第24話

 第三試合開始まで五分。

 試合会場にはすでに機構人が戦闘態勢で展開されている。


 第五機動部浅利隊は白い機構人――白式と近接戦闘用の武装を装備したトリコロールカラーの機構人――切斬を中心に囲うように陣形を組んでいる。


 第八機動部獅童隊は先陣を切るように隠密行動専用機構人――漏忍を前方に二機、中間に侍のような見た目をした近接戦闘機構人――戦極が二機、後方に隊長機である戦極・頭と戦極と漏忍が構えている。


 試合の様子はアリーナの大型ディスプレイによって観覧することが出来る。


「もう少し早く来たかったなァ。そしたら健くんと一緒に戦えたのに。お預けは趣味じゃないンだよねェ」


 そう言いながら女子生徒はサラサラした黒髪を風になびかせながら大型ディスプレイに目を向ける。そこに映し出された灰色のグレイブ改を、いや、パイロットの南雲健に熱い視線を送る。決して彼に届くことのない思いを胸に試合の結末を予想する。勝つのは十中八九第五機動部浅利隊。


 専用機二機による隊長機への奇襲失敗から始まる。副隊長機と漏忍に対して白式が応戦。切斬と戦極・頭による一騎打ちの末の勝利。この結果に至るまでに緑の鳥人型の機構人と水色のグレイブ改と灰色のグレイブ改が他の機体を押さえ込むことに成功。しかし、二機のグレイブ改は大破。なお、灰色のグレイブ改に至っては自殺行為による損傷。


「予想はまあこんな感じかな。さてさて健くんはどれだけの無茶を繰り広げてくれるかな」


 女子生徒が呟くと試合開始のブザーがアリーナに響き渡った。


 第五機動部浅利隊は陣形を維持しつつ前進する。


 第八機動部獅童隊は前方に構えていた二機の漏忍が光学迷彩を展開し、迅速に索敵を開始する。アリーナのディスプレイには二種類あり、一つは生中継で様子を映し出しており、もう一つは試合会場の地図が映されていて、各機体のデフォルメされたアイコンが動きに合わせて移動している。光学迷彩を展開した漏忍にはアイコンの下に『INVISIBLEインビシブル』と出力されている。


 二機の漏忍は大きく左右に展開し、一機は近くの林に忍び込み、木々の間を高速で縫うようにして移動する。もう一機は動力源『ジュエル』から発せられる特殊な重力場を利用して大地をホバリングで高速移動している。


 陸地用の試合会場は草原エリア、森林エリア、市街地エリアを綺麗に三等分する形で広がっている。そのため、どのエリアで敵機と遭遇しても対応できるように水のような柔軟性が必要になる。


「健くんならトラップを仕掛けるだろうけど今回の布陣からして、相手に撃たせてから攻める気なのかな。それとも……言ってる傍から動き出した」


 浅利隊から南雲健が駆る灰色のグレイブ改が一団から離れ、まっすぐ森林エリアへ向かっていく。それもかなりの速さで。団体から離れるということは敵に包囲されて叩き潰される危険性を伴う。それでも灰色のグレイブ改は機械仕掛けの忍者が待つ森へ突き進んでいく。


 女子生徒は「やっぱりね」と言いたげな表情を浮かべながら他の機体の動きに目をやる。


 丁度その時に背後から声を掛けられた。


 振り返るとそこには緑色の髪を肩まで伸ばした女子生徒が立っていた。


「北上美琴さんだよね?」

「そうですけど、もしかして紺野奈子さんですか? 初めまして」


 奈子と美琴はお互いに一礼をする。


 奈子は美琴の隣に座ると、あるファイルを手渡す。


「アナタの機構人なかなかの性能だね」

「ありがとうございます。と言ってもあの機体は「博士」が作った物だから当然だと思いますよ」

「流石は師匠って感じ。これで浅利隊に専用機が四機か。戦力的なバランスが取れなくなるって言われそうだけど、まあ、その辺はどうにかしてくれそうだからいっか」

「早く健くんたちと一緒に戦いたいな」

「たち、じゃなくて、健くんとでしょ?」


 美琴は照れくさそうに笑いながら再び動き出した戦況に目をやる。


☆☆☆☆☆☆


 灰色のグレイブ改は森林エリアに入った途端、異変に気付き両腰の実体剣を抜刀する。実体剣は機構人の装甲と同じ素材で出来ているため、相手がチェーンソー状の刃を持った剣や刀身を超高周波振動により切断能力を強化したHVSでもなければ折られることはない。


