第4章 降臨、最強の姉

第35話

 決勝戦が終わってから二日が経った。本当なら一週間の休養を与えられるのだが、第五機動部浅利隊だけは昨日も今日も鬼畜砂浜マラソン、鬼畜筋トレ、鬼畜シミュレーターで一日を過ごしていた。


「あと十周!」

「朝比―! 俺達先に戻ってるぞー‼」


 朝比は声を出す体力すら勿体ないため、頷くことしか出来なかった。ちなみに戻ると言うのは制服に着替えて学校に行くという意味だ。そう。正規の部隊には入っているが実際の彼らは学生だ。そして、その本業も学生だ。ついでに言うと、いくら部隊の朝練と言っても遅刻は厳禁だ。と言うことで朝比は必死に走っている。


 そんな時だった。


「体力が無いのは変わってないね、朝比」


 と声が聞こえたような気がした。すると全身に悪寒や殺気、恐怖と言った感情が駆け巡った。


 この感覚には身に覚えがある。


 朝比は辺りを見廻す。しかし自分以外に誰もいない。


「まさか、いや、でも……無いよね」


 そんな独り言を終えてから走り出す。


☆☆☆☆☆☆


 早朝マラソンを終えた朝比は虫の息になりながらも、A組の教室に辿り着いた。そして、入ればクラスメイトの歓喜の声で溢れかえる。


「昨日はやっぱり休んだんだな」


 左隣の席の倉敷くらしきこうが言った。隣の席ということもあってか、朝比が転科してからすぐに仲良くなった。


「うん。あのあとすぐに病棟送りで丸一日検査だったんだぁ」

「まさか性別が遂に女になったのか‼」

「そんな訳ないよ! むしろ絶対に嫌だ‼」


 声を張り上げたことで周囲の視線が集まる。もっとも優勝したことも含めて、その可愛いらしい容姿のせいで最初から目立っている。だが、今回だけは隣のクラスからも見物人、またはファンが見に来ている。


 流石に優勝した朝比であっても、女子の視線に慣れていない青少年だ。恥ずかしくなってしまい、机に突っ伏してしまう。その仕草がよかったのか、カメラのシャッター音が至る所から聞こえてくる。そのせいで耳まで赤くしてしまう始末だ。


 キーンコーンカーンコーン、とタイミングよく始業のチャイムが鳴ってくれた。おかげで廊下の生徒達は自分のクラスへと戻っていった。


「ふぇーん。折角優勝したのになんでぇ」

「微笑ましい限りだよ、こっちは」

「それどういう意味?」

「こっちの話」


 にしし、と功が悪戯っぽく笑う。


 ガララン、と教室の引き戸が開けられる。入ってくるのはもちろん担任の山崎先生だ。


「皆、おはよう!」


 と、元気よく言いながら教卓につく。


「はい。突然ですが私、今日からここの担任じゃ無くなりまーす!」


 ぶっちゃけ過ぎて誰も話について行けない。


「先生、つまりそれって産休ってことですか?」


 隣の功が言う。すると山崎先生が暗い笑を浮かべながら、


「出るとこ出て退学にしちゃうぞ?」


 と茶目っ気を出しながら言った。この先生は先生でありながら色々と幼い面持ちをしている。そしてそんなところが好きなのか功は本気で恋をしているらしい。だから今の様な質問をしたのだ。他の生徒からはふざけて見えるようだが、本人からしてみれば本気なのだ。


 ちなみに功が山崎先生に恋をしていることは朝比しか知らない。


「じゃあ先生は副担任になるってことですか?」


 朝比が気を利かせて問う。


「ピンポーン、流石朝比くん正解! では、このクラスの新しい担任を紹介したいと思いまーす‼」


 隣の席に座る功からありがとう、とジェスチャーで感謝された。こういうのは意外と嬉しかったりする。


 直後、朝比は廊下から聞こえてくる足音に異様な気配を感じた。しかも、それは彼しか感じていないらしく、一人だけ肩を震わせていた。


 教室の扉の前で山崎先生と担任になる先生が話をしている。その声が耳に入った瞬間、戦慄した。まるで藤堂とうどう静香しずか轟嵐ごうらんから集中砲火を浴びていた時のようだ。息が荒くなるのを感じる。しかし、視線は吸い寄せられるように教室の扉に向けられる。


