第39話
学園艦に設置された理事長室。そこには理事長の藤堂静香と第五機動部浅利隊の隊長である浅利瑪瑙とその部下の南雲健と北上美琴。そして整備長の紺野奈子の五名がいた。
健は朝の鬼畜浜辺マラソン、鬼畜筋トレ、鬼畜シミュレーターを終えて制服に着替えて寮に戻る。つもりだった。
健は大いに焦っていた。自分が何かしてしまったのか。以前の大演習大会でスパイをあぶり出す作戦に対して、彼は最後まで朝比に事情を説明してから参加させて欲しいと静香達に進言していた。そんな自分は兎も角として、宇宙科から転科してきたばかりの美琴までこの場にいる。どういう経緯でこの場に呼び出されたのか早く理由を教えて欲しい。
「スパイは見つかりましたか?」
「いや、そっち側かよ!」
健の渾身のツッコミが理事長室に響き渡った。
そうだった。スパイをあぶり出す作戦の要となる戦況の把握に最適な機構人に彼女は乗っていたからだ。
「お静かになさい、南雲大佐」
「そうだぞ、南雲大佐」
「シーだよ、南雲たぁいさ」
三巨頭が暗い笑を浮かべながら言った。
まさか、この三人に大佐と呼ばれるとは思わなかった。最早虐めに近いシチュエーションに呆気に取られた健を無視して美琴が話しを進める。
「私がここに来た時からいろいろと目星はつけていたようですけど」
「ええ。北上さんがくれたデータのおかげでよりハッキリとスパイを見つけ出すことが出来ました」
「いえいえ。結局のところ国防省の狙いは何だったんですか?」
「尋問を浅利隊長にお任せした結果、やはりMCを感じ取ることが出来るアオノさんでした」
健は淡々と話が進んでいくせいで追い付くので必死になり、開いた口が塞がらない。
「リンちゃんが狙いって言うのは何となく分かるけど、なんで俺たちがここに呼ばれたんですか?」
「私が呼んで欲しいって言ったから」
美琴が遮るように言った。
「正直、私は宇宙科が好きじゃなかったから。あそこは何かと月軍が絡んで来ますし、軍人が嫌いって訳じゃないですけど、お高くとまる連中が少なからずいるし。傷つけられた学生もいる。だから、ついでに健くんも巻き込んじゃおうと思って」
美琴は笑顔でとんでもないことを言い放った。
健は美琴の手が固く握りしめられているのに気付いた。その拳が握っているものは何なのか。彼は知っている。
「二人はラブラブだねぇ。いいことだよ。ナッハッハッハー!」
奈子が盛大に笑い始める。
「盛りだな」
「ちょっと下品ですわよ、二人とも!」
「お前が言うか? そんな乳してんのに」
「なっ⁉ 馬鹿馬鹿馬鹿‼」
三巨頭は完全に幼馴染スイッチが入ってしまっている。邪魔するのが惜しいくらい意気揚々と話している。しかし、今は学園に取って、同じ隊の仲間であるリンにとっての大事な話しをしている。
心の中で謝りながらも咳払いをする美琴。
すると空気は一変し元の真面目で重い雰囲気になる。
「黒幕はあのスーツ野郎じゃないのは確かだ。バックはおそらく国防省のお偉いさん方だ。そして、おそらく月の方も一枚噛んでいる」
「その通りだと思いますわ」
「右に同じ」
美琴は地球の情勢をあまり詳しくは知らないが、月の学校の授業で習った範囲では『権力だけの腐った部署』とまで言われている。奇襲をすれば簡単に落とせるほど弱いらしい。同じく健も余り知識は無いが、月軍の兵士によれば健が本気を出せば一人で半壊もしくは三分の一は壊滅できるらしい。しかし、これは戦力的に弱いからだけでなく、健が地球に降り立った際に乗っていた機構人『
「アオノさんの護衛はどうしましょうか。国防省が一回きりで諦めるとは到底思えません。東雲くんではまだ不安が残りますし、下手をすれば一緒にさらわれる可能性だってあります」
「あの、いっそうのこと俺と美琴を護衛に付けたらどうですか? 一応、俺、喧嘩強いですよ。軍人相手でもボコボコにできます。あと、それなりの白兵戦も熟せます」
「なるほど。しかし、あなた方二人を護衛につかせると言うことは、月側がいつでもアオノさんを誘拐できることになります。信じてもいいんですか?」
言われると辛い。だが、健は臆することなく真っ直ぐ静香の目を見て、
「俺はこの学園が好きです。月の連中と違って優しくて青春って感じます。だからそんな皆を傷付ける奴は俺が殺します。例えそれが月軍でも」
と低い声で言った。目には殺気も含まれていたらしく、瑪瑙が少しだけ臨戦態勢をとっていた。
「要するに、私達は学園生活を楽しみたいんです。だから協力させて下さい」
美琴が付け加えるように言った。
静香はそれを聞けて安心したかのようにホッと胸を撫で下ろす。瑪瑙と奈子も互いに笑い合っている。
「では、お二人ともお願いしますわ」
「「了解!」」
こうして二人は学生でありながら、仲間を守る護衛としての役目を任されることになった。
「ところで藤堂先輩は朝比のことをどう思っているんですか?」
「健くん、それは訊いちゃ駄目だって!」
「どうして? てか俺さ今日走ってるとき見慣れねぇ女の人が浜辺にいたんだけど」
健がそう言った途端、瑪瑙が「忘れてた」と言わんばかりの表情で口を開ける。
