第3章 開幕、大演習大会

第19話

第十九話


 大演習大会。


 それは狭間学園が保有する機構人部隊『Jewel《ジュエル》 Army《アーミー》』の実戦経験を本格的な戦闘から得るための演習だ。機構人部隊が相手をするのはMCだけではない。テロリストが操縦する機構人とも戦わなくてはならない。そのため、対機構人用の戦術を考えなければならない。


 もちろん負けてしまった隊にはそれなりのペナルティーを設けている。そうしなければ実戦に近い演習をする意味がない。


 この大演習大会は隊同士が戦闘を繰り広げ、互いに経験を積み、戦術を模索し合い操縦技術を研究し合う。まさに機構人のパイロットを育成するためだけの大会だ。


『アップル3・朝比! 尻に着かれてるぞ!』


 健の警告が個別チャンネルで朝比の耳に入る。


「分かってる!」


 白式は飛行形態に変形しているのを利用して、前方に脚部を突き出し、足裏のスラスターを吹かして急制動を掛ける。すると後方の敵を前方へと引きずり込む。そして、ターゲットマーカーが敵機を捉え、トリガーを引く。


 敵機は白式の急な移動に追いつくことが出来ず、そのまま機首のキャノンバルカンから発射される模擬弾を背部に喰らって撃墜判定を下された。


「殺せないなら本気でやれる!」


 その声は共通チャンネルで隊の全員に聴こえていた。もちろん、それを怒る者など誰もいない。はずだった。


『朝比! 油断してると殺られるよ‼』

「……ごめん」


 きよこからの注意に素直に謝りながらもリンの援護に向かう。


 やはり、というかやっぱりこの隊で比較的に弱いのはリンだ。それを狙ってくるだろう、と隊長の瑪瑙から言われていたため援護に向かう。


 白式を飛行形態のまま急加速させ、一瞬のうちにリンのもとへと辿り着く。しかし、すでに戦闘は終わってしまっていたらしく、別の敵機を探すため水色のグレイブ改が動き出そうとしていた。


「リン! 大丈夫だった?」

『うん。楽勝』


 そう言うだけあって、確かにリンの水色のグレイブ改には傷一つない。


『朝比も、元気そう』

「まあね」


 敵機は頭部を破壊されたため撃破判定を受けていた。


 この大会のルールは簡単だ。


・敵機構人を全て行動不能にする。もしくは隊長機を行動不能にすれば勝者となる。


・行動不能とは機構人の頭部を破壊する。もしくは続行不可能と判断されるほどの損害を与えること。


・ビーム兵器は二機までが使用可能。しかし、安全のため出力を低くすること。その代わりにダメージ判定は模擬弾が命中した際よりも出やすいようにする。


・武装は模擬弾、もしくは出力を落としたビーム兵器に限る。


 至って簡単で分かりやすいルールだ。


☆☆☆☆☆☆


 無事に一回戦を突破した朝比達は暇な時間が出来たため、第一機動部藤堂隊つまり理事長の試合を見ることにした。


 大演習大会の様子は運動場、もしくはアリーナと呼ばれる機構人サイズの超巨大な運動場に設置された大型ディスプレイで観覧することができる。普段は機構人の実技授業で使われているため、全生徒が観覧席に座っても余裕があるほどの広さを有している。そのため、一つの隊が固まって試合を観覧することができる。


 朝比や健が心を躍らせている中、瑪瑙ときよこは当然の如く、つまらなそうに大演習大会を観覧するための大きなディスプレイを見やる。


「時間の無駄だぞ」

「見ても参考にならない」


 と言って二人は結局試合を見ずに格納庫に行ってしまった。


「そんなに強いんですか? 紺野先輩」

「まあね。説明するより見た方が早いよ」


 巨大なハッチから第一機動部藤堂隊が現れる。すると女性陣や男性陣の黄色い声援が嵐のように巻き起こった。


「流石シズちゃんだねぇ」

「はい。確かにあの人は凄いと思います」

「胸とか?」


 朝比は肩をビクつかせる。そんなことを言ってしまったら嫌でも静香の豊かな胸に目が行ってしまう。しかし、その胸は固く閉ざされたコックピットハッチの向こう側にある。


 だが、その胸と同等の存在感を持つ一機の機構人が先行する第一機動部藤堂隊。さらに黄色い声援が勢力を増してやってくる。ここまでくると『嵐のようだ』ではなく、本物の嵐だ。つまり、この機体が藤堂静香の機構人と言う訳だ。


 しかし、朝比達は声援なんてもの送ろうとは思えなかった。


 その武装は過剰なまでに火力に特化していて尚且つ分厚い装甲に覆われている。遠距離専用機と言ったところだろう。そして、機体色は赤色なだけあって、まるで人間の返り血のように見える。


 ブーッ! 試合開始のブザーが鳴り響いた。


 次の瞬間、静香の機構人がその過剰なまでの火器を一斉に放った。数秒後、敵の全機体の撃墜判定が下され試合が終わった。


 朝比達はただ呆然とディスプレイを眺めることしか出来なかった。


「いつも通りの瞬殺ぶりだねえ」


 奈子がへらへらと笑いながら言う。


 朝比達は少しも笑えない。いつも無表情なリンも顔が青ざめてビクビクと身体を震わせていた。


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