第9話
第九話
「あの、話って何ですか?」
執務室と言うよりも、どこか裕福で高貴な印象を持てる装飾が施された一室。高級そうな執務机と大きなソファーが置かれており、壁には狭間学園の校訓が掛けられていた。
すでに静香が執務机の椅子に着席しており、途中から割って入ってきた衝撃的な第一声を発した女子生徒は壁にもたれるようにして静香をキリッとした目で睨んでいる。
「取り敢えず、座っていただけますか?」
手招きしてから再度ソファーに視線を向ける。
朝比とリンがソファーに腰掛けるなか、壁にもたれている女子生徒だけはその場から動かなかった。
しかし、静香はそれを無視する。
「はい、それじゃあ何から話しましょうか」
「この部屋って……」
「ここは狭間学園パイロット科、そしてそれを支える整備科などなどを統括する理事長室。つまり私の部屋です」
「どうして、ここ船ですよね?」
「ええ。基本的に出撃する場所は海の上だったりしますし、それに私たちが向かっているのは絶海の孤島ですよ? そう考えれば分かるでしょ」
なるほど、それでか。
朝比は案外簡単な理屈に納得する他ない。
リンは無表情のまま無関心と言ってしまえばいいのだろうか、特にこれといった反応を示していない。
「連絡船に乗っていた他の人達は? 僕とリンの他に女の子がいたはずです。赤いワンピースの子と健くんと麻衣ちゃん」
「他の救助者たちは別の救助船で一度狭間港に戻ってもらっています。大怪我を負った人はいませんでしたが、医師に見せなくてはならない人は少なからずいらっしゃるようでしたので。赤いワンピースの子と南雲くんと麻衣さんはこの艦にいます。怪我は一切ありませんでした。麻衣さんは頭を強く打ったみたいですが安心して下さい」
その言葉を聞いて朝比はソッと胸を撫で下ろした。リンも少しだけ息をついたような気がした。リンもリンなりに赤いワンピースの子どものことを心配していたのだろう。
次に朝比は気になっていたことを静香に質問する。
「僕が使った機構人は?」
「それはアオノさんが一番よく知っているのでは?」
静香の話しを全く聞いていない訳では無かったらしく、
「知らない。渡しただけ。知ってるの、博士」
リンは素気ない返事をする。
「つまり、分からないということですわね」
リンは首を縦に振る。
「……なるほど。『博士』ということはあのコの師匠のことかな」
静香は顎に手を当てて考え込む。
そこで朝比は、ふと胸の中に新たな疑問が湧き上がった。
健や麻衣、そして赤いワンピースの子どもはどうしてここにいないのだろうか。それに他にも狭間学園の生徒が多数いたはずだ。それなのにどうして自分とリンの二人だけがここに呼ばれたのか。
気になって仕方がない朝比は、表情どころか身体全体から『聞きたい』というオーラで満ちていた。
それに気付いた静香はクスッと笑って「ホントに可愛らしいお方ですわね、朝比くんは」と頬杖をつきながら胸を机の上に置く。
静香は着替えの時もそうだったがおそらく無意識にやっているのかもしれない。
しかしまあなんだ、確かに大きい。
朝比も容姿は幼い女の子だが列記とした健全な男だ。
どうしても視線が胸にいってしまう。
「あなた方をここへ呼んだのは他でもありません。転科手続きの残りはこちらでしておきますので孤島に着き次第、あなた方二人はすぐに機構人部隊『
「え?」
話しの流れが突然過ぎて目が点になる。
「それでは……」
「ちょっと待って下さい!」
「あら?」
静香はとぼけたような態度をとる。
そして、悔しくもその仕草が可愛かったりする。
「あら? じゃありませんよ! どうして僕達が急に入隊させられなきゃならないんですか! 僕はともかく、どうしてリンが!」
「彼女にはMCを感じ取る能力があるらしいですね」
「だからって……」
「では、転科を止めて退学すると?」