「そうだ。二人とも今日から新しく着任した教師がいるから気を付けろよ」
「え、何言ってるんですか? 俺たちは学校休みなんじゃ……もしかして……」
「お前聞いてなかったのか? 私はちゃんと言ったぞ。ウチの隊は大会明けでもちゃんと学校があるって」
またしても健は放心状態になってしまった。
どうやら本当に学校の方は休みだと思っていたらしい。
美琴はやれやれと言いたげな表情を浮かべて時計を見る。
「では私達そろそろ学校に戻りますね。今日の授業に機構人の実技がありますから」
「ええ。ですが、今話したことは他言無用でお願いしますわ。もちろん東雲くんとアオノさんにも」
「きよこちゃんはどうしますか? あのコは口も堅いですし大丈夫だと思います」
「そうですね。花上さんには私達から伝えます」
「はい」
美琴が返事をすると放心状態だった健が我に返る。二人は深々とお辞儀をしてから理事長室から出て行った。と言っても今いるのは学園艦なので機構人を出現させてカタパルトまで戻らないといけない。学校に行きたい二人にとってこれほど面倒臭いことはない。
☆☆☆☆☆☆
放課後になっても朝比はすぐに格納庫に行くことが出来なかった。
整備科の生徒の為に用意された琴音の特別講義。それを受けるために教室よりも数段大きい大講義室の席に座っている。隣に座るのはリンではなく、機構人の実技授業で一緒に操縦した榊原桜花だ。
朝比はリンも誘ったが、特に興味が無い様子だったため先に格納庫に行かせた。その時なぜか足を思いっきり踏まれた。足元を見ていなかったから仕方がない、と朝比は思い桜花と一緒に大講義室にいる。
対する桜花は興味津々で朝比を誘うときも目が輝いていた。そう。内気で無口な彼女が自ら朝比を誘ったのだ。勢いで言ったとはいえ、本当について来てくれるとは思ってもいなかった。彼女は授業内容に興奮する気持ちと、隣に座る少年への思いが弾けそうになり、もじもじしながら朝比の顔をちらちらと何度も何度も見てしまう。その視線に気付かない朝比は天井を見つめていた。
二人の他にも同じクラスの生徒は何人もいた。だが、朝比の前後左右、加えて斜めも全て他のクラスの女子生徒に埋められてしまい、遠く離れた席に座る羽目になってしまっていた。
「ほっホントに……ごめんね」
「何が?」
朝比は急に謝られて何のことだかさっぱり分からないと言った様子で桜花の顔を凝視する。
「誘ってくれて嬉しかったよ。ちゃんと喋ったこと無かったし、この機会に榊原さんのこと知りたいし」
朝比が言いたいのは、桜花と一緒に整備科のことを学びたい、と言うことだ。しかし、桜花からはその言葉の通り、桜花のことが知りたい、と聞こえてしまっている。
桜花は赤面しながら舞い上がってしまう心を抑えるが、奇しくもそれは隠しきれていなかった。
「大丈夫? 顔赤いけど」
「う、うん」
「そっか」
桜花は両手で顔を隠しながら机に伏せてしまう。
バタンっと扉が開く音がした。
時間帯的に言えば琴音しかいない。
「朝比? お前なんでここにいる」
入ってくるやこれだ。
琴音は鋭い目つきで朝比を睨む。
座る位置が悪かったと言っていいだろう。朝比が座っている座席の位置はド真ん中の一番目立つ所だ。加えて、この大講義室は一列に着き十六席分の長机が四つに分かれていて、一列ごとに一段上がっていく方式になっている。それが二十五列ある。そして、朝比を中心に役四列分が円形に女子生徒で埋め尽くされている。だから余計に目立ってしまう。
朝比は怯えた様子で口をパクパクしている。
「まあパイロット科の奴は来るな、とは言って無いから別に良いが」
「ご、ごめんなさい」
朝比が謝ると琴音は深く溜息を着く。
「では、これより『整備科のための特別講義』を行う。まず初めに、君たち整備科の諸君に謝罪する」
室内がざわつき始める。
「私の独断で授業数の変更、整備に関する根本的な教育の変更、及び、この様な時間を作ってしまい未来を背負う諸君には納得できないと思う。本当にすまない」
琴音は深々と頭を下げた。すると、
「頭を上げて下さい! 先生‼」
「先生は何も悪くありません!」
「そうです!」
「先生の講義が聞きたいです! 早く始めましょう‼」
と整備科の生徒たちが呼び掛ける。その中には上級生も混じっていた。
琴音は頭を上げ自身満々の笑みを見せると講義を始めた。
それは九十分間にも及ぶ大学と同じ量のものだったが、全くの素人である朝比でさえ一瞬に感じた。それほどまでに滑らかにスピーディーにかつ分かりやすく説明したのだ。
「東雲……先生って、何者……なの?」
桜花は言葉を詰まらせながら朝比に問う。
「うーん。何でも出来るお姉ちゃんかな」
そう笑顔で言う朝比だった。
後から聞けば、今までの機構人の実技授業の中で一番教え方が上手かったらしく、機構人を立たすことでやっとだった生徒が数回アドバイスを受けただけで走らすことまで出来るようになったらしい。
朝比は心の底から自分の姉が超人だと思わされた。いや、そんなことはすでに知っていることなのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます