第18話
第十八話
東雲朝比の病室の前で軽いスキンシップを終えた浅利瑪瑙と藤堂静香。
瑪瑙は朝比の件で柄にもなく暗くなってしまっていたが、なんとか元の明るさを取り戻していた。そして、そのための犠牲となった静香は耳まで真っ赤にして自分の胸を腕で隠していた。それでもはみ出る辺り本当に凄い。
いや、すんごい。
「お前なんでここにいんの?」
「なんで揉むの! 馬鹿‼」
「院内は静かにしろ」
静香はムッとした表情で瑪瑙を見る。しかし、先程までふざけていた瑪瑙の顔は真面目そのものになっていた。
「どうかなさいました?」
「お前、なんであんな所を巡回させた。東雲達が来る前の演習の時も!」
帰投後、瑪瑙が調べたところ浅利隊が巡回していた海域は紛れもなく危険海域だった。そして、旧浅利隊が隊長である瑪瑙以外の全隊員が死亡した時も安全海域だったはずが危険海域になっていた。
当日の出撃した時間帯だけ、その場は安全海域として登録されていた。これはどう考えてもおかしい。
出撃命令を出したのは静香だ。
疑いたくは無いがそうなのかもしれない。
「アタシらをハメたのか?」
「な、何のことですの? あの日はシミュレーターだけのはずでは?」
「とぼけんな!」
ドン! と瑪瑙は壁を殴り威嚇する。しかし、静香は臆することなく、目に大粒の涙を浮かべて口を開いた。
「ホントに知らないもん! だから訊きに来たのに……嘘じゃないもん……とぼけてないもん……ホントだもん」
瑪瑙は静香が泣き出す寸前になって我に返った。
「すまん。お前のことは一番知ってるつもりだ。お前があんなことしないよな。ホントごめん」
「私の名を語った罪は重い。そのことをドブネズミどもに分からせる必要がありますわね」
静香は涙を拭い、かわりに不敵な笑みを浮かべていつも通りの上品な口調でドブネズミ駆除の方法を模索し始めた。
☆☆☆☆☆☆
初出撃を終えてから一度も出撃が無いまま夏休みが終わってしまった。
「えっと、普通科から転科してきました。東雲朝比です。よろしくお願いします」
「アオノ・リンです」
よろしく、は? と隣に立つ朝比が小声でリンに伝える。
「よろしく」
転科と転校生の紹介と言うことで、二人は新しい教室で新しいクラスメイトの前で挨拶をした。もっともリンのそれは挨拶とは言えないが。
そして予想通りの反応を女子生徒たちがしている。
「ホントに男の子なの⁉」
「いや、あれは男の娘よ。きっと」
「B組にもイケメンが来たんだって」
「腐ィルター全開!」
最後のは聞かなかったことにしよう。
紹介の時間も終わり、始業式だけだからか学校は昼までで終わった。
「あっさひ~迎えに来てやったぞ~」
「健くん!」
女子生徒曰く『B組のイケメン』の登場だ。
朝比は教室から出ようとしたところで女子生徒に質問攻めにあっていた。
「隊長達もう行ってるみたいだから早くしろ」
「ご、ごめん。すぐ行く、リンも早く!」
朝比とリンは健に助けられるように食堂に移動することが出来た。
☆☆☆☆☆☆
朝比は席に座ると、勢い良く机に突っ伏した。それを健がニヤけ顔で見詰める。その視線に気付いたのか「健くんは何もなかったの?」と不満気な表情を浮かべて言う。
「ん? 寮の部屋番号教えただけだぜ? ここって男女共同だから凄いよな」
「確かに」
男たちはピンクの花園を頭の中で想像、いや、妄想した。それを察知したリンが朝比の頬を思い切り抓る。それは顔が歪むというレベルを遥かに超え、もはや別人の顔になっている。
朝比は余りの痛さに絶叫してしまう。
「ごめん、ごめんなさい! もう妄想しないから‼」
「ホントに?」
「うん。ホントホント‼」
健は目の前で男が女に服従する瞬間を見てしまった。しかも、その手は健にまで及ぼうとしていた。
「昼飯奢るから、許し――」
「わかった」
即答だった。
自分もそうすればよかった、と朝比は後悔した。
「お前等、このあと格納庫集合だ。いいな」
瑪瑙が命令しに来たのだ。どうやら、朝比達が来る前に昼ご飯を食べ終えていたようだった。
食堂は中等部と共同でそれなりに大きいため人混みが出来る。瑪瑙はそれに紛れて先に格納庫に行ってしまった。
朝比達も隊長を待たせる訳にもいかず、カウンターで適当なものを頼んで急いで食べて食堂を後にした。そして、その行く先々で以前と同様に逆ナンの標的にされてしまい、結果的に一時間以上も掛かってしまった。
「これよりブリーフィングを行う。って東雲その顔どうした?」
朝比の顔には綺麗な紅葉模様が浮かび上がっている。
「逆ナン、されてた」
「なるほど。よくやったぞ、アオノ」
リンはコクリと頷く。
瑪瑙はリンの味方のようだ。
「それじゃ始めるぞ。今回は来週から始まる大演習大会についてだが、今回も前回と同じで小隊同士の模擬戦をトーナメント方式で行っていく。一位に輝いた小隊にはお得な商品がついてくる。気合い入れてくぞ‼」
「あの、商品って?」
「食券一ヶ月タダ券と他の隊から一人うちの隊に入れることができる」
「なるほど。それはデカいですね」
朝比が言うと隣に座るリンも頷く。いつも通りの無表情ではあるが相当気合が入っているらしく、拳を握り締めている。
「そんじゃ今からそのための訓練始めっぞ‼」
「おう‼」
と全員気合充分の声を張り上げ、いつもより激しく厳しい訓練メニューをこなした。
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