第36話
一限目の始まりを告げるチャイムが鳴り終わる。
運動場に集まった朝比達は、出席番号順に並び琴音の指示を待つ。
「それじゃあ、専用機を持っている朝比とアオノは前に出て自機を出してくれ」
「あの! 私も持っているのですけど‼」
そう言ったのはクラス委員長のイリーナ・シュトゥルグだ。彼女も朝比と同様に専用機構人を持っている。イギリスから来た生徒で委員長を務めているだけあってか、しっかりしていてクラスのまとめ役になっている。また、貴族でもあるため、上品な言葉遣いが目立ち、より一層目立っている。
加えて、彼女は突出した技能を持っており、自国では育成が困難と言うことで狭間学園のパイロット科に入学してきた。
このことを朝比は最近になって知った。
「そうか、済まなかった。ではシュトゥルグ、二人と一緒に前に出て機体を出してくれ」
「はい⁉」
思いのほかあっさりと事が進んでいくので、しっかり者のイリーナでも声が裏返ってしまう始末だった。
自分の間違いを直ぐに認め謝罪する。これが琴音だ。ただ怖いだけじゃなく正直で真っ直ぐな人間。朝比はそんな姉のことが大好きだ。
「来い、
「グレイブ改」
「舞い上がれ、アゲハ!」
リン以外はなんとなく決め台詞を言ってから機構人を出現させる。
全高約七メートル。白い装甲と灰色の関節部。黄色い
実戦では無いので武装は全て実弾から訓練用の模擬弾に変わっている。
起動したのか頭部の黄緑色のバイザーが光る。
「リン、シュトゥルグさん行けそう?」
リンの機体は、健のために量産機を改造した機体の色違い。簡単に説明するとこれだ。
全高七メートル。水色の装甲と灰色の関節部。頭部には白式と違いバイザーでは無く、黄色い目のツインアイになっている。シルエットは人間とほとんど変わらない。だが、通常のグレイブよりも装甲は少し厚く、より効率的になっている。肩部や脚部にはスラスターが増設され、機動力並びにパワーと言ったスペックもより向上している。武装は実体剣が一本と腰部背面にジョイントされたマシンガンが一丁。
白式と同様に武装は訓練用に変更されている。
「大丈夫」
とリンがいつも通りの感情の読めない声で返す。
その隣では新たな機構人が出現していた。
全高約七メートル。アゲハと言う名前だけあって、全体色が黄色で蝶の様な翼が背部に接続されている。肩や脚、胴部は流れるようなフォルムで美しさすら感じる。頭部は蝶のような触角は無いが、その代わりに二本の角状のアンテナがあり、頭部の上面はバイザーで覆われているだけで中のセンサー類が透けて見える。
武装は右サブアーマーにジョイントされた銃身が短いマシンガンと左サブアーマーにジョイントされたビームサーベルの柄だ。武装はシンプルだが、背部の蝶のような一対の翼が空戦能力の高さを物語っている。
「もちろん、行けますわ」
「武装は? ちゃんと訓練用に切り替えてる?」
「それぐらいやっていますわ!」
朝比は心配して言ったのだが、どうやらいらぬお節介だったらしい。
三体の専用機を前にしてクラスメイト達は歓声を上げていた。専用機というだけで貴重な機構人が三体も並んでいるのだ。無理もないことだが。まだ訓練機しか扱えない学生の目には刺激が強すぎる。
それをモニター越しで見る朝比はどこか楽しそうだった。
『朝比! どのくらいまでその機体を動かせる?』
「疾走からのバク宙くらいなら」
『分かった。アオノは?』
「ロンダート」
『シュトゥルグは?』
「……」
返事が無かった。
琴音は声を張り上げて呼ぼうとしたが、通信機から微かに聞こえてくる絶句した息遣いでシュトゥルグの気持ちを察する。
『無茶しなくてもいいんだぞ』
「は、はい。えっと空中戦とオールレンジ攻撃が出来るだけ……ですわ」
思った以上の回答に琴音は少し驚いていた。だからか、その実力を確かめてみたくなる。そしてその為の指示を出す。
『朝比、アオノとシュトゥルグと模擬戦闘をしろ。今のお前なら大丈夫だろ』
「そ、そんな無茶な……っ!」
『やるんだ。二人も良いな?』
「はい」
三人は返事をすると機体を運動場の真ん中へと移動させる。
他の生徒達は危険なため観覧席の方へと移動する。
