第32話

 上空から降り注ぐ火力という名の雨。


 朝比はモニター越しに地獄を確認しながら発作を発動させた。


 ビーム兵器の通る道、ミサイルの軌道、直撃コースを通る弾丸。その全てが頭に入ってくる。


 朝比だけが違う時間を行く。


 白式は朝比の操縦の下、止まって見えてしまう火力の雨の間を縫うようにして避けていき、静香の駆る機構人へと突撃する。しかし、静香の対応能力がそうはさせまいと白式の接近を容易には許さない。


 だが、朝比はそうなることを予想していた。だから、あえて撃たれた数の少ないビーム群へと突っ込む。腰部背面のビームサーベルとシールドで直撃コースだけを防ぎ、その反動でバランスを乱されてミサイルの群れに呑まれてしまっても、逆にそれを利用して常人ではありえない挙動をして躱し、頭部の牽制用バルカンでミサイルを撃ち落としていく。


 やっとモニターで静香の機構人を確認できる頃には全ての火器をしのぎ、海面上を物凄いスピードで飛んでいた。


 それでも朝比からして見ればまだ遅い。


「ここまでだ」


 朝比はそう言うと発作を解いた。それから来る疲労感は初めての実戦の時よりも遥かに軽かった。これまでの戦闘で感覚を掴むことに成功している証拠なのだが、先程のように危機的状況に陥った時にしか発動できないのはまだ変わっていない。そしてそんな物騒な物に頼っている自分に嫌悪した。


 全天周囲モニターに肉薄する大柄な機構人に、少年は少し気圧される。


『流石ですわ、朝比くん。でも、この私には勝てませんわよ。この「轟嵐ごうらん」には』


 人間の血のように赤い分厚い装甲。その両腕にジョイントされた過剰なまでに特化された重火器。右腕にはシールド付きの二連装ガトリング砲。一つのガトリングにつき八門の砲門がある。そして、そのシールドには沙穂の蛇皇じゃこうと同じビームを曲げる装置が搭載されている。左腕には一対の高出力ビーム砲があり、右腕と同様のシールドが付属している。背部には機体よりも長いロングレンジビーム砲が一対、それに挟まれるようにして大型のメインバーニアがある。


 まるで馬鹿みたいに服を何十着も重ね着したようなずんぐりした機体。


 敢えて言うなら、


「藤堂先輩の胸みたい……」


 だ。


 この時、朝比は個別チャンネルを切るのを忘れていたことに気付き戦慄した。


 今言った言葉は全て静香の耳に入っている。


『朝比くんの馬鹿! せっかく名前で呼んであげたのに‼ 馬鹿馬鹿馬鹿‼‼』


 静香の超絶可愛い反応とそれに呼応して轟嵐の重火器が黄色い悲鳴を上げる。


 白式は慌てて後方に下がりつつ射線から逃れる。直後に先程まで白式がいた海面が爆風や爆発、そしてビームによって蒸発し荒れ狂う。その衝撃で巻き上がった海水が雨ように降り注ぐ。


 あと数秒遅れていたら自分も同じ様になっていたと思うとゾッとする。


 朝比は列記とした『死』を連想した。


「じ、実弾っ⁉」


 模擬弾では決して出ない火力。それを目の当たりにした朝比がそう言ったのだ。


 同時に計器の一つに恐ろしい文字が浮かび上がる。


『模擬戦闘モード解除。これより戦闘モードに切り替えます』


 朝比はそれと轟嵐を交互に見ながら焦りを覚える。


「どうして、どうして実弾を!」

『アナタが邪魔だからですわ。だから死んで下さい』


 そう言った瞬間、轟嵐の背部に装備された一対のロングレンジビーム砲が閃光を放つ。


 白式はシールドを構え、閃光を迎え撃つ。すると、先程とは比べ物にならないほどの衝撃が白式とそれを操る朝比を襲った。反動で白式のバランスが崩れ、転げそうになるが、各部補助スラスターを利用して体勢を整える。そして、すかさず轟嵐を中心に時計回りに移動し始める。これは至極当然のことだ。轟嵐の前で立ち止まるなんてありえない。そんなことをしてしまったら影も形も残らないだろう。


「邪魔って……僕、藤堂先輩に何かしましたか?」

『……』


 轟嵐の分厚い胸部装甲が展開し、二十基のマイクロミサイルが剥き出しになる。これは右胸部だけの話だ。開いたのはもちろん左胸部も、だ。つまり四十基のマイクロミサイルが白式を狙っている。


 このマイクロミサイルは名前の通り通常のミサイルよりも小さい。しかし、その威力は戦車を一撃で跡形もなく吹き飛ばしてしまうほどだ。そして、それらは獲物を必要以上に粉微塵にするために解き放たれる。


 そんなものを受け切れる訳がなく、白式はビームライフルと頭部の牽制用バルカンでマイクロミサイルを撃ち落としていく。


 白式のコックピット内が爆音と轟音で敷き詰められる。耳を塞ぎたくなる気持ちを抑え、朝比は操縦桿やフットペダルの操作に集中する。


 全天周囲モニターに映る轟嵐が右腕の二連装ガトリング砲の射線を取ろうとどんどん向きを変え始めている。白式はそれよりも早く轟嵐の背後を取ってビームライフルを構える。


 ここで朝比は整備長であり、轟嵐を作った奈子の言葉を思い出した。


「『弱点はあったらすぐに直す』……ここはまずい‼」


 朝比は咄嗟の判断で機体を急上昇させた。


 次の瞬間、轟嵐の腰部背面から大量のマイクロミサイルが飛び出てきたのだ。幸いにも、ミサイルの群れに追尾式は無かったらしく、空へ逃げた白式を追ってこない。代わりに背部のロングレンジビーム砲から光の矢が放たれる。


 朝比は機体を直撃寸前で旋回させて躱し、続けざまにビームライフルで轟嵐の頭部を正確に狙撃する。しかし、両腕のビームを屈折させるシールドによってあらぬ方向へと向きを変えられてしまった。


「クソッ! これじゃあ斬ることも出来ない‼」


 悪態を吐くも轟嵐からまたしてもマイクロミサイルが発射される。しかも、その数は無数に見える。


 轟嵐の両脚にも胸部と同じくマイクロミサイルが仕込まれていたのだ。ミサイルは太腿と脚部の側面から出ていた。太腿から四十、脚部側面からも四十。左右合わせて百六十。そして胸部から四十。合計二百。加えて、これら全ては連射可能らしい。その証拠に濁流のようにミサイルが白式に向かって押し寄せてくる。


 避け切れない。


「……死ぬ」


 朝比の顔から表情というものが失っていく。


 目はミサイルの軌道を読み、手足は操縦桿とフットペダルをミリ単位で操作していく。


 本物の発作だ。朝比はすぐに自分の身体の異変に気付いた。自発的に発作を起こした時とは深さ、、が違う。例えるなら、学校のプールと水泳競技の跳び込みで使われるプールの違いだ。


 白式は飛行形態に変形し、その場を一瞬の内に離れる。


 次に白式が取った行動は誰も予想しなかったことだ。


 飛行形態に変形した白式は機体を安定させてからミサイル群の中に突っ込んでいく。各部スラスターを吹かし、時には片足だけを前方に突き出して制動をかける。もちろん、そんなことをすればバランスは崩れ、あらぬ方向に飛んでしまうが、それすらも利用し、ミサイルとミサイルの間を縫うようにして躱していく。


 ミサイルは近接信管で設定されていたのか、飛行形態の白式が躱して通過してからまるで白式が通った道を示すかのように爆発とそれで起きる火花が散っていく。最後にはミサイル達は行き場を失った物や他の物の爆発で誘爆してしまう始末だ。


 朝比は気付いているのだろうか。自分がどれだけトリッキー且つ常人離れした動きをしているのかを。


 加えて、殺人的なGがその華奢な身体を襲っているというのに表情一つ変わらない。いや、変えられないのだ。


 今の朝比に表情を変える余裕すらない。全身がバラバラになりそうな苦痛を受け続けて平気な訳がない。本当なら泣き叫びたい。しかし、今はその時ではない。TPOはわきまえている。


 全天周囲モニターにマイクロミサイルが肉薄する。


 またしてもミサイルの濁流が押し寄せて来たのだ。


 飛行形態に変形した白式は全速力でその場から離れる。当然の如く、その後を追うようにしてマイクロミサイルが迫ってくる。基本的にミサイルの速度は機構人よりも速い。飛行形態に変形していてもそれは変わらない。両翼に内蔵されたメインバーニアを全開で吹かしても逃げ切れない。いや、逃げ切れる。


 朝比は今にも身体が潰れてしまいそうになりながらも歯を食いしばり、操縦桿を握る手に力を入る。そして、メインバーニアの出力を一息にフルスロットルにする。


 次の瞬間、一瞬だけだが、意識が飛んだ。

 ソニックブームというのか、空気が弾けた爆発音が海上に響き渡った。


 耳を塞ぎたくなるような轟音。


 その甲斐あってか、ミサイル群から逃げ切ることが出来た。


『逃がしませんわよ!』


 轟嵐の背部に装備された一対の高出力ロングレンジビーム砲から光の矢が放たれる。それも一発や二発ではない。十発以上の死線が正確に白式の胴部を穿つため襲い掛かる。


 白式は寸でのところで旋回し、左右のメインバーニアの出力をコントロールし、機首を落とすなど、ありとあらゆる方法を使って轟嵐が放った十条の閃光を回避する。


 しかし、このまま逃げているだけではらちが明かない。


 攻撃をしなければ。

 倒さなければ。

 戦いは終わらない。


 意を決した朝比は白式の両脚を前方に突き出し、急制動を掛ける。フルスロットルで飛行していたため、轟嵐との距離がかなり開いていたかと思えば、轟嵐が放ったビームによってただ急上昇した程度にしか離れていなかった。


 白式は轟嵐を中心に高高度で時計回りに飛行する。


 様子見。

 違う。

 タイミングを伺っているのだ。


 そして、その時はすぐに来た。


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