第23話

 第三試合開始まで一時間。


 第五機動部浅利隊はブリーフィングルームで最後のミーティングを行っていた。


 作戦の要は第八機動部獅童隊の隊長機である戦極・頭を白式と切斬の二機で戦える環境を作り出すことだ。つまり、残りの三機で他の機体を相手にしなければならない。加えて機体の数は獅童隊の方が多い。


「今更ながら無茶な作戦を立てたな」


 第五機動部浅利隊の隊長・浅利瑪瑙が高笑いをする。


「グレイブ改と戦極なら応用力が利くこっちの方が有利だし、漏忍は攻撃する際には熱源反応が出るから大丈夫だよ」


 整備長である紺野奈子の言葉に後ろに立つ南雲麻衣が何度も首を縦に振る。


「それはそうなんだが、今回はちと厄介なことになりそうだな」

「どうしたの?」

「昨日阿修羅から連絡が来たんだ。今回は変化をつけて戦ってみるから終わったら感想を聞かせて欲しいって」

「変化、か……もしかして……」


 奈子が顎に手を当てる。


「何かあるのか?」

「あるにはあるけど……言うほどことじゃないよ。刀じゃなくて薙刀を持ち出してくるかもしれないし、切斬みたいにローラーブースターを使ってくるかも。でも、機構人の動力源の『ジュエル』から発せられる特殊な重力場を使えばホバー移動くらいならお茶の子さいさいだし」

「特殊装備を使うって訳じゃないのかもな」

「と言うと?」

「獅童隊は基本的に一対一を好む。そういう奴らだからな。相手を囲うようにしても攻撃するのは一機だけだ」


 銀髪の少年――南雲健は瑪瑙に訝し気な視線を送る。


 一対一を好む部隊が変化をつけて戦うとなれば、答えは簡単だ。一対多を想定して戦わなければならない。


 機体数で言えば浅利隊は五機。緑士、切斬、白式、グレイブ改二機。


 獅童隊は七機。戦極・頭、戦極三機、漏忍三機。


「三機で六機を相手にするのは流石にきつくないですか?」

「ああ。一対一を好む部隊だからこそこの作戦を選んだんだ。隊長機を撃墜すれば勝ちなんだからな」

「漏忍は俺がなんとかします」

「一人で戦う気か?」

「グレイブ改の機動力は確かに漏忍より劣っていますけど、俺ならやれます」

「あまり自分の力を過信するなよ」

「その辺はご心配なく」


 健は悪戯っ子のような笑みを浮かべながらきよこを見やる。


 きよこは呆れたように溜息をついてから口を開ける。


「確かにアンタのグレイブ改は私の切斬に勝ったわよ。けどそれはアンタが強かっただけでグレイブ改が強かった訳じゃないからね」

「健くん真っ向勝負で勝ったもんね」

「うっさいわね。油断した訳じゃないから余計にムカつくわ」

「でもあの時は花上さん奥の手使ってなかったよね。っていうか奥の手を装備してなかったし、アレがあれば変わったんじゃないかな」

「手の内を晒してくれてどうもありがとう」


 きよこは苛立ちを露わにしながら微笑む。


 途端に朝比の表情が青冷めていく。朝比は空笑いをしながら明後日の方向を見ているリンに助け船を出す。


 しかし、リンはいつも通り何を考えているのか分からない。ただ茫然とブリーフィングルームのホワイトボードを見ている。本当にホワイトボードを見ているかも定かではないが、あと三十分で試合が始まるとは思えないほどぼうっとしている。


「リン、大丈夫?」


 リンは頷くだけで何も答えない。


 いつも通りの反応だが、朝比だけにはどこか様子がおかしいように思えた。


「さて、そんじゃ試合会場に行くぞ。間違っても道中で作戦内容とか喋んなよ」


 瑪瑙はそう言ってブリーフィングルームを後にした。他の隊員も後を追うように試合会場に向かった。


☆☆☆☆☆☆


 第八機動部獅童隊のブリーフィングルームでは隊長である獅童阿修羅が胡坐をかいてホワイトボードと向き合っていた。そこには浅利隊の機体データが簡潔にまとめられたものが隙間なく貼られていた。なかでも白式のものだけがデータが少な過ぎるせいか異常に少ない。


