんちゃんも一旦離れて」
「いややぁ」
ますます身体をすり寄らせて、グリグリと頭を押し付けてくるかりんちゃん。そんな彼女を見て、みるみる険しい表情に変わり、ぎっと睨みつけられて顔が引き攣る。
鳩山くんは、かりんちゃん同様、ルームシェアをしている内の一人で、「くん」付けしている通り男の子だ。しかしながら、私の眼前で凶悪な目付きでガンくれている鳩山くんは、どこからどう見ても、かりんちゃんに負けず劣らず可愛い女の子だ。
彼は、女装趣味があったのだ。つまりは男の娘というやつか。最初は隠していたようなのだが、ひょんなことからルームシェアしているメンバーにはばれてしまい、一時騒然となった。その際に、心から
「自分の好きな格好するのに遠慮しなくてもいいのでは」
と言ってくれた、かりんちゃんに惚れ込んだらしい。それはもう、ライクでなくぞっこんラブということで。女の子の格好をしても、女の子が恋愛対象らしい。
そこから、健気な大好きアピールを続けてきて、彼女の数少ない友人のポジションまでは漕ぎ着けたらしい。そんな折、ノーマークだった私に、大好きなかりんちゃんを、横からかっさらわれたという状況で今に至る。
「……っちくしょぉおお、飲んでやるぅうう!」
「えっ、鳩山くん! ちょっと!」
止める間もなく、飲めない酒を煽った彼は、案の定ビール一杯、しかも小ジョッキで潰れてしまった。
机に突っ伏し、真っ赤な顔でぶつぶつ言いながら、夢現な姿はひたすらに哀れでお気の毒だった。
可哀想な鳩山くん、とは思うものの、彼を可哀想な状況に追いやった自分は、腰に抱きついて擦り寄っているこの子を手放す気など、毛頭ない。
「ね、かりんちゃん、鳩山くん潰れちゃったよ?」
頭を優しく撫でれば、上げられる顔。赤くなった目尻は欲情に値する。
「キスしようか」
「……はい」
目尻だけではなく、頬も赤く染まる彼女の唇に口づける。潰れて見られていないとはいえ、彼女を愛してやまない、
たいがい、悪趣味だなぁ自分も、と思いつつ、心の中でそっと呟く。
「さよなら、ライバル」
ふつふつと沸き上がるのは、独占欲か、はたまた優越感か。
勝利の美酒に酔い痴れるように、彼女との口づけは、大層、酔えた。
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