第33話

 第五機動部浅利隊の格納庫では、白式びゃくしき轟嵐ごうらんの戦闘を見てスーツの男は呆然としていた。奈子の方は当然と言いたげな表情でテレビ画面を見ている。


「これはエース交代かな」


 一応、話し掛けたつもりなのだがスーツの男は黙り込んでいた。

 軍人にしては頼り無いな、と思いながらテレビ画面を見る。


 こんな大人が集まっている国防省だ。本当に権力以外に何も持っていない。もしも持っているとすれば、それはただの醜いプライドだけだ。


 月軍もこんなものなのだろうか。


「それにしても本当に当たらないねぇ。いくらシズちゃんでも流石にキレるかも」


 奈子の胸を不安が締め付ける。


☆☆☆☆☆☆


 雨のように降り注ぐ火線を白式はことごとく避けて、捌いて、防いでいく。

 その無駄のない動きに優勢だったはずの静香は翻弄される。いや、今も優勢は轟嵐の方だ。未だに百式はまともな攻撃を与えていない。


「急に無口になったと思ったらこの動き。これが発作の力ですか」


 静香が苦笑しながら言う。


 静香は理事長であるため生徒一人一人の情報を持っている。その一つとして朝比の発作の情報がある。もっとも、これは普通科の教師と校長がまとめたレポートのようなもので、正直なところあてにはしていない。だから、彼女は整備長の奈子に白式のメモリーを調べてもらい、発作の効果を知っている。


「厄介ですわね。このままだと予定より早く終わってしまいますわ」


 勝つつもりなのか、負けるつもりなのか分からない言い草。


 意を決したらしい白式が飛行形態から機構人形態に変形して、こちらに向かって突っ込んでくる。まるでマイクロミサイルの存在を忘れたかのように。だが、その速さは尋常では無かった。ターゲットマーカーをロックしようとすると、すぐにその場から離れる。ロックせずに火器を操ろうとすると白式がビームを放ち、ビームを屈折させるシールドを使わされて完全に動きを封じられてしまう。


 そして、遂に白式の近接武器が届く距離まで接近を許してしまった。


 しかし、それは同時に静香の重火器の間合いでもあった。


 轟嵐の分厚い胸部装甲に仕込まれたミサイルポットのハッチが開く。それらは全て白式を確実に捕えていた。トリガーを引けば確実に命中し、純白の機構人は爆散する。


 だが、次の瞬間、眩い光が轟嵐のメインカメラを埋め尽くした。


☆☆☆☆☆☆


 両者とも撃墜判定が出ないまま三十分近く経過した。


 観覧用の大型ディスプレイは開始直後の轟嵐の一斉射が放たれてから砂嵐しか流れていない。


 アナウンスでは、


『問題を確認しています。しばらくお待ちください』


 と常時流れている。


 東雲朝比のクラスメイト、主に朝比のファンたちは心配していた。まさか、自分のクラスメイトが決勝戦まで勝ち進み、理事長であり校内最強の第一機動部藤堂隊の隊長――藤堂静香と闘うとは微塵も思っていなかったからだ。あの可愛い容姿からは考えられないほどの操縦技術が勝敗を分けるのは分かっている。ただ、それでもやはり心配なのだ。


 女子達は手を握り合いながら無事に帰ってくるのを待っている。もちろん男子も手は握らないが無事に帰って来るように祈っている。しかし、その中で一人だけ制服では無く私服を着ている女子生徒、いや、女性がいた。大演習大会は授業の一環として制服を着てくるものだ。だからか、微妙に目立っている。


「発作に入ってから五分。残りの体力を考えたら三十秒が限界ってところか。小さい頃から体力だけは無かったからなぁあのコ」


 女は眼鏡を掛けている。しかし、これは視力を補うためのものではない。他人から見ればただの眼鏡だが、女から見れば死んでいるはずのカメラ映像が流れている。

 そのため、現在の戦況を知っている。


 ただ気掛かりなのは、途中からダミー映像が流されているということだ。ダミーの方では、隊同士が壮絶な死闘を繰り広げているが、本物の映像では白式と轟嵐以外戦闘をしていない。ただ、第一機動部の一機が水色のグレイブ改に執拗に追いかけ回されているだけだ。


「これは何かあるね」


 女性は不敵な笑みを浮かべながら立ち上がり、観覧場を後にした。


☆☆☆☆☆☆


 メインモニターを埋め尽くす閃光。


『これは……フレアッ⁉』


 静香の心底驚いたような声が通信機から出力される。

 