「そ、そんな」
朝比は静かにそう呟くと口を閉ざした。
まるで普通科の校舎にいた校長先生のような言い方だ。
隣に座っているリンが眼光を輝かせて静香を睨み付ける。その輝きが語っていたのは紛れもなく怒りだった。
だが、静香はそれを見ても薄らと笑みを浮かべるだけだった。
「これってホントなんですよね。嘘じゃないんですよね?」
朝比の閉ざされた口が開かれた。
「ええ。嘘ではありません。それに心配することはありません。ちゃんとした知識と技量を磨くためにコーチ、もとい隊長がいますから大丈夫です」
「つまり、訓練ってことですか?」
「理解が早くて助かります。あと、この隊長と言うのは過去に何十人もの脱落者を出した凄腕です。すぐに一人前になれますよ」
朝比はもう諦めているようだった。
リンは朝比が行くならと無表情に戻った。
「あの、その隊長って言うのは……」
「私だよ」
朝比は嫌な予感がしたため恐る恐る振り返る。
(やはり、というかおそらく彼女があの緑の機構人を操っていた人だ)
怒りに燃えている女子生徒の鬼の形相が怖すぎて身体中がガタガタと震え始める。
「こ、怖い」
目に涙を浮かべている朝比を見て女子生徒は「こんなヒョロヒョロがあの白い機構人を」と意外そうな顔で言った。
「と言うことで後はお願いしますね。怖い隊長さん」
「黙れ巨乳怪人! 揉むぞ‼」
「さっき揉んだでしょ!」
静香は胸を抑えながら涙目になる。しかし、残念ながらその豊かな胸は隠そうにも隠せないほど大きかった。そのせいで隊長と名乗る女子生徒と朝比の視線が釘付けになる。
隣のリンは胸ではなく、鼻の下を伸ばす朝比を見て、何を思ったのか握り拳で朝比の腹部を捕えた。ドスっと鈍い音が理事長室に響いた。
「変態、痴漢、クソ野郎」
無表情かつ棒読みで先程、静香が朝比に向けて言った言葉をぶつけた。
「お話は以上ですので自室にお戻りください。部屋は先程と同じ場所ですので、機材はもう無いと思いますが」
「わ、分かりました」
苦し気に言った朝比の声はとても掠れていた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
理事長室に残された隊長と呼ばれた女子生徒と静香。
そこでは先程まで見せていた高貴な印象とはかけ離れた表情を浮かべる静香とそれを呆れた様子で見る隊長と言われた女子生徒がいた。
「どうしよう……瑪瑙。嫌われ……ちゃった……かなあ」
静香は今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら言う。そう。静香が言ったのだ。
浅利瑪瑙と二人でいる時の藤堂静香はまるで頼りない子どものようになってしまうのだ。そして、それを慰めるのが瑪瑙の仕事だ。
「大丈夫だ。いつも通り柔らかかったぞ」
「なんで胸⁉ 私が言っているのは二人に……」
「分かってる。だから大丈夫だって。アオノはよく分からんが東雲の方は諦めて納得してたから」
「ホント? 嫌われてない?」
静香の涙目になりながら上目遣いをするその仕草が異常なまでに可愛かった。そのせいか自然と瑪瑙の手が優しく静香の頭を撫でていた。それが嬉しかったのか、途中から自分から撫でられるように頭を動かしていた。
瑪瑙はまるで小動物のようだ、と心の中で思いながらいつも浮かべている鬼の様な形相とは異なり、緩み切った顔で撫でるのを止めなかった。
「ホント、胸ばっかり大きくなりやがって」
「だ、誰かさんが揉むからでしょ!」
静香はバッと瑪瑙から離れる。
対する瑪瑙は名残惜しそうに撫でていた手を見つめてから「髪はサラサラ、胸は張りがあって柔らかい……。女として負けるのは嫌だが、やっぱり良いものだな」と真顔で言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます