第30話
朝比を撃った奴、許さない。
リンの脳裏にはそれしかなかった。
「許さない。許さない。許さない!」
いつも無表情で無口なはずの彼女が感情を露わにして声を張り上げる。
もし冷静を保っていたならば、
「気にしない、早く行く」
なんて言って追撃は絶対にしなかっただろう。
仮に追撃をしたとしても、今のように逃げるだけで全く攻撃してこない相手なら引き返して最重要ターゲットである静香を叩きにいくだろう。
しかし、リンは逃げる相手にお粗末な照準で模擬弾やミサイルを撃ちまくっている。
この世で一番守りたい者が撃破されてしまうかもしれない。そんな危機的状況に陥っているというのに彼女は気付かない。それほどまでに感情が爆発している。
リンは自身の感情が爆発するという初めての経験に困惑するほか無かった。
☆☆☆☆☆☆
予想外の展開と言えばそうなるのだろうか。
白式のビーム兵器がすべて直撃寸前で曲げられてしまう。もちろん、頼りにしていたビームサーベルも、だ。
「キャノンバルカンは避けられるし、牽制用バルカンじゃ意味ないし。やっぱあのシールドを破壊しないと勝てない」
敵機の名前は『
その特殊なシールドの特性からそう名付けられたらしい。
加えて、蛇のように湾曲した剣・ショーテルに緑士と同等の機動性。笑えるくらいの高性能機だ。これが隊長機じゃないのが信じられない。
『アナタの機体はビーム兵器に特化しているようですね』
突然、通信が入ってきた。
「は、はい。そうですけど」
『あ、私は静香様の補佐をしております。
「どうも」
名前からして補佐役って感じだな、と朝比は現状を打開するための策を見出すため、思考を巡らせる。
白式は距離を取ろうとするが、蛇皇がそれを許さない。離れたら離れた分だけ距離を詰められる。まさに蛇に締め上げられた獲物のようだ。さらに湾曲した刀身を利用して曲がる斬撃という意味不明な攻撃を繰り出してくる。
「タイミングが取れない‼」
本来の実体剣は真っ直ぐ伸びた両刃の剣型と片刃の刀型のどちらかである。朝比にとってショーテルのように湾曲した得物と闘うのはこれが初めてだ。
――形が違うだけでこうも闘いにくいものなのか。
発作を使うか、と悩む朝比の目にまたしても蛇皇がMCに見えた。二回戦以降からこれがずっと続いている。
機構人がMCに見えてしまう。医務室で精密検査を受けても何も異常は無かった。疲れているせいだろう、と言われたが果たしてそうなのだろうか。
思い悩んでいる隙に蛇皇が肉薄する。
シールドで防いでも、ビームサーベルで受け止めても全ての動きが白式を、いや、東雲朝比を上回っている。
鍔迫り合いをすれば、その勢いは捌かれ背後を取られかねない。
防戦一方になってしまう。
その時だった。
白式の頭部すれすれを一条の閃光が通過して行った。
そしてそれは、
バコン‼
轟音を響かせて閃光は蛇皇のシールドに命中し弾き飛ばしたのだ。
「アップル6・北上さんか」
『アップル3・朝比くん‼』
個別チャンネルに美琴の声が入る。
そうだ。ここで畳みかける。
意を決した朝比は白式を駆る。
☆☆☆☆☆☆
北上美琴が駆る『
全体色は青色。頭部は白式やグレイブ改とは明らかに違い、狙撃用のセンサーが詰め込まれているため異形の物になっている。それ以外は朝比の白式と細部が異なるだけでほとんど変わらない。装備は少なく、両サブアーマーに機構人サイズの拳銃を二丁マウントさせており、左脚の太腿辺りにはナイフを装備している。そして、一閃の代名詞とも言えるロングレンジ高出力ビーム砲兼超電磁砲のスナイパーライフルだ。ビームと実弾の両方を撃つことが出来る強力な武器だ。装備はたったこれだけであるが、それに加えて、美琴の狙撃能力が付与されることで凄まじい戦闘能力を発揮することが出来る。
実際、美琴がシミュレーターで外したところを浅利隊の面々は見たことがない。もちろん健も、だ。
本人曰く、
「止まってる的は当てて当然」
そう言って的に絵を描いていた。
「さてさて、朝比くんはこれでどうにかなりそうだし、そろそろこっちも頑張りますか」
操縦桿を狙撃モードに切り替えて眼鏡に情報を送る。
美琴は一閃を操縦する際に眼鏡を掛けている。これはファッションでも視力が悪いから掛けている訳でも無い。この眼鏡のレンズはスナイパーライフルの狙撃用レンズと直結していて、狙撃モードになると右のレンズにはスナイパーライフルのスコープが映している光景を、左のレンズにはセンサーを映し出すことができる。
左右違う映像が流れるため常人なら「使いにくい」と言ってすぐに仕様変更するだろうが、美琴は違う。彼女の情報処理能力と狙撃に関するセンスがそれらを完全に使いこなしている。
「隊長達は作戦通り量産機の相手をしていて、朝比くんは副隊長の相手、リンちゃんは予定通り朝比くんから離されているし。藤堂先輩も予定通り朝比くんの所に向かっている。まだ問題は無いし大丈夫かな」
溜息をついてからモニター越しに広がる海に目を向ける。
「こっちに来て訓練ばっかりだったからなぁ。今度健くんと一緒にスナハマを散歩しよっと」
緊張感の無い言葉を発しながら、センサーが捉えた海から来る新たな敵を狙撃モードで確認する。
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