この運動場は別名『アリーナ』とも言われている。ここは校内大会で
観覧席は機構人に使われている装甲で守られ、且つ、透明のガラス張りの屋根は耐ビームコーティングもされているため、安全に戦闘を観ることが出来る。その反対側には大型ディスプレイがあり、空中戦になってもその雄姿を全て観ることが出来る。
「リンとやるのって何気に初めてだよね?」
『うん。手加減、しない』
『私だっているのですけど!』
両者が配置に着いたところで琴音が共通チャンネルで指示を出す。
『ルールは大演習大会のものと同じにする。頭部を破壊される、もしくは続行不可能とこちらが判断したら終了だ』
「「「了解」」」
三人が同時に返答すると開始のブザーが鳴った。
☆☆☆☆☆☆
初めてリンと対戦する。もちろんシュトゥルグともだ。
白式は相手の装備を確認するため一度距離を取る。
『逃がさない』
リンが共通チャンネルで静かに言った。
水色のグレイブ改の背部からミサイルポットが実体化され、それと同時に十数基のミサイルが白式に向けて放たれる。模擬戦闘用とは言え、直撃した時の衝撃は本物に近い。そんなものを容赦なく撃ってくるのがリンだ。しかし、だからこそ朝比も本気で応えられる。
白式は距離を取るのを止め、背部のメインバーニアを吹かしてミサイル群に突っ込んでいく。それらの中には追尾式のものとそうでないものが含まれていた。
リンは知っているのだ。白式の動きに追尾式では追いつけないことを。だから敢えて通常のミサイルを撃ち込んで混乱させる
「流石だね。でも……」
白式は追尾式ミサイルを限界まで引き付け、急転、急加速し、容易く躱す。さらに真っすぐ進むだけの通常のミサイルは最小限の動きで間を縫うようにして避け、水色のグレイブ改と一気に距離を詰める。
今回の装備にビームライフルと背部の空中戦用の大型バーニアが内蔵された翼を持つ通称『ウィングパック』は装備されていない。加えてシールドも無いため、ハンデにしては大き過ぎるくらいだ。今の白式に遠距離武器は装備されていない。つまり、現在装備している武器は腰部背面のビームサーベルと両肩のビームサーベル、そして頭部の牽制用バルカンだけだ。
近接戦闘に特化している以上、接近するしかない。
これが白式の置かれている状況だ。
ミサイルの群れを掻い潜った白式が腰部背面のビームサーベルを引き抜き、グレイブ改に斬り掛かろうと振り上げる。すると、上方から弾幕の嵐が吹き荒れる。咄嗟に後方に下がることで白式は避けることが出来たが、これは一歩間違えればグレイブ改にも当たっていた。
「リンに当てる気?」
『そんなヘマはしませんわ。ですが、アオノさん援護が遅れました。申し訳ありません』
『いい、それより、朝比、倒す』
本当にどうでもいいように聞こえるが、朝比からしてみれば共闘ということでリンが少なからず喜んでいるようにも聞こえた。
『そうですわね。アオノさん、火力を集中させます。手伝って下さい』
『了解』
「あの、共通チャンネルで丸聞こえなんだけど……」
『当たり前ですわ。そこまでハンデをしてもらってこちらは何もしないというのは卑怯というほかありません』
――なるほど。
朝比はすぐに納得した。貴族出身ということもあって、それ相応の対応はするという訳だ。
「優しいんだね」
『う、うるさいですわ!』
イリーナは怒鳴り返すと上空からマシンガンを乱射させ、白式の行動範囲を削り取る。そして、その限定されたエリアにリンの正確な射撃が襲い掛かる。
しかし、これでやられる朝比ではない。
もう一本のビームサーベルを引き抜き、二刀流にして、避けられない弾丸は溶断していく。それはアゲハが放っている弾幕もそうだ。弾丸の弾頭を溶断して弾道を逸らして直撃を防ぐ。そんな超高等技術を高校一年生がやってのけている。異常な場面がそこにはあった。
すると、白式は何かを察知したのか、強引に今いる位置から離れる。その数秒後、先程までいた場所を何本もの光条が地面を抉った。見上げるとそこには複数の物体を射出したアゲハがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます