第26話

 南雲健は二機目の漏忍がいるであろう場所にミサイルを大量に打ち込んだ。あと二機だけと考えてエナジーを大量に使った攻撃を仕掛けた。結果としては漏忍の光学迷彩を解除させられることができたが、思った以上にエナジーが減ってしまい驚いてしまう。


「やべ、やっぱり温存しておけば良かった」


 健はげんなりしながらモニター越し迫りくる漏忍に目を向ける。やはり、と言うか直接戦おうとせず、撤退しようとする姿勢が見られる。漏忍は元々隠密機構人、索敵を主に行い、戦況を味方機に伝える役目を担っている。戦わないという選択肢があるのは当然だ。しかし、そうであっても全く応戦する気がないのはおかしい。


「罠か?」


 灰色のグレイブ改は腰部背面にマウントされたマシンガンを構えてホバリングしながら前進する。マシンガンの射程範囲内に漏忍が入るとトリガーを迷いなく引き、火を噴く。移動しながらの射撃でも健は高い命中率を誇っている。それでも漏忍はアクロバティックな動きで弾丸の間を縫うようにして避けている。


 まるで朝比と戦っているみたいだ。最も彼の場合はビームサーベルで弾丸の弾頭を溶断して弾道を逸らしているだけなのだが、稀に漏忍のように、いや、漏忍よりも速く、超高速で弾丸の間を縫うようにして避けることがある。


「いくら動きが良くたって、逃げ場を限定すりゃあよー!」


 グレイブ改はマシンガンを左手に構え、空いた右手で刀型の実体剣を引き抜く。そのまま弾丸を放ち牽制しつつ、背部のメインバーニアを吹かして一気に加速し、漏忍を自らが得意とする近接戦闘区域に誘う。


「騎士対忍者の一騎打ちとしゃれこもうぜ!」


 健は獣のように吠えながら剣を振るう。


 漏忍は肉薄する刃を寸でのところで忍者刀を抜刀して受け止める。パワーならグレイブ改の方が上だ。しかし、それを知らない漏忍ではない。グレイブ改の剣を受け止めたと思いきや、すぐに衝撃を受け流し、忍者刀を逆手持ちに変えてグレイブ改の分厚い装甲を切りつける。


 グレイブ改は金属と金属がぶつかり合う甲高い音を立てながら火花を散らして後退る。それでも攻撃の手を緩める気のないグレイブ改は、不安定な姿勢のままマシンガンを構えて弾幕を張る。


 漏忍は後方に跳躍しつつ、腰部にマウントされた三本のクナイを投擲する。それらは正確にグレイブ改のマシンガンに突き刺さり、次の瞬間、クナイの内部に仕込まれた炸裂機能が作動し、マシンガンを道連れに爆発する。


 寸でのところでグレイブ改はマシンガンを手放していたため腕を失うことはなかったが、これで遠距離武装は無くなった。この期を逃す手はない。


 グレイブ改はすぐさま空いた左手を実体剣で武装する。


 健はメインモニターに肉薄する漏忍に悪態を着きながらもあぶみを全力で踏みしめる。


 グレイブ改は健の指示の下、フルパワーで真上に跳躍する。その挙動により、グレイブ改の膝が漏忍の顎を打ち上げる。


 露わになる漏忍の首。


「もらったー!」


 グレイブ改は実体剣を勢いよく横薙ぎする。


 直後、金属と金属がこすれる嫌な音が響いた。


 グレイブ改のコックピット内に危険を示す警報が鳴り響く。


 漏忍の首を斬り飛ばすはずのグレイブ改の右腕の前腕に何かが突き刺さったのだ。漏忍が手にしていた忍者刀だ。完全に駆動系を壊された。操縦桿を動かしても全く反応がない。


「それでも……っ!」


 だからなんだと言うのだ。


 グレイブ改は動かなくなった右腕を切り離し、右腕ごと、いや、その影に隠れるように左手の実体剣を振るい漏忍の首を斬り飛ばす。


『第八機動部獅童隊 オーバー6 頭部破損により撃破』


 健は撃墜判定が下されたことで安堵の息を漏らす。


「三機目はどこだ」


 健が機体を動かそうとした時、機体の各所からスパークと同時に火花が飛び散る。火花が止んだかと思えば糸の切れた人形のようにその場に倒れてしまう。


「っ痛! おいおいマジかよ……」


 グレイブ改は急激なパワーダウンに加えて漏忍によって受けたダメージが重なり、動けなくなってしまう。撃墜判定が下されていないことが唯一の救いだ。


「大破扱いってことか。このまま姿を隠すのもありだけど、どうしたものか」


 健は機体が仰向けになっているため、シートベルトのおかげでメインモニターに頭をぶつけずに済んでいるが、吊るされているためとてつもなく苦しい思いをしている。


「どう足搔いても動けないんじゃ意味がないよな」


 健はシート脇に備えられたキーボードを引き出し、手慣れた手つきで指を走らせる。浅利隊の整備士である南雲麻衣からキーボードの操作方法をある程度教えてもらっていたため応急処置なら時間は掛かるが出来る。


 まだ健の戦いは終わっていない。


☆☆☆☆☆☆


 獅童阿修羅はコックピット内で鼻歌を奏でながらメインモニターに肉薄する切斬に対して微笑む。目の前で抗う二機の機構人はまさに死にもの狂いで食らいついてくる。学生同士だからか相手にしていて気持ちが高揚してくる。それにシミュレーターで特訓してきたのだろう。こちらの動きをほぼ完璧に読んでいる。


 一筋縄ではいかないようだ。


 最も今までの太刀筋を用いての話だが。


「まずは確実に一機ずつ墜としていこうか」


 阿修羅は言って手負いの白式ではなく、先程から攻撃を繰り出している切斬に的を絞る。どうやら切斬が攻めて白式が守るという戦法らしい。あり得ない話だが、切斬は先程から戦極・頭の攻撃に対して全く避けようとしていない。逆に白式は戦極・頭の攻撃に対して敏感に反応し、切斬との間に割って入るようにHVSを起動させた刀で攻撃を器用に捌いている。そこからのカウンターも無ければ攻撃してくる素振りも見せない。


 ある意味攻防一体と言える戦法だろう。


 だからこそ、攻撃を担っている切斬から撃墜すれば二機との勝敗は決する。


 意を決した阿修羅は雄叫びを上げながら切斬に突っ込んでいく。と見せかけて切斬に切り掛かるぎりぎりのところで進路を白式へと変える。


「やっぱり防がれるのは面倒だ」


 戦極・頭は左右の回転刃刀を縦横無尽に振るい、白式を確実に撃墜しに掛かる。一つ一つの軌跡が確実に四肢を頭部を狙っているにも関わらず、白式は掠り傷一つ負うことがない。


 片腕で且つ防戦一方でありながら白式は諦めていないのだ。


 戦極・頭は切斬が背後から斬り掛かってくるよりも早く、先に回転刃刀を横薙ぎし、切斬を後退させる。その間も反対の回転刃刀は白式を仕留めるため、風鳴りを響かせながら空気を切り裂き、白式のHVSを弾いていく。


 流石にシミュレーターをやり込んでいるだけあって一向に損傷を与えることが出来ない。最初の奇襲で撃墜出来なかったことが悔しい限りだ。それでも倒せない相手ではない。鉄壁の防御を誇っているなら、その壁を削り、砕き、破壊すればいいだけの話だ。そしてそれが出来ない阿修羅と戦極・頭ではない。


 戦極・頭は白式に深く切り込み鍔迫り合いに持ち込む。右の回転刃刀で抑え込み、左の回転刃刀を右の回転刃刀の刀身に叩き付ける。片腕の白式には到底抑えることが出来ず、先にHVSの刀身にいくつもの罅が入る。さらに刀身の中の配線がショートしたのか刀身が中間から爆散する。


 白式は後退しながら折れたHVSを投擲し、すぐさま腰部背面のビームサーベルを引き抜き、出力させる。


 当然の如く戦極・頭は投擲されたHVSを弾き、一息に白式との距離を詰める。そこで危険を示すアラームがコックピット内に響き渡り、振り返り様に視界の端で切斬が投擲したHVSの切っ先を捉える。すぐさまその場から横っ飛びするように避けたが、攻撃はまだ終わっていない。


 白式は切斬が投擲した刀をビームサーベルを用いて戦極・頭が避けた方向へ弾き飛ばす。


 戦極・頭は呆気に取られ反応が遅れてしまい、左の回転刃刀で弾いて防御するも左手のロックが外れて落としてしまう。


「やるな、けど……それだけじゃな!」


 阿修羅は戦極・頭の出力をさらに上げ、柄のみになった小太刀を抜刀と同時に白式に投擲し、さらに二本目の回転刃を起動させた小太刀を抜刀する。白式には投擲した柄だけになってしまった小太刀をビームサーベルで両断されたが、その軌跡に隠れるように一息に懐まで潜り込む。


「取った!」


 右の回転刃刀、左の小太刀型回転刃刀、その二振りが白式の胴部、頭部を確実に捉える。


 誰もがそう思ったまさにその時、白式がありえない挙動を見せ、メインモニターからその姿を消した。


 次の瞬間、轟音と共にコックピット内に激しい衝撃が走った。


 阿修羅が気付いた時には戦極・頭は背後から蹴りを入れられていた。

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