第37話
見たこともない兵器に朝比もそうだが、リンですら驚いていた。
白式を襲ったのは、イリーナの『アゲハ』から射出された蝶のような翼の一部だ。
だが、
「あれって適性が無いと使えないんじゃなかったっけ?」
観覧席で意外と物知りな功が言う。
「ええ、倉敷くんの言う通りです。流石だね」
「や、山崎先生っ⁉」
観客席に山崎先生が現れ、しかも褒めてくれたので功の顔は真っ赤になる。
「倉敷くんが言ったように『ビットシステム』はある程度の適性が無いと操るどころか起動すらしません。加えて、超人的な空間認識能力が必要ですから、動かせる人は少数に限られています」
「ようするにシュトゥルグはただのお嬢様じゃないってことだ。皆も操縦に慣れれば朝比やアオノみたいに動かすことが出来る。諦めずに頑張ろう!」
「おう!」
と全員の気合いの入る声が観覧席に満ち溢れる。
正直に言うと、琴音はここまで盛り上がると思っていなかった。仕方なく手をパンッと叩いて静止を促す。すると、生徒達は一瞬にして静かになり、みんなのために壮絶な死闘を繰り広げている三機の機構人を見る。
☆☆☆☆☆☆
劣勢と言えば劣勢なのだろう。向かってくるビームを避けても全く別の方向から狙い撃ちされ、それをビームサーベルで捌いても、そのせいで隙が出来て撃たれる。一対二の戦いから一対多の戦いになっている。直撃は何とか避けているがそろそろ限界に近い。
ビームを全て避け切ったと思えば、グレイブ改の模擬戦闘用実体剣に斬り付けられそうになる。
初めてとは思えないほどのコンビネーション攻撃だ。
白式は空中に逃げようと思っても背部バーニアでは滞空時間と高度に限界がある。
「どうしよう……ビットがあるなんて聞いてないよ」
朝比の口から泣き言がこぼれる。残念なことにこれは共通チャンネルを通じて相手の二人にも聞こえてしまっている。
『朝比、情けない』
『そうですわよ。その装備で私たちの攻撃が掠りもしないなんてあり得ません』
「二人とも意地悪!」
そんなことを言いながらも四方八方からくるビームを避け、捌き、直撃を回避している。
イリーナは掠りもしないと言ったが、それは間違っている。そもそも、二人の隙のないコンビネーション攻撃が掠らないなんておかしい。朝比は白式の装甲が耐えられる程度に掠めて動きを最小限に抑えて一つ一つ丁寧に見極めているのだ。しかし、ビットのビームが止んだかと思ったら、次は上方から弾幕を降らされ、リンの正確な射撃に晒される。
だが、ここで朝比は何かに気付いたのか、アゲハの蝶のような翼を見る。
「蝶だな、うん……っ⁉」
アゲハは太陽を背にするように構えているため、朝比からはシルエットしか見えないが、比喩する言葉はまさに『蝶』だ。
次の瞬間、またしてもその翼が一部だけ射出され骨組みだけを残し羽ばたく。そして、異なる形のビットが迫ってくる。改めて数を数えてみれば十基ある。面積の大きい上方に三つ、小さい方に二つと言った割合で接続されているのだろう。
ありとあらゆる方向からビームを撃たれている時は、グレイブ改が隙を見て斬撃を放つことに専念し、空中にいるアゲハはビットの操作に集中している。ビームが止むとアゲハが弾幕を降らして白式の動きを牽制しつつ、グレイブ改の正確な射撃が白式を襲う。
「その間にビームをチャージってことか!」
『気付いたところで』
『何もできませんわよ‼』
二人は言い切る。だが、朝比は悪戯っぽく笑みを浮かべながら、
「普通ならね」
と言った。
すると白式は背部のメインバーニアだけでなく、両足裏のバーニアを吹かして一息に跳躍し、弾幕の中へと突っ込んでいく。しかもただ突っ込むのではなく、左手を突き出して回転させる。それはビームサーベルを握っていることから、機体を守るためのビームシールドへと姿を変える。
