第34話

 第五機動部浅利隊の格納庫でも海面で嘆く朝比と同様にスーツを着た男が悲鳴を上げていた。


 奈子はその哀れな姿を見て、とても満足そうな笑みを浮かべていた。男の方はと言うとそれに気付かないほど焦っていた。


「あと五分で風紀委員ジャッジメントが来るけど、それまでジッとしててね」

「そ、そんな、どうしてだ!」


 何かを言おうと男が口を開いた瞬間、奈子は近くにあったドライバーを恐ろしい速さで投げつける。それは人をも殺し兼ねないほどだ。


 男はその場で尻餅をつき泡を吹きながら失神した。


「ったく、それでも正規の軍人さんなのかねぇ」


 呆れて溜息を着いた途端に背後から殺気を感じた。そのせいで身体が震え上がり、額から冷たい汗が溢れる。振り返ろうとしても緊張とプレッシャーで出来ない。完全に気圧されてしまっている。


「アナタしかここにいないのね。てっきりスパイ的な……って失神してるし。この人が朝比を虐めたんだぁ」


 圧倒的な殺気を放ちながらも呑気に喋っている。しかも、その内容はスパイに関する事だ。


 トンっと奈子の両肩に手を置いた。すると、金縛りのような殺気が完全にふり払われた。そのままの勢いで振り返ると、そこには黄色いシャツと青いジーパンを履いた女がいた。しかも、その体系は素晴らしいという他ない。出るところは出て締まる所は締まっている。女性としては抜群のボディーラインがシャツ越しでもはっきりと分かる。そして、ぱっちりとした大きな目に少しだけ釣り目の瞳。まるで、静香の豊満な胸と瑪瑙のスタイリッシュな身体が合体したような感じだ。


「ごめんごめん。つい、殺気出しちゃってた。安心して、私は不法侵入者でもなければ、そこのスパイでもないから」

「なんで……それを。機密事項のはずなのに」

「ハッキングって言葉知ってる? 十年前は流行ったよぉ犯罪だけど」


 この時代も確かにコンピューターを使うことはあるが、インターネットは回線自体が消滅してしまいデータを覗くには、その場に行かなくてはならない。


「白式だっけ? あれのデータを貰いに来たんだけどいいかな?」

「な、なにを‼」

「弟の機体なんだし、バグとかあったら許せないから」


 そう言って近くにあったパソコンをいじり始める。その余りの速さに指の残像が見えた。


☆☆☆☆☆☆


 海面上では全てのMCを倒したらしく、第一機動部と第五機動部の機体が集まっていた。その中には蛇皇じゃこうの姿もあった。


『静香、ちゃんとうちの新人守り抜いたか?』

『当たり前ですわ! 瑪瑙ちゃんよりかは守れる自信あったもん‼』

『んだと、この巨乳怪人!』

『へーんだ!』


 朝比は可愛らしい女子高生の会話を聞きながら全方位モニターであたりを見回す。スパイである第二機動部と第九機動部のパイロット達も無事なようだ。


 今は第一機動部藤堂隊の機構人と風紀委員の機構人に残った胴体を牽引される形で海面を引きずられながら学園艦に連行されていた。島に連行しないのは、おそらくこのスパイをあぶり出す作戦自体が公になっていないからだろう。


