第29話
「うっしゃあ! 次はいよいよ決勝だ、気合入れてくぞ‼」
「うぇーい!」
「なんだ、元気ねえみてぇだな」
決勝の待合室で浅利瑪瑙の激が飛んだが応えたのは健だけだ。なんとも寂しく悲しいものだろうか。そのせいか重く暗い空気がこの場を包み込んでいる。
憂鬱と言うのはまさにこういうことを言うのだろう。
第五機動部浅利隊は、遂に決勝戦まで駒を進めたのだ。その甲斐あってか全ての隊に知られるほど名も挙がった。それに関わらず瑪瑙と南雲健以外は元気や活力と言ったものが見られない。アオノリンはリンでどこを見ているのかさっぱり分からない。
「これから藤堂先輩と闘うんですよね?」
「まあ、そういうことになるな」
瑪瑙が平然と答えると東雲朝比は重い溜息をつく。
そう。決勝戦の相手は第一機動部藤堂隊。つまり理事長・藤堂静香が率いる現在最強の部隊だ。
「はいはい。怖いのは分かるけど作戦の一つや二つ考えないともっと怖いよ?」
見かねた浅利隊の整備長である紺野奈子が言う。
決勝戦では、出力を抑えられていた機構人のスペックを申し分なく発揮させることが出来る。模擬弾やビーム兵器の出力は弱いままだが、その代わり全ての機体がビーム兵器を装備することができるようになっている。
そのためより一層実戦に近い状態で戦闘を行うのだ。そのせいで朝比達は落ち込んでいる。加えて、静香の機構人の恐ろしさをモニター越しに見てしまっているため余計に暗くなってしまう。
「もうちょいシャキッとしろ、シャキッと!」
「はい……」
声が掠れて聞こえる。
「データで拝見しましたけど、最初の一撃は避けられない訳でも無いですよ?」
そう言ったのはサラサラの黒髪を伸ばしたパイロットスーツを着た女子生徒、新しい浅利隊のメンバーだ。
名前は北上美琴。
健と同じ宇宙科から転科してきた女子生徒だ。すでに瑪瑙から機構人の操縦技術において一目置かれている美琴は、堂々とモニターに映る静香の機構人を見やる。
本当なら四回戦から転科して来る予定だったのだが、転科手続きに加えて、美琴の機構人の調整に手間が掛かってしまい準決勝前になってしまったのだ。
しかし、その腕は凄まじく瑪瑙もそうだがきよこでも驚くほどだった。実際、準決勝ではその実力を大いに発揮して見事、浅利隊の決勝進出に貢献したのだ。
「おそらく、あれは狙って撃っている訳ではありません」
「どういうこと?」
「命中はしていると思うけど、よく見れば外している弾も多い。つまりあれは敵機が移動すると予測される所に撃っているの。訓練ばっかりでその動きしか出来ない部隊なら避けられないのも当然ですね」
納得したのか朝比が頷く。
「奈子、何か弱点とかねぇのか? お前が作ったんだろアレ」
「いやいや、あったらすぐに直すに決まってるじゃん。瑪瑙たんは馬鹿だなぁ」
「んだと‼」
殴り掛かろうとする瑪瑙を麻衣と朝比と健が止める。しかし、三人掛かりで止めようとしてもその侵攻を完全には押さえられなかった。
この時健は思った。
――浅利隊長は人間の進化の過程で迷い込んだゴリラだな。
「本体は固い装甲に守られてるけど、あの分厚さで瑪瑙たんの緑士並みに動けるからねえ。我ながら凄いのを作ったと思うよ」
奈子が信じられないことを言い張ったことに全員の視線が突き刺さる。
「だって弱点だったんだもん!」
「だっても、もんもねぇよ‼」
またしても瑪瑙が殴り掛かろうとするので麻衣と朝比と健、そして美琴ときよこも混ざって止めに入る。ちなみにこの時の美琴はとても楽しそうだった。
「……」
それを見ていたリンは無表情ではあるが、どこか寂しさを漂わせていた。だが、それに気づいた隊員は誰もいなかった。
☆☆☆☆☆☆
決勝戦の舞台は海。
機構人が戦闘する上で、いや、狭間学園が率いる部隊『
第五機動部浅利隊各員は所定の位置に着いたことを確認してから共通チャンネルを開く。
『分かってるな。よし、動けぇ‼』
瑪瑙が雄叫びのように命令すると朝比達は機構人を無作為に滑走させ始める。
これが瑪瑙と美琴が建てた作戦だ。訓練で染みついた陣形、行動パターンを無視して、敢えて何も考えずに適当に動く。もしも直撃しそうなら勘で避ける。最早作戦とは言い難いものだ。
ブー! 試合開始のサイレンが鳴った。
「き、来た!」
第一機動部藤堂隊が構える方角からコックピットに座っていても腹の奥、いや脊髄までもが震えあがるほどの轟音が聴こえた。するとセンサーが朝比達に目掛けて無数のミサイル、ビーム、模擬弾が急接近してくるのを探知する。
