第27話

 第三試合の様子はアリーナの大型ディスプレイによって観覧することが出来る。


 観客席では試合の状況が生中継されている画面と試合会場の全体図が映し出された画面の二種類が存在し、常にどこで誰がどのように行動しているか把握することが出来る。その中で第八機動部獅童隊の隠密機構人『漏忍』は光学迷彩を展開しているため、各機を示すアイコンの下に『INVISIBLEインビシブル』と出力されている。


 第五機動部浅利隊の動き、特に南雲健の動向を食い入るように見ていた女子生徒――北上きたがみ美琴みこととその隣に座る浅利隊の整備士――紺野こんの奈子なこは、まさに今、撃墜されそうになった白式の尋常ならざる挙動を見せて窮地を脱した姿に心底驚いていた。


「今の動き、普通じゃなかった」

「おおー、流石はうちのダークホースだね!」


 二人は自分の目を疑った。


 白式は確実に戦極・頭の二振りの回転刃刀によって胴部、あるいは頭部を斬られて撃墜判定を下される流れだった。しかし、白式は後方に半歩下がり、紙一重で避けたのと同時にバーニアを吹かせて跳躍し、回転しながら戦極・頭の背部に蹴りを入れたのだ。遠心力をのせている分、威力も上がり、戦極・頭は地面に仰向けに叩きつけられていた。


 だが、いつまでも地に伏している戦極・頭ではない。すぐに立ち上がり、左手の小太刀型回転刃刀を横薙ぎして白式の追撃を牽制する。そこへ切斬が跳躍して斬り掛かる。流石に機構人の総重量が乗った攻撃は、いくら戦極・頭でも二振りの回転刃刀を交差させて受け止めるしかない。


――動きが止まった。

――攻めるなら今しかない。


 会場中の誰もがそう思った。


 戦極・頭の両足が切斬の攻撃を受け止めたことで深々と地面に沈み込む。間髪入れずに、背後から白式がビームサーベルを突き出す。あと数センチいや数ミリのところで白式の動きが止まった。いや、止められた。


 ここでようやく会場中の全員が気付いた。


――誘い込まれた。

――やられる。


 戦極・頭は背部のメインバーニアの出力を最大にして吹かすことで埋まった足を引き抜き、足刀を用いて正確に白式の手首を蹴り上げる。その衝撃でロックが外れたのか、ビームサーベルは光刃を消して飛ばされてしまった。ちなみに切斬にはバーニアを吹かした勢いを利用して押し勝ち、回転刃刀と小太刀型回転刃刀で殴打して動きを止めた。


 白式は武器を失い、止む無く後退しようとしたが、戦極・頭の猛威に振るわれる。


☆☆☆☆☆☆


「止めは頭部への一撃。この瞬間に確実に白式を落とす」


 戦極・頭のパイロット――阿修羅は、切斬には目も暮れず白式に狙いを定める。


 次の瞬間、またしてもメインモニターから白式の姿が消えた。


「また後ろか! それとも――」


 言いかけたところで真上から現れた機影に、咄嗟の判断でその場から離れるように機体を操作する。戦極・頭がその場から離れたと同時にビームサーベルを深々と地面に突き刺した白式が姿を現す。


 阿修羅は驚愕した。


 白式が持っているビームサーベルの柄が先ほどまで持っていたものと違う。


「いったい何本持ってんだ、コイツ!」


 それに加えて動きが明らかに変わった。


 鋭さ、流れ、激しさ、どれも別人と戦っているような気分だ。


 阿修羅はモニターの端で切斬が立ち上がったのを確認し、げんなりする。チャンスを棒に振ってしまったような気がして気が気でない。いや、これは完全に棒に振った結果だ。このまま白式の常人離れの動きが続けば不利になるのは明白だ。


 切斬が再び攻撃を仕掛けに来る。残りの装備は背部にマウントされた大太刀と両肩のビームブーメランと今手に持ったクナイが二本。それと左腕のビームシールド発生装置。近接武器に特化しているのは戦極・頭も同じ。加えて、武器の扱いなら阿修羅の方が上だ。その証拠に構えた二本のクナイもあっという間に砕いた。


 切斬はもう制圧したも同然だ。


 問題は白式の方だ。新たなビームサーベルを構えては攻撃してこない。ただ防ぐだけ。それもこちらが攻撃した瞬間に止められる。あるいは捌かれる。


「攻撃した直後に、か。コイツどんな反応速度してんだ」


 阿修羅が舌打ちしたと同時に再び切斬が動き出す。


☆☆☆☆☆☆


 朝比が急に無口になった。


 切斬のパイロット――きよこは白式の挙動と朝比の変化を気に掛けながら切斬の装備を確認する。残るはビームブーメランと大太刀しかない。今いる地点から落ちている刀までの距離は少しある。取りに向かっている間に追いつかれて撃墜されてしまう。