 換装機能に加えて変形機構。


 どれも今までの機構人にはないシステムだ。変形機構に至っては世界初の可変機構人ということもあり、上空から攻撃されるとなると悪寒が走る。


「隊長、いくら見たって同じですよ。それより、こちらの戦法は他の隊にも筒抜けなんですから今回ばかりはいつも通りのやり方では敗北する恐れがあります。そろそろ私達にも『変化』を教えて下さい」


 阿修羅の背後で座布団の上で正座をしている部下の一人――副隊長である短髪で細目の少女が言う。


「実はただのブラフで『変化』なんてものはないんだ」


 阿修羅が申し訳なさそうに言うが、隊員達は「やっぱりな」と言いたげな表情を浮かべる。


 副隊長――志島しじま渚沙なぎさはやれやれと言った面持ちで持ち前の男勝りな口調で隊員に指示を出す。


「漏忍組は二機で索敵に専念し、交戦はなるべく避けるように。戦極組は二機編成で漏忍から敵機の位置情報が送られてくるまで密集陣形で我々と行動を共にする。阿修羅と私の組には漏忍を一機置く。光学迷彩を展開し、動きを悟られないようにしろ。おそらく相手は隊長機を複数機で叩きにくる」

「一対一を好む俺たちの戦法を逆手に取られたという訳ですね」

「そういうことだ。阿修羅の邪魔だけはしないように我々も行動する」

「邪魔しないようにって言われましても、あの人、漏忍から位置情報もらったらいつも駆け回っているじゃないですか」

「今回は自重して欲しいところだが、まあ、無理だろうから全力で敵を散開させ、阿修羅が戦いやすい環境を整えるぞ」


 渚沙の号令に一同が返事をすると、足早に試合会場に駆けていった。


 阿修羅だけは未だに黙ってホワイトボードに貼られた資料を見つめている。いや、違う。彼の脳内では戦極・頭と白式と切斬が激しい戦闘を繰り広げている。


 空を飛ぶ白式に対しては飛ばさないように常に己の距離で攻めつつ、切斬には小太刀を用いて手数で押し切られぬよう防御しつつ、カウンターを合わせた斬撃で対応する。おそらく、この二機が戦極・頭を叩きにくるだろう。


「瑪瑙さんとはやり合いたくないからなあ。手の内読まれてるし。この二人が俺の思う以上の腕なら『札』を切らなきゃ駄目かもなあ」


 渚沙は阿修羅の独り言を背後で心配そうに聞いている。


 気付いてないんだろうな、と渚沙は思いながら気を利かせて一度咳払いをする。


 阿修羅は肩をビクつかせて赤面しながら振り返る。


「いるなら言ってよ」

「阿修羅、今回も無茶するつもりでしょ?」

「無茶と言えばそうなるかもだけど、俺にはそれしか出来ないから。だから後ろは任せたよ、志島」

「分かりました」


 私は苗字呼びなんだ、と渚沙は聞こえるか聞こえないかの声で言ってから試合会場に向かった。


 阿修羅はもう少し脳内シミュレーションをしたいため座禅を組む。


 白式の換装機能と変形機構、切斬の超高機動戦闘。二機が組み合わされば高速で三次元的な戦闘が可能になるだろう。おそらく、白式はいつもの空を飛ぶための装備ではない。近接戦闘用か遠距離戦闘用か砲撃戦用かのどれかだ。東雲朝比の性格なら近接戦闘用の装備で戦うだろう。


 ならやることは一つ。


「やっぱり真っ向勝負が一番だな」


 阿修羅はどこか吹っ切れたように言って試合会場に向かった。

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