アゲハは白式から逃げるようにさらに高度を上げようとする。しかし、その加速力は白式の方が上回っている。どんどん詰められる距離、モニター越しに映る白式。それらがイリーナの操作ミスを偶発させる。
アゲハは急激にバーニアの出力を上げてしまったことでバランスを崩し、勢い良く落下していく。イリーナの身体は急な落下によるGにより、アゲハを操縦する事はおろか、呼吸をすることさえ、困難になってしまう。
『模擬戦中止! 朝比、シュトゥルグを助けろ‼』
危機を察知した琴音の命令が共通チャンネルに流れる。だが、それよりも早く朝比の身体が反射的に『助ける』と選択しており、そのための操作を瞬時に行っていた。
白式は急速に落下するアゲハをお姫様抱っこする形で受け止め、足裏のバーニアを吹かせて減速させる。
イリーナは意識がはっきりしてきたところで落ち着きを取り戻す。
『もう大丈夫ですわ。あとは……』
「駄目だ! このまま下まで運びます」
朝比が遮るように言った勢いに気圧されイリーナは委縮してしまう。
優しくゆっくりと着地させられる様は、まるで囚われの身のお姫様を助け出した王子様のようだった。
『朝比、大丈夫?』
朝比はイリーナよりも自分の心配をしてくれたことに喜びを感じつつ、苦笑しながら頭を掻く。
「もちろん。それより次はちゃんとした装備でやろうよ!」
『駄目、それじゃあ、朝比、虐められない』
「なんかリン変わったね」
『元々。朝比の非力なとこ、好き』
「喜んでいいのか、よくないのか分からないな」
二人が他愛も無い会話をしていると、イリーナ、いや、観覧席から黄色い声が通信機を通して聞こえてくる。
「どうしたの?」
『今までの会話が筒抜けでしたのよ』
「それで何でこんなに騒がしくなるの?」
『あら、アナタは鈍感ですのね』
そう言うとイリーナはアゲハの武装を解除した。
指示はまだだったが運動場にクラスメイト達が出て来ているため、朝比とリンも武装を解除する。この場合の武装解除はデータの塊に戻す、ということだ。これで完全な非武装になる。
朝比はコックピットハッチを開けて身を乗り出し、
「お姉ちゃん、この後どうするの?」
と琴音に問う。
すると琴音が鬼のような形相を浮かべて怒鳴る。
「指示はする! お前はそこで待っていろ‼ それと校内では東雲先生だ‼」
「ひぇええええええ」
朝比は悲鳴に近い声を上げながらコックピットハッチを閉める。しかし、それでも恐怖が消えないのが本当に怖い。
朝比からして見れば腕力だけでハッチをこじ開けそうな勢いだったからだ。
『あ、あの、東雲さん』
「あれ? これ個別チャンネルだ。どうしたのシュトゥルグさん」
先程助けたイリーナから個別チャンネルで通信が入ったのだ。
『先程は、その……助け――』
『朝比、今から訓練機を三機持ってくる。それまで皆を見といてくれないか?』
突然、琴音の声が通信機から出力される。
「分かったよ、お姉ちゃん」
先生と呼べ! と怒鳴ってから琴音はリンと一緒に訓練機を取りに行った。
イリーナが何か言い掛けた様子だったが、今は委員長の務めとして、率先して機構人に乗ったまま指示を出し、クラスメイトを出席番号順に三列で並べさせている。どうやら直ぐに授業を再開できるようにしているらしい。
真面目な人だな、そう思う朝比であった。
☆☆☆☆☆☆
十分後。
訓練機に乗った琴音が一機を持ち、リンがもう一機を持つという形で三機を運んできた。
「おう、三列に並んでいるとは偉いな。朝比がやったのか?」
『ううん。シュトゥルグさんがやってくれた』
「そうか。よくやったぞ、シュトゥルグ!」
『はい!』
イリーナは元気よく返事をする。どうやら先程の落下の恐怖は無くなっているらしい。
朝比は安心して胸を撫で下ろす。
だが、まだ授業は終わっていない。
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