 そう。白式が直前で両足裏を轟嵐に向けて、踵に収納されたミサイル攪乱用かくらんようのフレアを放ち、目くらましに使ったのだ。その光は閃光弾や信号弾のように大きく長時間輝き続けた。


 これが最後のチャンスだ。


 朝比は意を決したように白式を前方に疾風の如く駆り、轟嵐が、静香が怯んだ隙に懐まで飛び込む。いくらビームを屈折させるシールドでもマイクロミサイルを剥き出しにした装甲に密着させてしまえば効果は発揮されないだろう。


 そう判断したのだ。


 そして、閃光が止んだ直後、全天周囲モニターを大量のマイクロミサイルが埋め尽くしていた。


 それもそうだろう。


 正面突破をしてくる敵に狙いを定めて撃つよりも、物量で攻められる轟嵐が黙って白式の攻撃を待っている訳がない。


 白式は咄嗟に装備していたウィングパックを切り離し、翼に内蔵された二基のメインバーニアを出力させてミサイル群に突っ込ませる。


 ウィングパックは主を守るための盾となって一瞬の内に跡形もなく爆散する。


 朝比は凄まじい爆風とその余波に煽られながらも、獣のように咆哮しながらフットペダルを限界まで踏み、さらに背部のメインバーニアもフルスロットルにいれて突撃する。そのまま白式は轟嵐に体当たりする形で難攻不落のミサイル群を突破した。


 しかし、そこで思いもよらぬことが起きていた。


「エナジーが足りない。これじゃあ倒せない」


 完全に盲点だった。


 エナジーの大半を占めるバックパックを切り離し、盾にしたのだ。当然と言えば当然なのだが、こうなってしまえばもうどうしようもない。


『どうしますか? そのままビーム刃を出しますか?』

「え?」


 もしかして、


「変な動きを見せたら容赦しません」


 朝比は不慣れな脅しをかける。


『……なるほど』


 やっぱりだ。こっちのエナジー切れに気付いていない。


「どうしてこんなこ……っ⁉」


 突然の衝撃。


 エナジー切れを起こした白式は成す術もなく海面に叩きつけられる。ここで白式に予想外の展開が起きた。


「し、沈むっ⁉」


 この時、朝比は初めて知った。機構人がコアから送られてくるエナジーが切れると、海面に浮いていられなくなることに。少年はすぐさま背部と足裏のバーニアを吹かして、白式を海面下から這い上がらせる。さながら海におぼれそうになっている人間のようだ。


 次の瞬間、轟音と爆音がコックピット内に響き渡った。続けて発作も解けてしまい一気に疲労が込み上げてくる。それと同時に轟嵐が誰を撃ったのか、朦朧とする意識の中で全天周囲モニターを確認する。


「あれ……は……第二、と、第九機……動部? なん……で、こ……ん……な所に」


 しかも、焦げている。ボロボロの卵焼きみたいに。機体は胴部・コックピット以外全て消し炭にされていた。


『やっと出てきましたか。ドブネズミ共が』


 個別チャンネルで静香から通信が入る。


「どう、いう……?」

『はい、最近スパイの影がチラついていたので一掃しちゃおう、ということで瑪瑙と奈子で作戦を立てていたのです。まあ、実弾を使うということでアレ、、を呼ぶハメになってしまいましたけど』


 センサーが妨害電波をキャッチした。それと同時に警報がなる。この反応は間違いなくMCのものだ。


 当たり前と言えばそうなのだが。実弾を使うということは、即ち武装しているということになる。その特性上MCは武装した物に引き寄せられ、殲滅しにくる。


『作戦成功! これより第五機動部浅利隊はMCの殲滅に移行する。アップル3・朝比は巨乳怪人と一緒にいろ‼』

「りょ、了解……」


 つまりこういうことらしい。


 最近、朝比達が出撃したのは夏休みだけだ。そしてその時に起こったアクシデントの連発は全て仕組まれていたということ。狙いは瑪瑙の殺害、もしくはリンの殺害だったらしい。そして、今回の大演習大会でそのスパイ達を一掃してしまおう、ということで作戦を立てたらしい。


「なんで僕には教えてくれなかったんですか? それに実弾も」


 気が付けば、疲労が少し和らいでいた。


『その方がリアリティがあるということでしたので』


 朝比は沈みそうな白式の中で悲鳴に近い声を発したのだった。

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