『朝比、大丈夫?』

「リンも大丈夫だった? まさかこれが全部作戦だったとはね」


 朝比は苦笑する。発作の副作用はすっかり治まったようだ。


「そうだ。あの時、僕のために追いかけてくれてありがとう」

『あの時?』

「ほら。第一機動部藤堂隊の機構人が撃ってきた時だよ。リンが追ってくれてなかったら小野村先輩にやられてたかもしれないから」

『オノムラ、先輩?』

「あの紫色の装甲に金色の関節をしてる機体だよ。轟嵐と一緒で目立つカラーリングだよね。名前は蛇皇って言うみたいで、背中の湾曲した剣がこれまた凄くてさ」

『うん』

「だから、本当にありがとう」


 朝比は満面の笑みを浮かべて礼を言った。すると、リンからは直接「いいよ」や「どういたしまして」などの声は聞けなかったが、かわりに水色のグレイブ改が頷いていた。


 それにしても二人の女子高生、もとい、瑪瑙と静香は未だに何かしらを言い合っている。まさにああ言えばこう言うみたいな感じだ。そしてついに始まってしまった。


 先に手を出したのはまさかの静香だった。


 轟嵐の右手に持つ一対のガトリング砲の砲身が緑士の膝に当たり、人間で言う膝カックンのようになった。


 緑士は気にしていない素振りを見せながら、頭部はあくまでよそ見をするが、左足が轟嵐の右足の脛を軽く蹴る。


 次に轟嵐は背部の高出力ロングレンジビーム砲の砲身を横薙ぎして緑士の肩に当てる。もはや殴打に近い勢いだったが、緑士はすぐに体勢を整えて、轟嵐のつま先を思い切り踏みつける。


『瑪瑙ちゃん? そろそろ止めないと怒るよ?』


 いつもの静香より冷たい声が聞こえる。おそらく、いつもの可愛らしい笑顔を浮かべているのだろうが、完全に怒っている。


『先に手を出したのはそっちだろ、なら言うことあるよな?』

『はてなんのことやら』

『あン?』

『べーっだ!』


 静香が子ども染みた言動を見せた途端、轟嵐のヒップアタックが緑士の腰部背面、いや、轟嵐の巨体から繰り出されるそれは、緑士の左半身を確実に捉えていた。


 緑士はそのままくの字に折れ曲がり海面に叩きつけられる。


『まずい、乱闘だ!』


 どこか楽し気に健が言うと、朝比は嫌な予感がした。現に轟嵐と緑士がじゃれ合っている間も、白式は轟嵐にしがみついていなければ海に沈んでしまう。そんな状態で乱闘になれば海に投げ出されてしまうのは必至だ。


『てめェやったな!』


 瑪瑙は怒号を吐くや緑士を駆って轟嵐の頭部に空手チョップを食らわせる。

 すると、


『第一機動部藤堂隊オメガワン・藤堂静香 頭部破損により戦闘不能! よって第五機動部浅利隊の勝利‼』


 間があった。


 直後にアップル5・南雲健の笑い声が共通チャンネルを通して響き渡った。


「まだ試合中だったの⁉」


 朝比は驚愕する。


『当たり前じゃん。だってこの作戦は試合中、、、に極秘でやってんだから』


 健は馬鹿笑いしつつ朝比に言う。


「ああ、なるほど。それじゃあ仕方ないね」


 轟嵐が慌てている静香を象徴するようにジタバタし始める。そのせいで支えて貰っていた白式がとうとう海に投げ出されてしまい沈みそうになる。馬鹿笑いしている健は助けることが出来ないため、代わりにきよこが助けに入る。


 共通チャンネルでは瑪瑙と静香が激しく言い争っていた。


 最終的には、


『まさかお前、一年坊の前でズルしよってわけじゃないよな?』


 これを言われてしまい静香は黙り込んでしまった。


『そんじゃ、お前は明日からウチの隊な』

『え? なんで?』


 弱々しい声が共通チャンネルを通して朝比の耳に入る。


『どうしてって、大会の景品だ。お前がウチの隊に来れば沙穂もこっちに来るんだろ?』

『もちろんです。しかし、明日からと言うのは無理があります』

『まあ、そうだな』


 どんどん話が進んでいく。その中で静香が嬉しそうに声を上げていた。


『よし! 取り敢えず勝ったんだから帰るぞ、お前等‼』

「了解」


 瑪瑙の声に全員が返す。


 こうして波乱に満ちた大演習大会は幕を下ろした。

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