第28話
南雲健が駆るグレイブ改が大破したという知らせを受けてからというものの、撃墜判定を示すアナウンスがぴたりと止み、試合は膠着状態となる。
緑の鳥人を思わせる機構人――緑士のパイロットであり、浅利隊隊長の浅利瑪瑙は、どこかに潜んでいるのであろう漏忍の存在を気にしながら、目の前の戦極二機と応戦する。隣にいるリンの水色のグレイブ改はと言えば、いつも通りヒット・アンド・アウェイをしつつ、瑪瑙の緑士の邪魔にならないように敵機の動きを封じている。
対して戦極の動きはというと、そもそもが接近戦専用装備に加えてサブマシンガンしか装備が無いため、距離を取られまいと隙あらば急接近して刀で斬りかかってくる。その刃はグレイブ改が装備している何の変哲もない普通の実体刃だ。当然、実体剣で受け止められる。
「アップル4・リン、後ろだ!」
『了解』
瑪瑙の怒号にも似た指示により、リンは戦極の刀を払いのけ、背後からの攻撃を寸でのところで躱した。しかし、すぐにリンの水色のグレイブ改の動きがおかしくなった。
急に動かなくなったのだ。
いや、違う。
駆動系に異常が見られるというよりも、何者かに掴まれて動きを封じられているように見える。
いるけど見えない敵。
「漏忍か。リン、その場を動くなよ!」
瑪瑙の指示通り、リンは水色のグレイブ改にもがく素振りを見せながらも決してその場から動かないようにした。
瑪瑙は味方に直撃しないように狙いを定めた。そして、緑士の左腕部背面に装備されているビーム刃兼サブマシンガンの銃口が火を噴いた。
直後、水色のグレイブ改が自由を取り戻す。漏忍の呪縛から解放されたのだ。そのまま振り返り様に実体剣を横薙ぎし、空いた手にマシンガンを握らせ、一息に発砲する。
乾いた銃声とビーム兵器特有の静かな集束音が草原エリアに広がった。
残念ながらどちらも手応えがなく、虚しく空を切るだけだったが、緑士は胸部に搭載された全部で四問の牽制用バルカンを一斉に放ち、さらに弾幕を広げる。そして――
「そこか!」
カンッ! と金属と金属がぶつかり合う音が何もない空間から聴こえた。
リンもその瞬間を見逃さなかったらしく、二機同時に何もない空間に発砲した。
途端に火花があちこちに飛び散り、機体ダメージのせいで光学迷彩を強制的に剝がされた漏忍が姿を現し、数秒もしないうちにハチの巣になった。
『第八機動部獅童隊 オーバー6 戦闘不能により撃破』
これで獅童隊は残り四機。戦極三機と戦極・頭。
戦極・頭の方は朝比ときよこに任せているから問題はない。このまま一息に戦極三機を撃破したいところだが、流石の手練れだけあって上手くいかない。と言うのもリンの方が対応できなくなってきたからだ。入隊してまだまだ日が浅い彼女にとって手練れを同時に二機相手取るには経験も技量も足りない。
瑪瑙は瑪瑙で獅童隊の副隊長である志島渚沙を相手に悪戦苦闘している。漏忍を撃破してすぐの奇襲に遅れを取ってしまったのだ。
加えて、渚沙は隊長の獅童阿修羅の右腕に当たる存在だ。操縦技術は阿修羅に一歩劣る程度だ。そう。一歩劣る。
「なぎちゃん、まだまだ甘いな!」
瑪瑙は一転して落ち着きを取り戻し、むしろ余裕を思わせる笑みを浮かべて緑士を駆る。
緑士は瑪瑙の操縦の下、渚沙の駆る戦極の一太刀を華麗に躱し、胴部に飛び蹴りを食らわせる。さらに距離を取られる前に戦極の右腕を掴み、無理矢理引き寄せて振りかぶった鋼鉄の拳を戦極の顔面に叩き込む。はずだったが、戦極の空いた左手で受け止められた。それでも攻撃の手は緩めない。すぐに止められた左拳を開き、戦極の左手を掴み、握り潰してから、また引き寄せて膝を胴部に打ち込む。
これを片腕の機構人でやってのけるのが第五機動部浅利隊の隊長・浅利瑪瑙だ。
ゴンッ! と轟音にも似た鈍い音が鳴った。
戦極はたまらず緑士の腕を振りほどき後退する。しかし、緑士は後退されたら後退した分、距離を詰め追撃する。