「仕方ない」

『花上さん、奥の手使お。そろそろ限界かも』

「は? んー分かった」


 それじゃ、と言ってきよこは機体を急転させて落ちた刀を拾いにローラーブースターの出力を最大にする。


 ローラーブースターは機構人の移動手段であるホバー移動をさらに強力にするものだ。その加速力は通常の五倍。機構人がビルの壁を優に滑走できるほどだ。それを地面で出力を最大にすれば圧倒的な加速の下、すぐに落ちている刀に手が届く。


 しかし、きよこの行動を先読みしていた阿修羅の駆る戦極・頭はメインバーニアや補助スラスターなど、あらゆる手段を用いて後を追ってくる。だが、追いつける訳が――、


「嘘っ! バケモンか!」


 きよこが動揺するのも無理はない。


 センサーに映る戦極・頭のアイコンがありえない加速をして追いついてきている。このままでは追いつかれてしまう。


『気にせず行って』


 朝比の冷たい声が通信機から出力された。

 言われなくても元からそのつもりだ。


 きよこのねらいを朝比が理解しているなら、任せても大丈夫だ。彼はいつまでも足を引っ張る生やさしい新米パイロットではない。


☆☆☆☆☆☆


 きよこのねらい通りにするには上手く立ち回らないといけない。


 朝比は透き通るような脳裏に戦極・頭の動きをインプットさせる。


 今の装備では相打ち覚悟でも撃墜されてしまうのが関の山だ。いや、発作状態なら勝てるかもしれない。朝比の目には世界がスローに見えている。戦極・頭の動きももちろんだ。それでも勝算は限りなく無いに等しい。


 意を決した朝比は切斬と戦極・頭の間に白式を割って入らせる。


 全天周囲モニターに映る戦極・頭はまさに猪突猛進という言葉がよく似合う。真正面から斬りかかるつもりだ。すでに小回りが利かないほどに加速している。この速度では白式が足止めをしなければ確実に追いついてしまう。


 戦極・頭の一太刀を白式は受け止める。本来、片腕しかない白式が攻撃を受ける訳がない。発作状態の朝比ならなおさらだ。紙一重で避けてカウンターを狙うのがセオリーだが、相手の挙動が朝比の予想のさらに上をいくため、カウンターのカウンター、あるいは避けられてきよこの駆る切斬が撃墜されてしまうかもしれない。だから受け止めるしかないのだ。


 流石の白式も超加速した戦極・頭の攻撃を受け止めた衝撃で至る所から異音が鳴り響き、同時に駆動系から火花が飛び散る。むしろそれだけで済んでいるのがおかしい。片腕で受け止めたことを称賛されるべきだ。


 一秒でも長く戦極・頭の動きを止める。

 押し負けてもいい。

 腕を飛ばされてもいい。

 今できる最大限のことをする。


 それが第五機動部浅利隊の勝利に繋がるのなら、喜んで盾になる。


 戦極・頭との鍔迫り合いも長くは続かない。光刃と刀がぶつかった瞬間から重心をずらす動きをしている。いつ捌かれ、一刀両断されるか分からない。その前に一つでも多くの戦力を削ぐ。


 刀が武器。


 接近戦専用装備しか積んでいないのであれば、それを操作する手を潰す。


 撃墜を狙うのではなく、武器破壊を狙う。


 白式は鍔迫り合いを自ら止め、ビームサーベルの光刃を消して戦極・頭の背後に回り込み、残った腕で戦極・頭の顔面を殴りつける。殴られると思っていなかったのか、とても綺麗に決まったその一撃は、次の攻撃に転じるための布石となる。


「まず一つ」


 白式は頭部の牽制用バルカンを左手のみに集中砲火する。一発一発はかすり傷程度で済むが、一転に集中すれば機構人の手を破壊することなど造作もない。数秒もしないうちに戦極・頭の左手がひしゃげて爆散する。先ほどまで防戦一方に加えて、ビームサーベルで接近戦を行っていたおかげで拳も牽制用バルカンもすべて当たる。


 このまま畳みかける。


『調子に乗んなよ』


 外部マイクから阿修羅の声が聞こえたと思ったときには、すでに白式の右腕の肘から先が宙を舞っていた。

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