第8話
東雲朝比ははっきりとしない意識の中ゆっくりと目を覚ました。視線の先には見慣れない真っ白な天井がある。こんなシチュエーションは漫画や小説の中だけだと思っていた。
朝比はMCの存在も機構人も戦争も全て虚構の中だけの話なら良かったのにと思い、またベッドに身体を沈める。そこで左手に違和感を覚えた。視線を落とした先には椅子に座りながらぐっすりと眠っているリンがいた。
それでようやく思い出した。
連絡船が襲撃されたこと、それを撃退したことを。
「夢で、あって欲しかったな……」
独り言が虚しく部屋に響く。
「でも、リンがいなかったらホントに死んでたな。ありがとね」
返ってくるのはリンの可愛らしい寝息だけだった。
朝比の服は狭間学園の制服ではなく、入院患者がよく着ている病衣に着替えさせられていた。このことから見ず知らずの他人に裸を見られたことになる。恥ずかしくなった朝比は顔を赤面させて布団にうずくまる。
「見られたのが男の人だといいんだけど」
その容姿のせいで何度男子生徒に告白、もしくはナンパされたことか。今でも黒歴史更新中の朝比にとって、残念ながらまた一つそれが増えてしまった。
取り敢えず着替えよう。そう思い、リンに握られた左手をそっと起こさないように離してベッドから起き上がる。
最初に手足を伸ばしてから深呼吸した。
病衣を脱いでいざ、制服に手をつけたところで扉が開く音がした。振り返るとそこには、狭間学園の制服を着た女生徒が立っていた。しかも、真面目な顔立ちとは裏腹に胸部の膨らみが異常に凄い。いや、すんごい。
「え……?」
女生徒が呟いた。
今の朝比の服装からして勘違いされてもおかしくない。何せ服装と言ってもパンツしか履いていないのだから。
朝比は自分の心臓の鼓動が太鼓のようにドンドンと強く早く、大きくなっていくのを感じた。
相手に聴こえているような気がして額から妙な汗が噴き出してくる。
「いや、これはその……」
「はっハレンチな‼」
女生徒は顔を真っ赤にしながらそう叫んだ。
当たり前の反応だが、仕方がないのだろう。
幸いにも、扉がしっかり閉じられていて外には聞こえなかったと思う。いや、思いたい。もし、開いていたらと思うとゾッとする。だが、女生徒の叫びはそれだけで止まらなかった。
「なぜ、アナタはそんな恰好を! すぐそこには女子がいるとういうのに‼」
「いや……だから」
「それに心電図のコードを無理矢理引き剥がすなんて」
そう言えば、といった表情でベッドの上を見る。そこには数本のコードが散らかっていた。確かに何かが貼ってあったよう気がしていた。それにベッドの周りには、無知な朝比でも分かる医療機器がいくつかあった。おそらくこれが心電図なのだろう。だから朝比が起き上がって直ぐに女生徒は病室に入ってきたのだ。
「なんか、すいません」
朝比は申し訳なさそうに頭を下げる。
「謝る前に服を着なさい!」
言われてみればそうだ。
パンツ一丁で謝罪するなんて我ながら恥ずかしいと思う朝比であった。
「あの、それでここは何処なんですか? 船の中っていうのは分かるんですけど」
着替えを終えた朝比が尋ねる。
「これは学園が保有する連絡船です。まあ特別製ですけどね。例によって武装は一切ありませんが、この船、いや、学園艦は現在ある全ての艦の中で一番速い、と言われています。その辺は技術者に訊いて下さい」
「あ、はい」
「ところで、東雲朝比くんはどうして下着姿でいたのですか?」
気にしていたのか。
下手に嘘をついてややこしくするのは避けたいので、正直に話すことにした。
「着替えようとしていただけです」
「なら、なぜ女の子の前で? そういう趣味があるとは聞いていませんが」
「起こすのも悪いかなと思って……え、誰から聞いたんですか、それ!」
「大声を上げないでもらいますか」
「す、すいません」
思ったよりも気が強いようだ。制服もオーダーメイドなのかリンが着ていたものと細部と一点が異なる。どこかのお姫様なのだろうか、とついつい思ってしまう。
それよりも朝比の視線は先程から一点を行ったり来たりしている。
リンには無い制服のでっぱり。挙動の一つ一つで揺れるそれに健全な男子生徒である朝比は目を奪われてしまう。
これが男のサガなのか。ふと、朝比は心の中で思った。
「どうかなさいましたか?」
朝比は黙り込んでしまっていたことにも気付かないほど胸部を見つめていたようだ。
女生徒はそんな視線に気付かない訳も無く、朝比の視線を辿り、自分の大きく膨れ上がった二つの脂肪の塊に辿り着いた。
「はっハレンチな! この変態、痴漢、クソ野郎‼」
行儀のいいお姫様のような態度を取っていたとは思えないくらい最後の単語は朝比の耳に残った。
「大きいな、と」
「な、何を言っているの!」
声に出してしまった。朝比は酷く後悔した。
「いや、違うんです! 今のは、その、えっと……船が大きなって意味で……」
「ホントですか?」
俯きながら上目遣いをする仕草がまた可愛いが、揺れている。二つのエベレストが。
女生徒は自覚が無いのかさらに強調するように腕を胸の前で交差させる。
朝比はこれ以上理性が持たないと判断し、リンを見る事にした。そして、失礼なことだが断崖絶壁って感じだった。
「朝比、おはよ」
「リン、起きてたの⁉」
「今、起きた」
目が半開き以外はほぼ無表情。どうやら目立った怪我はなかったようだ。
「おはようございます。アオノ・リンさん」
「……誰?」
「誰とは失礼な。私はアナタ達が転科するパイロット科のいや、その為に作られた人工島の総監督であり、理事長の
そうだったんだ。
実は朝比も知らなかった。威張りながら言う静香には絶対言えないことだった。
リンは訊いといて特に反応することなく部屋の窓を見つめていた。もっとも本当に窓を見ているのか、その向こうに広がる海と空を見ているのか分からないのだが。もしかすると何も見ていないかもしれない。
不思議なコだ。
「二人とも動けると言うことで移動しましょう」
「え?」
「ここで話せる内容ではありませんので」
朝比とリンは言われるがまま静香に付いて行った。
一度甲板に上がってから朝比は驚きと興奮を抑えることが出来なかった。
日差しが眩しいせいで、手で影を作って辺りを見渡す。
「すっげー! やっぱり海って綺麗だ‼」
「朝比、風で飛ばされる。危ない」
「そこまで小さくないから。何気に酷いこと言わないでよ、リン」
「でも、朝比、私より小さい。お手て繋ぐ?」
無表情だから悪気があるかどうかすら分からないが、怒ることも出来ない。
確かに風が強くて髪が舞い上がっているが、だからと言ってリンよりも背が低い朝比が飛ばされる訳が無い。それでも心配してくれているのだろうと無理矢理思うことにした。
「御二方は海を渡るのは初めてですか?」
「はい」
「うん」
静香は敬語を使わないリンにムスッとした表情で見つめる。
すると反対側の甲板から一人こちらに向かってくる。リンと同じ制服を着ているところを見ると狭間学園の生徒なのだろう。
そして、その第一声が「おっぱい揉ませろ!」だった。
呆気に取られた朝比の目線は、自然と静香の豊かな膨らみに向かってしまうのだった。
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