第2章 出撃、第五機動部浅利隊

第10話

第十話



 暑い。その一言に限る。


 耳には押し寄せる波の音。口の中は砂でジャリジャリと違和感が残る歯ごたえ。加えて全身から噴き出す汗とパンパンに膨れ上がった脚。


「もう走れない」

「おいおい。朝比ってそんなに体力無かったのか?」

「健くんと違って華奢なの」

「言ってて悲しくなったろ?」


 なりました。なりましたよ。


 東雲朝比達がMCに連絡船を襲撃されてから一週間近く経った。


 第五機動部浅利隊という学園屈指の武闘派に配属されてしまった朝比達は隊長である浅利瑪瑙の信じられないほどキツイ練習メニューをこなす毎日を送っていた。その一つとして孤島である学園島の砂浜を数十往復するというものがあり、今まさに二十往復目で朝比は倒れてしまった。


 この場に南雲健と赤いワンピースを着ていた花上きよこがいることにも驚きだが、それについては朝比も納得がいく説明を瑪瑙から伝えられていた。


「南雲には才能がある。現に限られた視界の中でMCを私の目の前で倒した。きよこはあんな為なりだが、お前と同い年で腕も確かだ。アオノにはセンサーが効かない所でもMCを感じ取ることが出来る。つまりお前は……」


 この続きは思いのほか傷ついた。


「僕が一番下っ端か」

「何言ってんだよ。さっさと立てって、まだ二十週近く残ってるんだろ?」

「うん。健くんは?」

「あと五週。でも、リンちゃんはともかくあのおチビちゃんまで隊長から離れてないから、後二週くらいじゃね?」


 朝比は完敗を通り越して虚しくなる。リンのあんな細い身体のどこに隊長と同じ速さで走れる体力があるのだろうか。それと同じ理由できよこを不思議そうな目で見つめる。


 健は倒れている朝比を立ち上がらせてから、軽く肩をポンと叩いて、また走りだした。


「なんで皆あんなに走れるんだ……」

「ですね」

「麻衣ちゃん。整備科なのに可哀想」

「いえ、整備士たるもの非力ではいけませんからね」


 麻衣はガッツポーズを取るとまた走り始めた。ちなみに麻衣は朝比よりも五週速い。つまり、朝比は断トツのビリ尻だ。


「おい、東雲! 速くしろ‼」

「ひい」


 瑪瑙の罵声に非力な朝比の叫び声が砂浜に響き渡った。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 お昼を少し過ぎた時間帯、朝比は学園の食堂の席でぐったりと突っ伏していた。


 夏休み期間中なのに学園や寮に残っている生徒は多いようで、昼食時にも関わらずどんどん賑やかになっていく。この生徒のほとんどがパイロット科もしくは整備科などなどの生徒だ。


 朝比の席の向かい側には健が座っている。しかし、朝比よりかは疲れている様には見えない。それどころかピンピンしている。朝比の隣に座るリンもいつも通り無表情で座っている。


 リンはマラソンを終えたあと、顔を赤くして肩を小さく上下に揺らしていた。無表情と言っても疲れない訳じゃないらしい。


「朝比、食べないの?」

「注文する体力が無い」

「しゃあねえな。何でもいいんだろ?」

「うん」

「わかった」


 健はそう言って席を立ち、カウンターへと歩いて行った。


 席には朝比とリン、そしてその隣を座る小さな少女・きよこが残された。


「麻衣ちゃんは?」

「元々整備科の子だからうちの隊の整備士の所に行ってるよ」


 オレンジジュースをストローで混ぜながらきよこが言う。


 椅子も背丈よりも高いため座ると足が浮く。そのせいできよこは不機嫌になり、脚をブラブラさせている。しかし、何も知らない他人が見ると、ただの小学生がジュースを混ぜながら遊んでいる様にしか見えない。


 そして朝比も同じことを思っている。


「そっか。じゃあ隊長もその付き添いで?」

「ええ。って言うか毎回思うんだけど、私ってアンタに助けられたのよね?」

「うん。そうなるけど。それがどうかしたの?」

「信じられないの。訓練にもついてこられないのに」


 朝比はグサッとくるきよこの暴言に少なからずショックを受けた。


「朝比、大丈夫。朝比、ヘタレ? うん。ヘタレ」


 リンは全然フォローになっていない言葉を並べるや、小さく頷き、絶壁の胸の前に両手で小さい握り拳を作って言った。


 色々と可愛いリンの仕草に朝比の生気が蘇り突っ伏した身体を起こす。それと同時にカウンターへ向かっていた健が帰ってくる。


「何かあったのか?」

「ううん。あっ健くんありがとう」

「どう致しまして」


 きよこがまた不機嫌そうにオレンジジュースをかき混ぜる。


 健はそれを見て卓上が濡れているのに気付き、ポケットからハンカチを取り出してきよこに渡す。するときよこはリンゴのように顔を真っ赤にして、ハンカチを受け取らずに自分のハンカチで卓上を拭いた。


 よっぽど恥ずかしかったのだろう余計に腹を立ててオレンジジュースを一気飲みした。それもストローで。


「肺活量凄いな」

「う、うう、うっうっさい! 別に溢したとかそんなんじゃないからね‼」

「はいはい。分かってるよ、おチビちゃん」

「だっ誰がおチビだ!」


 怒ったきよこは席を勢いよく立ち上がる。すると、そのせいで他の生徒達の視線が集まる。


 しかし、そんなことは露知らず、朝比は健が持って来てくれたカレーライスを頬張っていた。それを隣でリンが凝視する。なんとも奇妙な絵面だろうか。


 騒ぎが大きくなる前にその場に朝比達の隊長――浅利瑪瑙と麻衣が現れる。


「まだ飯食ってたのか、東雲」

「あっはい。もしかして何か用事でも」

「ああ。この後うちの隊のラボに来い」


 朝比はそう言われてから何となく察しがついたのか食べるスピードを速める。なぜなら朝比が連絡船の乗客を守るために操った白い機構人『白式びゃくしき』の調整が終わったからだ。


「ぐっふぐっふ!」


 だが、急いで食べるあまりむせてしまった。


 隣にいるリンは無表情で朝比の背中をさする。


「焦らなくても逃げやしないよ」

「そうだぜ、朝比」

「うん。ごめん」


 それでも食べる勢いは変わらず、結局は同じ速さで全て食べてしまった。


 朝比とリン以外は呆れて何も言えなかった。

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