第25話
「もうやられたのか。流石浅利隊だな」
『関心してる場合じゃありません。どう動きますか?』
「どうって言われてもなあ」
獅童阿修羅はコックピット内で手に顎を当てながら考える。森林エリアで漏忍を倒した機構人は恐らくそこにはもういないだろう。編隊を組みながら前進するのもいいが、狙い撃ちされるかもしれない。せめて浅利隊の位置情報があれば、安心して動けるのだが、それはまだ叶いそうにない。
「仕方ない。オーバー3、オーバー4は漏忍の周囲五百メートルまで近づいて。そこまでならぎりぎり漏忍の場所が分からないはず。分かってると思うけど『緑士』を相手にする時はくれぐれもトルネードアタックを迎え撃つなんて考えるなよ」
『『御意!』』
二機の戦極は阿修羅の指示の下、漏忍の援護に向かった。
残された戦極・頭と戦極、そして光学迷彩を展開した漏忍は三機編成で二機の戦極とは逆方向から前進した。
『阿修羅、援護に向かわせて良かったのか?』
「うん。これで索敵範囲も広がったし、あの二人なら二機のグレイブ改を撃墜してくれるはず。白式と切斬は僕がやる。だから、ちょっと急ぐよ!」
阿修羅はそう言うと戦極・頭のスラスターとメインバーニアをフルスロットルで吹かす。ジュエルによって特殊な重力場を発生させているため、超高速でホバリングしながら突っ込んでいく。
丁度その時、索敵していた漏忍から通信が入った。
『オーバー1 浅利隊は草原エリアを直進しています』
「了解。すぐに向かう。オーバー3、4がそっちに向かってるから状況報告した後、そこから移動して。多分、位置がバレてると思うから」
『え、マジですか! 御意!』
漏忍から一方的に通信が切られた。余程焦っていたのだろう、どこか面白さを感じる。
阿修羅はスピードに乗った戦極・頭を跳躍させ、さらに加速させる。その後方から戦極と漏忍が必死に追い掛けているが、それには目も暮れず、さらにさらに戦極・頭を加速させる。
「お! あれかな?」
モニターが機影を捉えたのかターゲットマーカーが現れる。
浅利隊が気付く前にせめて一機だけでも撃墜する。倒すのは、そう、可変機構を備えた白い機構人だ。もしも空中戦に持ち込まれでもしたら面倒だ。
戦極・頭は激しい土煙を上げながら抜刀し、ロケットのように浅利隊に向かって突っ込んでいく。
「あ、バレたかも……」
阿修羅の言う通り、浅利隊は各々の武器を構える。しかし、そんなことはもう関係ない。戦極・頭はすでに超高速の域に達している。急制動を掛ける余裕もない。減速しようにもいい的になってしまう。つまり、戦極・頭はこのまま白式に突っ込んで機体を輪切りにする以外に選択肢はない。
阿修羅は雄叫びを上げながら白式目掛けて体当たりする。
次の瞬間、予想外の展開が起きた。
戦極・頭が白式に直撃する寸前に緑士が白式を押しのけたことで回避されてしまった。それでも完全に回避された訳ではない。白式の左腕を捥ぎ取り、緑士には右腕の肘から先を失う損傷を与えることが出来た。戦極・頭は何度も転げてバウンドしてようやく止まる頃にはパイロットの阿修羅は目を回していた。
「やるな。確実に取ったと思ったのに」
戦極・頭が立ち上がろうとした時、全身が黒い何かに覆われた。それが影だと分かるころにはすでにそこには戦極・頭の姿はなかった。戦極・頭が先程までいた場所には切斬が日本刀型の実体剣を深々と地面に突き刺していた。
阿修羅は安堵の息を漏らす暇もなく、操縦を急かされる。
切斬の右腕部にマウントされた三本のクナイが射出されたのだ。すでに構えていた二振りの刀は先程の激突で失ってしまっているため、すぐさま立ち上がり、二本はバック転をしながら躱し、残りの一本は蹴り返す。
「切斬か。このまま四機を相手にするのもいいけど、志島に怒られそうだからやめとこ」
阿修羅はそう言いつつも戦極・頭を自分の手足のように操る。
戦極・頭は背後からマシンガンを乱射する水色のグレイブ改の襲撃を器用に躱しながら一蹴する。そこへ動けるようになった白式がビームサーベルを出力させて切り掛かってくるが、両腕の前腕部に装備された盾兼実体刃を展開し受け止める。片腕だからか、パワーは戦極・頭の方が勝っているため余裕で弾き返すことができた。
このまま白式の頭部を切断しようとしたが、緑士のトルネードアタックが肉薄する。寸での所で阿修羅の超絶的な反射神経の下、戦極・頭は側転をして躱すことができた。しかし、隙ができてしまったところへ、切斬が長巻の大出力ビームサーベルを横薙ぎする。
戦極・頭は左手で左腰に差された小太刀を逆手持ちで引き抜いて受け止める。小太刀のチェーンソー状の刃が赤く輝き、『回転刃刀』が起動したことが分かる。さらに右前腕部に装備された盾兼実体刃を殴る要領で切斬の頭部に目掛けて突き出す。
しかし、その攻撃は白式が蹴り上げたことで回避されてしまった。露わになる戦極・頭の胸部に切斬の左手に握られたナイフが急接近する。
「いつの間に⁉」
阿修羅は驚きながらも冷静に機体を操縦し、難を逃れる。
距離を取りたいところだが、水色のグレイブ改が少し離れたところでマシンガンを構えているため下手に下がることができない。
「良い位置取りだな、けど……僕には関係ない!」
戦極・頭は背負った薙刀を構え、大きく横薙ぎして切斬と白式そして緑士を牽制してから水色のグレイブ改に目掛けて投擲する。
しかし、この行動を読まれていたのか、水色のグレイブ改は実体剣をまるで野球のバッターのように構えへて大きく実体剣を振るい打ち返す、いや、弾き返す。
☆☆☆☆☆☆
東雲朝比は戦極・頭の圧倒的な戦闘力に数で有利を示しているはずなのに、上手く躱されているという事実に驚愕を露わにする。困惑する脳裏にアオノリンの綺麗な声が響いた。
『チャー、シュー、めん!』
リンが薙刀を弾き返すために用いたタイミングを図るための言葉だ。
共通チャンネルを常に繋げているため朝比以外の浅利隊のメンバーにも聞こえている。
『なんだ、チャーシュー麵? そっちに何かあったのか?』
単独行動をしている南雲健から通信が入る。
「戦極・頭から奇襲を受けた」
『分かった。俺もそっちに行く!』
「駄目だ。戦極・頭は僕と花上さんで倒す。健くんは漏忍を!」
『あとで泣きついてくんなよ!』
健からの通信が切れるのと同時に緑士と水色のグレイブ改は、その場から離れて接近してくる戦極三機を相手取る。
朝比は作戦を実行するため片腕だけになってしまった白式と共に咆哮する。
切斬はナイフを投擲すると見せかけて、長巻の大出力ビームサーベルの刺突攻撃を繰り出す。
戦極・頭は長巻の大出力ビームサーベルの切っ先を紙一重で躱しながら、小太刀を切り上げ、長巻の出力口を綺麗に切断する。
『嘘っ!』
きよこがあまりの人並み外れた芸当に驚愕する。
白式は背部にマウントされた刀を引き抜く。抜刀後に刀身が紫色に発光し、HVSが起動したことを知らせる。強大な切断能力が付与された刀を突き出し、戦極・頭の小太刀と鍔迫り合いに持ち込む。チェーンソー状の刃と超振動している刃がぶつかり激しく火花を散らす。
片腕のせいで上手く立ち回れない。いや、違う。戦極・頭がそうさせないのだ。
『爆竹って知ってる?』
突然の通信に朝比はきょどってしまう。それでも白式の動きに変化が無いのは日頃の訓練の賜物だろう。
「小さい爆弾ですよね。人を驚かせるやつ」
『それがもし機構人サイズで使われたらどうなると思う?』
「え?」
『答えは……』
朝比は危険と判断し、戦極・頭から距離を取る。
しかし、何も起こらなかった。
朝比が全天周囲モニターに映る戦極・頭に訝し気な視線を送っていると切斬が体勢を整え、地面に深々と突き刺さっていた刀を引き抜く。
『あ、いや……あの……』
戦極・頭の外部マイクから音声が出力される。
『凄まじくうるさいだろうなって、ただ、それだけ。この甲冑はただの増設された盾だから』
阿修羅が申し訳なさそうに言い終えるのとほぼ同時に切斬がローラーブースターを用いて切り掛かる。
切斬はジュエルによって機体をホバリングさせるのに加えて、ローラーブースターという加速機によって一瞬で戦極・頭との距離を詰める。互いに接近戦専用機なだけあり、切り合いながらお互いの太刀筋、足刀のタイミングなどを把握していく。しかし、それらは全てブラフであり、結局のところシミュレーションを重ねてきた切斬の鋭い軌跡が見事、小太刀を捉えた。
甲高い音を立てて小太刀の刀身が根本から宙を舞った。
「お見事」
『まだ、あと三本ある。両腕の実体刃を合わせれば五本。それに機構人の武器の実態化機能を使えば残りの数なんて関係ないわよ』
「だよね。そっちの刀、回転刃刀と打ち合ったせいで刃こぼれ凄いんじゃないの?」
『まあまあね。奈子先輩がぎりぎりまで強化してくれたから、HVSとまではいかないけど、高周波振動で切断能力を上げてるから大丈夫よ』
そうだったんだ、と朝比は言いたげな表情を浮かべる。
目の前の戦極・頭は折れた小太刀を申し訳なさそうに鞘に納めると、足元に落ちていた二本の打刀を左右に構える。次の瞬間、チェーンソー状の刃が赤く輝き、回転刃刀の起動を示す。すると戦極・頭の全身のスラスターに火が灯る。
第二ラウンド開始の合図はどこかで起きた大爆発と二機目の漏忍が撃墜判定だった。
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