次の瞬間、戦況を重く見た別の戦極が緑士の背後から迫りくる。
『隊長、後ろ、ごめん』
リンからの通信が入った。
瑪瑙はすでにセンサーで確認していたため、リンに指示を出す。
「アップル4・リン、その場から離れろ」
瑪瑙は言い終えるや否や緑士に急制動を掛け、振り返り様に高速回転させる。
さらに緑士は全身の各部に搭載されたビーム発生器によって光刃を出力し、瞬く間にビームドリルへと変貌する。そのまま狙いを定め、向かってくる戦極に一気に突撃する。避ける選択肢を選ばせるよりも速く、戦極の右腕を吹き飛ばし、そのままリンの相手をしている戦極の頭部を薙ぎ払う。
『第八機動部獅童隊 オーバー3 戦闘不能、オーバー4 頭部破損により撃破』
撃墜判定が下りた。
これであと二機。
一瞬、リンの水色のグレイブ改の動きが鈍くなった。
「馬鹿、気を抜くな!」
瑪瑙の怒号が届いたのか、水色のグレイブ改は武器を構える。しかし、遅かった。
渚沙の戦極が刀を振りかぶって今にも投擲しようとしていた。
「まずい!」
戦極の位置取りがいい。緑士と水色のグレイブ改が直線状に並ぶ場所からの投擲。緑士なら避けられるだろうが、緑士が壁になり、避けた瞬間からしか刀が見えない。つまり避けるのは不可能だ。
瑪瑙はリンを守るため緑士を盾にすることを選んだ。
まさにその瞬間、
『真打登場ー!』
アップル5・南雲健の灰色のグレイブ改が各所から火花を飛び散らせ、異音を鳴らしながら超高速で戦極に体当たりをした。
『邪魔だ、どけ!』
渚沙の怒りを体現するかのように戦極は灰色のグレイブ改を文字通り一蹴する。そして、灰色のグレイブ改は機体各所から発火、爆発し、完全に行動不能になった。それを見届ける間もなく、渚沙の戦極は刀を投擲する。
戦極の投げた刀は、人間が野球などでボールを投げるというのを機構人レベルに、さらには接近戦専用のためパワーもある。そんなレベルのものだ。当然、避けるには相当の技術がいる。
瑪瑙はコックピットの中で刀の軌道に異変を感じた。
「リン!」
刀はまっすぐリンの水色のグレイブ改の頭部に深々と突き刺さった。
狙いは確実に瑪瑙の緑士だった。
「健のやつか」
戦極が投擲するまさにその瞬間、一番バランスが崩れやすい瞬間に体当たりをしたからだ。さらに灰色のグレイブ改を一蹴させるため、わざと自身もバランスを崩しやすい体勢で体当たりをしたのだ。しかし、そこまでしても瑪瑙の緑士しか守ることが出来なかった。
『第五機動部浅利隊 アップル5 戦闘不能、アップル4 頭部破損により撃破』
なんにせよ隊長機である瑪瑙の緑士が撃墜されずに済んだ。
あとは朝比ときよこが戦極・頭を倒すだけだ。
☆☆☆☆☆☆
瑪瑙と渚沙のいる草原エリアから離れた場所でも激しい戦闘が繰り広げられていた。
白式の右腕の肘から先が切り飛ばされた。止めと言わんばかりに最後の一太刀が白式の頭部を狙い振るわれる。
そこへ光刃を出力した切斬のビームブーメランが戦極・頭に目掛けて飛んでくる。
『食らうか!』
戦極・頭の外部マイクが起動している。どうやら獅童阿修羅は全力を振るうため大いに独り言をまき散らすことにしたのだろう。そして、切斬のビームブーメランは容易く一振りで弾いて、白式を残して切斬に突っ込んでいく。
戦極・頭は各部のスラスターを吹かして一気にトップスピードになる。機構人の移動手段はホバー移動が基本。そのため戦極・頭と切斬の距離は瞬く間に縮まる。
『これで王手だ!』
戦極・頭の二振りの回転刃刀が切斬に向けて振るわれる。
切斬に残された武器は機構人の身の丈ほどある野太刀とビームブーメランのみ。刀を振るう距離まで詰められては、その両方を扱えない。
「まだまだ!」
きよこも外部マイクを起動させ真っ向勝負に出る。
切斬が野太刀を抜刀しようとしたのだ。しかし、妙だ。普通、抜刀するなら柄を握れるように柄を前面に出すように展開するのだが、なぜだか鞘尻が右わきから突き出すように展開された。これではまるで高出力ビーム砲、もしくはそれに類似する高火力徹甲砲を撃とうとする姿勢だ。
「ここは私の距離だ!」
大砲にも似た重い発射音とともに野太刀の鞘尻がミサイルのように切り離され射出されたのだ。
当然、避けられるほど距離も無く、スピードが乗った状態では胴部に吸い込まれるように命中した。凄まじい轟音が草原エリアに響き、戦極・頭の身体がくの字に曲がった。それほどまでの威力だったということだ。そして、そのままの勢いで切斬が二本の小太刀を抜刀する。そう。切斬が装備していた野太刀は仕込み小太刀二刀だったのだ。長い鞘の鞘尻がロケットのように発射されることで柄が露になる仕組みで、その鞘尻の威力もスピードに乗った戦極・頭の身体がくの字に曲がるほどだ。
切斬が左手で右脇から抜刀した後、二刀小太刀の接続部が切り替わり、右手で右肩の上から突き出された小太刀を抜刀される。さらに切斬はバックパックそのものを切り離し、今までとは比にならないほどの機動力を得る。
瞬く間に二振りの小太刀を振るい、戦極・頭の左腕を斬り飛ばす。いや、寸でのところで阿修羅自身が切り離したのだ。
「自分で⁉ でも、だからって!」
きよこは驚愕を露にするが、すぐに立て直して追撃しようとするが、戦極・頭が自ら切り離した左腕を蹴り上げて盾代わりにする。しかし、そんな物で止められるきよこと切斬ではない。一瞬の内に左腕をバラバラにし、戦極・頭の頭部目掛けて刺突する。そこへ戦極・頭の後頭部に白式の飛び蹴りが炸裂する。そのせいで切斬の刺突は避けられてしまったがむしろそれで良かった。そうしなければメインカメラの死角から迫っていた戦極・頭の刀が確実に切斬を断頭していた。
切斬は左足のローラーブースターの出力を上げて、勢いよく上がった足を足刀とし、戦極・頭の右腕に蹴りを入れる。本当は頭部を蹴り上げるつもりだったのだが、それを察知して防がれた。次は右足のローラーブースターの出力を上げて、右足の足刀で戦極・頭の左脇腹に蹴りを入れる。たまらずバランスを崩す戦極・頭へ、跳躍とともに機体を空中で回転させて踵落としを食らわせようとするが、胴部の装甲を掠める程度にしかダメージを与えられなかった。
「しぶとい!」
しゃがみ込むように着地した切斬に向けて戦極・頭が蹴りを入れようとするが、二機の間に割って入るように白式が現れ、さながら金的蹴りのように見事に戦極・頭が白式の股関節部を蹴り上げる。瞬間、白式の両足がフワッと宙に浮いた。
この時アリーナのモニターを見ていた男子生徒の全員の顔が青冷めたのは言うまでもない。
『今!』
朝比もまた外部マイクを作動させてきよこに指示を出す。
切斬の左腕の小太刀が白式の左脇のすれすれを通って戦極・頭の右肩と胴部を繋ぐ関節部を貫き、右腕の小太刀が白式の頭部右側を紙一重で通って戦極・頭の頭部を穿った。
この瞬間、勝敗が決した。
『第八機動部獅童隊 オーバー1 頭部破損により撃破』
コックピット内できよこは安堵の息を漏らしながら、糸の切れた人形のように倒れ込む白式に目をやる。その股関節部は見事に凹んでいて、光の加減か、黄緑色のバイザーが泣いているように見える。
「大丈夫?」
『な、か』
「ん?」
『な、ん、とか……』
「よかった」
きよこは心底安心したような素振りを見せる自分に少し驚いていた。
『いやあ、やられた。まさか白式の間から攻撃してくるとは……流石だな』
突然、阿修羅から通信が入った。試合が終わったことで通信が出来るようになったからだ。
「ぶっつけ本番だったけどね」
『ぶっつけ⁉ それは勝てないは……』
阿修羅の高笑いが通信機を通して響き渡った。
これにて大演習大会第三試合終了。
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