第22話

 第五機動部浅利隊の格納庫で浅利瑪瑙の怒号が響き渡った。


 東雲朝比と花上きよこ以外の隊員は瑪瑙を怒らせてしまったため、砂浜を五十週しなければいけなくなってしまった。


 瑪瑙は舌打ちをして朝比ときよこ、そして出遅れてしまった第五機動部浅利隊の整備士である南雲麻衣を睨み付ける。


「二人とも今度の敵は生半可な気持ちでいけば確実に墜とされるぞ。麻衣にシミュレーターを組んでもらってるから二人で攻略してみせろ。初見よりかはマシに動けるはずだ」


 それと、と付け加えてから瑪瑙は何も言わず格納庫から出て行ってしまった。


 おそらく言いたかったのはこうだ。


「手加減しようものなら私が墜とすからな」


 二人はその意を組み取りすぐさま機体を実体化させて麻衣が組み上げたシミュレーターを起動させた。


☆☆☆☆☆☆


 全天周囲モニターが格納庫から草原へと変わる。シミュレーター内の環境は試合当日のものを想定しているらしい。


 目の前には先程説明を受けた接近戦専用機構人の隊長機『戦極せんごくかしら』が立っている。


「花上さん、どう攻める?」

『いつも通り私が前でアンタが後ろで攻めてみましょう。正直、私も腕前は噂でしか聞いたことがないから色々試すしかないわね』


 朝比はいつになく弱気なきよこの反応に訝し気な視線を送る。


 しかし、通信は声しか送れないため朝比の視線がきよこに届くことはなかった。


☆☆☆☆☆☆


 麻衣はシミュレーターを起動させてから別モニターで三機の機構人の動きを観察する。


 先に動いたのはトリコロールカラーの機構人『切斬キリギリ』だ。右上腕部に装備された三本のクナイを戦極・頭に向けて射出する。もちろんこれらは戦極・頭の一太刀によって軽々と弾き飛ばされる。元々命中するとは思っていなかったのか、切斬はいつの間にか左手にナイフを持ち、右手には左腰にマウントされていたクナイを逆手持ちで握られていた。


 戦極・頭は切斬を迎え撃つため刀を脇構えで強く地面を蹴る。全高八メートルの巨人が駆け出したことで地面が抉れ、砂ぼこりが立つ。


 戦極・頭の一太刀目は右下から左上に向けての左切り上げ。刃がチェーンソー状なため赤く発光している。その刀の名は『回転刃刀かいてんじんとう』。チェーンソーのように刃を回転させ、通常の実体剣よりも数倍の切れ味を付与する武器だ。


 切斬は鋭い斬撃を寸でのところで身を低くして躱し、立ち上がると同時にナイフで切り刻もうとしたが、すでに戦極・頭が刀を真っ直ぐ振り下ろしていたため、ナイフとクナイを交差させて受け止める。


 静かな草原に重低音が響き渡る。


 二機は互いに押し負けまいと鍔迫り合いになる。しかし、そんな拮抗状態を白い機構人が間を割って入るようにして崩す。


『はあああ!』


 スピーカーから朝比の気合いの入った声が出力されると、白式はそれに呼応して右手に握った刀を横薙ぎする。


 白式の接近戦専用装備。

 通称『ソードスパロー』


 紫色の刀身を持った二振りの刀。背部にはまだメインバーニアを挟んで左右に一本ずつ装備されている。両上腕側部に小型のシールド兼ブレードがマウントされている。両脚部には補助スラスターが増設されており、より超高速戦闘を可能にしている。


『HVS作動確認。これ凄いね。空ぶっちゃったけど切れ味抜群なのが見て分かるよ』


 朝比が麻衣に話し掛けるのと同時に戦極・頭が白式に切り掛かる。


 白式は戦極・頭の一太刀を躱したが、すぐに頭部目掛けて刺突攻撃が繰り出される。寸でのところで首を逸らし躱すことができたが、刀はすぐに横薙ぎされる。しかし、朝比と白式の反応速度によって刀が振り切る前に左手のHVSを起動させた刀で受け止め、弾き返す。


 HVS――ハイパーヴァイブレーションソードとはその名の通り超高周波振動により切断能力を強化させた近接戦闘用の武器だ。切断能力なら戦極・頭のチェーンソー状の刃を持った刀と変わりない。つまり臆することなく打ち合える。


『私も近接武器全部HVSにしようかな』

「紺野整備長がそう言うと思って設計中だよって言ってましたよ」

『流石整備長ね』

「本当に流石ですよね。切斬だって紺野先輩が設計して作り上げた機体ですから、戦極・頭よりも性能は上ですよ」

『性能ならね』


 直後、轟音と共に白い影がディスプレイを覆い尽くした。


『びっくりしたぁ、あんな切り返し見たことない。いくら切り込んでも必ず返されるし、もっと速く動かないと……この「ソードスパロー」なら……やれる!』


 朝比の独り言がスピーカーから出力される。


 次の瞬間、白式の状態を示す別画面に大きな変化が現れた。次に起きたのは『出力安定値に突入』『超高機動モード開始』とテロップが流れた。


『ちょっと一人で攻めないでよ!』

『ご、ごめん!』


 白式は二人が口論をしている最中でも目にも止まらぬ速さで二振りの刀を振るう。刀だけではない。隙あらば蹴りや拳を振るうがいかんせん当たらない。相手も白式の超高機動戦闘に呼応するようにどんどんその手数を増やしていく。その間に割って入るように切斬が参戦する。


 切斬はローラーブースターをフルスロットルで駆動させ、勢いを全て剣速に乗せて戦極・頭に切り掛かる。ナイフとクナイの取り回しの良さを利用し、圧倒的な手数で切り込むが、それすらも戦極・頭の前では意味をなさなかった。最後には一刀のもとに砕かれてしまい、後退しながら投擲する羽目になった。


 白式は切斬から投擲された原型をとどめていないナイフとクナイが戦極・頭に弾かれた瞬間に懐に入り込み、HVSの刀を横薙ぎする。


 ナイフとクナイを弾いたことにより大っぴらになった胸部装甲。


 ソードスパローのスピードなら確実に仕留められる完璧なタイミング。


 だった。


 突然、戦極・頭の刀が肉薄する。


 白式は構わず刀を両断するが、そこには戦極・頭の姿は無かった。辺りを見回す暇もなく、機体全体が大きな影で埋め尽くさせる。


『まずっ!』


 爆発音が格納庫内に響き渡った。


 白式の状態を示す画面には『撃墜』とテロップが流れた。


「これが俗に言う『変わり身戦法』か。けど、ソードスパローなら今の攻撃も躱せたはずなのに。パイロットが白式の挙動に追いつけないのか、本人が動きをセーブしているのか」


 麻衣は顎に手を当てて深く考え込む。そこでシミュレーターが終了した。白式と切斬のどちらかが撃墜された瞬間に強制終了する仕組みになっているのだ。


 続く二回目では、切斬が『変わり身戦法』によって撃墜されてしまった。


☆☆☆☆☆☆


 三人は十回目のシミュレーターを終えてから一度休憩を取ることにした。


 最大の戦果は戦極・頭の左腕と右脚を破壊できた程度だ。それでも戦極・頭の猛威は止まらず、白式と切斬は正確に頭部を破壊され撃墜されてしまった。


「気付いた?」


 きよこが机に突っ伏しながら言う。


「十回とも頭を潰されて撃墜されてる。こっちが左腕を破壊した時はすでに白式は中破で切斬も奥の手まで使ってぼろぼろ……ウチ等今回こそ負けるかもね」

「いつになく弱気だね。まあ、僕も捨て身でようやくってところもあるから強気ではいられないけど」

「それにしては余裕を感じるんだけど、どうして?」

「余裕なんて無いよ。やっとソードスパローの挙動に慣れてきたんだから」

「麻衣ちゃんから見てどうだった?」


 麻衣は目を泳がせながら言葉を考える。

 その様子から察するに勝ち目が無いことが分かる。


「別の装備で戦ってみます?」


 朝比は麻衣の問いに首を振る。


「ソードスパローで戦うよ。戦極・頭に真っ向勝負で戦えるようにならなきゃこれからもっと強い奴が出てきた時に勝てないから」

「熱く語ってるとこ悪いけど、真っ向勝負じゃなくて、二対一で戦うんだからね」

「分かってるよ。そのために戦法を考えないとだね」

「私思ったんだけどさ……」


 きよこが提案した戦法に二人は驚きを隠せずにいた。


 無茶な戦い方でとても戦法とは言い難いものだったが、それでもどうしてだか勝利への希望が見えた。


 朝比ときよこ。元々戦い方が違えば、協力して戦うこともなかった。朝比に至っては共に編入したアオノ・リンとしか組んだことがない。そんな二人が、いや、そんな二人だからこそ出来る離れ業がある。


「さてさて、それでは試してみますか!」


 麻衣はシミュレーターを起動させる。


 朝比ときよこの二人は機構人に乗り込み、機体同士をリンクさせる。


「『分担戦法』開始!」


 麻衣がシミュレーターを始動させる。


 二機の機構人は戦極・頭にこれまでにない動きを見せ、あと一歩のところで撃墜されてしまった。


 しかし、これで勝機が見えた。


「「いける!」」


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