 南雲健はモニター越しに映る不規則な木々の動きを見逃さない。


 いくら光学迷彩を展開しているといっても透過する訳ではない。そこには必ず実体があり、木や草に当たれば自ずとその位置を知ることが出来る。


「地球でのデビュー戦はセンサーもモニターも使えない上に、コックピットハッチも無かったからな。それに比べればかくれんぼと同じだな」


 健が深呼吸しようとした瞬間、視界の端で小枝が弾けるのを見逃さなかった。


「そこだ!」


 灰色のグレイブ改は木々が生い茂る中を駆け抜け、おそらくそこにいるであろう漏忍に向かって二振りの実体剣を振り下ろす。


 しかし、軌跡は虚しく空を切るだけだった。振り返り様に実体剣を振るい、辺りを切り刻むが、やはり機構人を切った手応えがない。


「逃がしたか?」


 次の瞬間、センサーが不穏な熱量を探知した。


「後ろか!」


 すぐさまグレイブ改を反転させるが、そこには自然が広がっているだけで機構人の姿はどこにも見られない。センサーを見るが確かに熱源が近づいている。


 意を決した健はグレイブ改の背面にミサイルポットを実体化させる。元々装備されていない武装を展開するには多量のエナジーを消費してしまう。今回の作戦は東雲朝比と花上きよこが獅童阿修羅を倒すために他の機体を引き付けなければならない。つまり、エナジーを多量に消費するのは避けたいところだ。それでも漏忍一機を落とすためなら仕方ない。


 そこであることに気付いた。


 場所さえ分かれば良いのだ。場所が分かれば後は切るだけだ。


「漏忍は三機いたよな」


 今回は本当に撃墜判定ぎりぎりまで追い込まれる、いや、自分から追い込んでしまうかもしれない。


「やるか!」


 健はミサイルポットではなく、五機のミサイルそのものを実体化させ一機ずつ投擲する。それらはグレイブ改から五十メートル離れたところで爆発する。瞬く間に辺りが煙で包まれ、輝く粒子状の物が舞い上がる。途端にグレイブ改のレーダーが異常な数の熱源を探知し狂ってしまう。


 チャフを盛り込んだ煙幕を散布したのだ。

 これならお互いに姿が見えず、レーダーも機能しない。


 しかし、光学迷彩を展開している漏忍が煙の中にいればその形に煙が揺らぐはず。


 健はグレイブ改のモニターに漏忍の形を識別できるようにプログラムすると、微妙な煙の揺らぎを見逃さないように自身の目を凝らす。


 そして、すぐにモニターが漏忍の姿を捉えた。


「今度は逃がさない!」


 グレイブ改は漏忍に向かって疾走する。

 漏忍は自身の場所が特定されたことに気付き、光学迷彩を解除する。


 健は機械仕掛けの忍者の登場に目を光らせながら、グレイブ改の実体剣を振るう。


 しかし、漏忍の圧倒的な機動力によって軽々と避けられてしまった。続け様に剣を縦横無尽に何度も振るうが、やはり、それらは全て躱され、挙句の果てにはチェーンソー状の刃を持った忍者刀によって胸部装甲を切りつけられてしまった。


 グレイブ改は距離を取り過ぎると、また光学迷彩を展開されてしまうため、食らいつくように剣を振るう。パワーではグレイブ改が勝っているが、機動力の差で攻撃が当たらない。


 漏忍は木々の間を縦横無尽に跳び回りながらクナイを何本も投擲する。グレイブ改の装甲は増設、強化されていることもあり、火花を飛び散らせながら弾くだけだが、手傷くらいは負わせることが出来る。


 健は目では追いきれない忍者の動きに舌打ちをしてしまう。しかし、勝機はまだある。


「そろそろか……」


 健は不敵な笑みを浮かべながらグレイブ改を駆る。


 グレイブ改は健の操縦の下、脚部のスラスターと背部のメインバーニアを吹かせて一瞬の加速によって機動力の差を埋める。


 漏忍は計算外の加速を見せたグレイブ改が肉薄したことで後退ってしまう。


 グレイブ改は勢いそのままに飛び蹴りを食らわせる。


 漏忍はその装甲の薄さから他の機構人に比べてとても軽いため吹っ飛ばされてしまう。背中から強打する形で地面に接着した途端、辺り一面が黒焦げになってしまうほどの爆発を起こす。灰色の煙を立ち上らせながら、大破した漏忍が立ち上がろうとする。そこへグレイブ改が止めの一撃として首を切り飛ばす。


『第八機動部獅童隊 オーバー5 頭部破損により撃破』


 健は撃墜判定が下されたことで安堵の息を漏らす。


「地雷原を作ってて良かった」


 そう。健は煙幕を展開すると同時に対機構人用の地雷を三つ放るように設置していたのだ。機動力の差で攻撃が当たらないことは分かっていたため、意表を突いて地雷原に誘い込むつもりでいたのだ。


「ここまで上手くいくとは思わなかった」

『よくやったぞ、アップル5。二機目の漏忍はおそらくここだ』


 隊長の浅利瑪瑙から通信と漏忍が潜んでいると思われる場所がマーキングされた地図が送られてきた。


 健は地雷が全て爆発していることを確認してから二機目の漏忍を撃墜するため、グレイブ改をすぐさま移動させる。

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