 同じクラスのリンは朝比の右隣の席に座っており、彼が気分を悪くしたのかと勘違いして背中を摩っている。


 遂に山崎先生が手招きして新担任を向かい入れた。


 そして朝比の予想通りの人物が入ってきたのだ。


 その体形は素晴らしいという他ない。出るところは出て締まる所は締まっている。女性としては抜群のボディーラインがシャツ越しでもはっきりと分かる。そして、整った顔立ちにぱっちりとした大きな少しだけ釣り目の瞳。まるで、静香の豊満な胸と瑪瑙のスタイリッシュな身体が合体したような感じの女性が入ってきた。


 男子は歓声をあげて、女子がいいなあと羨ましそうな声をあげる。


「初めまして、今日から君達A組の担任を務めさせてもらいます。東雲しののめ琴音ことね、そこの可愛い弟がいつも世話になっている。これからよろしくお願いする‼」

「ぎょえええええええええ‼」


 朝比の悲鳴が教室に響き渡った。


 そのせいでまたしても朝比に視線が集まる。しかも今度のそれはとても痛い。


 当然と言えば当然なのだが。琴音が朝比を見やると近づいてくる。その一歩一歩が朝比にとっての寿命に思えた。


「久しぶりに会ったのに悲鳴で挨拶って、お姉ちゃん悲しいなぁ」

「ご、ごめんなさい! もう二度としません。許して下さい、お願いします‼」

「それが優勝した部隊の一員の言うことか? 褒めてやろうと思ったのに」


 琴音はそう言いながら静香並みの豊満な胸を強調する様な姿勢を取る。しかし、朝比はそれを見て余計に怯えてしまい、目にはゼリーのように涙が溜まり、身体がバイブレーション機能のように震え上がっている。


 美少女のような容姿をした少年が潤んだ瞳で怯えている。


 そんな仕草が女子達には受けたようで何を思ったのか頬を赤くし、息を荒くしている。


 琴音が女子達に悪戯っぽい笑を向けると、女子達は無言でグッジョブと親指を立てる。どうやら意気投合したらしい。


 琴音は満足したのか、自身満々の笑を浮かべながら教卓に戻る。


「ホントにお前の姉ちゃんなのか?」


 隣の功が興味本意で聞く。


「義理のね。僕が五歳の時に来たから、丁度十年前かな」

「それってアレがあった年だよな?」

「うん。MCの最初の進攻があった年。身寄りが無かった姉さんを引き取ったって形だったけど、こっちも親二人とも死んじゃったから親代わりになって育ててくれたんだ」


 少し重い話になってしまった。


 功は空気を柔らかくするため、女性にとってのタブーを朝比に訊く。


「歳っていくつなんだ?」

「えっと二十五歳だったと思うよ」

「若いな⁉」


 功は余りの若さについ声を出してしまった。そのせいで琴音に気づかれ、朝比だけにしか分らない殺気を放ち始める。


「私の年齢を知りたくば、そこの可愛い弟に訊くといい。教えるかは保証せんがな」


 明らかに言うなと言っている。その目には殺気しか感じなかった。


 だが、


「面白い人だな」


 とクラスの皆は気付かないのだ。


 これがこの女の嫌なところだ。


「私の授業は機構人の操縦だ。と言ってもこのクラスには二人も正規部隊の一員がいるがな。しかも優勝したところの」


 笑顔で言うその姿が朝比からは、悪魔が笑っている様にしか見えなかった。


 この後に待っているのは機構人の操縦を学ぶ授業。つまり琴音の授業だ。

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