向かってくるミサイルの中には、内部にも小型のミサイル、つまり、マイクロミサイルが十数基も搭載されているものもあるため、センサーに映るミサイルが突然枝分かれし始める。
文字通り火力の雨だ。
「直撃コースだけ……直撃コースだけ……直撃コースだけ……」
朝比は自分に言い聞かせるように呟く。降り注ぐ火力を紙一重でかわしながら思い出す。直撃コースだけ撃ち落とせばいい。しかし、立ち止まるな、とも言われた。少年はそれを実行しようと白式を駆るが、予想以上の砲火に継続するのを諦めることを余儀なくされた。
健の方も同じことをして危うくビームを掠めるところだった。
朝比は慎重に避けようとその場からいち早く移動した。
次の瞬間、目の前に大きな水柱が立つ。それも複数だ。水しぶきがメインカメラに襲い掛かるが、それは一瞬で修正されてクリアになる。しかし、途端にまた新しい水柱が立ち、モニターの修正が追いつかない。爆音と轟音だけが大演習場に響き渡った。
数十秒経ってようやく火器の雨が止んだ。
『このまま攻め込む。アップル2・きよこ、アップル5・健は私と藤堂隊の陣形を崩す。アップル6・美琴は後方支援。アップル3・朝比とアップル4・リンは巨乳怪人を叩け』
「了解!」
瑪瑙の命令通り各機行動に移る。
朝比はリンを連れて真っ先に藤堂静香の所へ向かった。
若干遅れているリンに個別チャンネルで問う。
「アップル4・リン! 遅れてる‼」
『ごめん』
リンが悲しそうに答える。
いつもと明らかに違う返答に朝比は戸惑いながらも前方を見る。どうかしたのか、と問いただしたかったが、今はそんな暇すらない。次に静香が先程のような大火力を撃ち込んで来たら撃破されるかもしれない。もちろんリンもそうだ。だから、いざとなった時は身代わりになってでも守る。
ここで朝比は白式に急制動を掛けた。リンも釣られてそうする。
すると目の前を一条の閃光が通過する。
「敵か。でも気にしないで、リン。このまま……ってリンっ⁉」
リンの水色のグレイブ改がビームを撃った敵機に突っ込んで行ったのだ。
朝比は迷った。
――作戦を無視してこのまま追い掛けて二人で敵機を倒すか。
――作戦を優先してリンを置いていくか。
「って助けるに決まってるだろ! どの道一人で藤堂先輩倒せないんだから‼」
朝比は急いで白式を方向転換させリンを追う。
だが、
「嘘でしょ……」
またしても別方向から攻撃を受けたのだ。それも二人を引き離すよう間を狙って。それに気付かないリンはどんどん朝比から離れていく。
朝比はリンをセンサー上で確認しながら向かってくる敵機を目視する。
明らかに量産機とは違うフォルム。右手にはビームマシンガン。左手にはビームシールド発生機のような物が搭載されたシールド。そして、背部には機体の身の丈ほどある大きく湾曲した剣。『ショーテル』と言った方が良いのだろうか。頭部はセンサー類のせいか歪な形になっている。
「内蔵フレームが金色って装甲の色も薄い紫なのに。目立ち過ぎだろ」
朝比は今回だけ特別に奈子から頂いたビームライフルから一条の閃光を放つ。しかし、それは相手のシールドに直撃する寸前で、まるで見えない壁にぶつかったかのようにあらぬ方向へ空を切っていった。
「ビームが曲がった⁉ そんなッ⁉」
白式を後退させながら朝比は悪態をつく。
水色のグレイブ改とは視認できないほど離れてしまった。おそらく、もう追いつけないだろう。加えて、何度ビームを撃っても直撃する寸前であらぬ方向へと向きを変えられてしまう。シールドのキャノンバルカンを放っても、敵機の機動性が瑪瑙の緑士並みだからか掠りもしない。
作戦なんて言っていられない状況になってしまった。
「こっちの動きが読まれてる⁉」
ビームライフルをサイドアーマーにジョイントさせて、空いた右手で腰部背面のビームサーベルを引き抜く。それを確認した相手もビームマシンガンを腰部背面にジョイントさせて、空いた両手で背部に装備された二本の湾曲した剣・ショーテルを抜刀する。
朝比は混乱する頭を無理矢理に冷静にさせて確認する。
目の前の敵を。だが、その目に映るのは敵機では無く、間違いなくMCそのものだった。
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