第7話
第七話
アラートが常時鳴り続けるコックピットがこんなにもストレスが溜まる所だとは思ってもみなかった。いや、嘘だ。
正直、覚悟はしていた。
加えて、ハッチを失い、モニターが全て死んでしまっている。そんな状態でどうして闘っているんだ、と自問自答してしまう。
天然の銀髪は海水に浸かったせいでベトベトになっており、狭間学園の制服も肌に張り付いて気持ち悪い。パイロットスーツならそれなりに我慢できるのだが、状況は最悪だ。
南雲健は後ろに身を潜める麻衣に視線を向ける。
「見失ったら終わりです。って分かってますよね?」
麻衣は健の視線に気付き注意する。
「まあな。でも、あっちの武器は角一本みたいだし、なんとかなるんじゃねェの?」
「か、軽いですね。ホントに大丈夫なんですか?」
「俺より先に海に飛び込んだ奴が言うか?」
「ぐぬッ」
どうやら図星をつかれたようだ。
健はこんな会話をしている際中でも視界が悪い量産機を操り、サイに似たMCの荒ぶる大きな鋭い一角を紙一重でかわしている。これは視界が悪いせいでもあるが、一番の問題は操縦方法だ。
今まで扱ったことのない横向きの操縦桿。
向きが違うだけだろ、と言われてしまえばそうなのだが、実際、慣れているかいないかで生死を問われる状況では、聞いてくる奴はただの馬鹿か、金持ちか、世間知らずの馬鹿だ。
「だいたいの動きは掴めた。一旦距離を取ってから迎え撃つ」
「でも、それって……」
麻衣は健の考えを理解したのか、シートにしがみつき踏ん張る。
健は麻衣が最低限身を守れるようにしたことを確認すると出来るだけGを与えないように考慮して機構人を操る。
そして、健の予想通り機体が距離を取ると、サイのMCが蹄を研ぐような仕草を見せる。これを見るに相手はその大きく鋭い一角で突進を仕掛けてくるつもりなのだろう。
おそらく、いや、確実にこの機構人の装甲では耐えることは出来ない。
「来るぞ、踏ん張れ!」
麻衣は言われるがままに今よりももっと踏ん張りを利かす。
そして、その時がきた。モニター越しではなく、肉眼で捉えるMCの動きは思いの外スムーズだった。
MCの皮膚は甲羅のように硬く太陽光が反射して少し光っている。サイの耳に当たる部分にはそれが無い。その代わりに穴が空いている程度だ。機構人を超える強靭な肉体。正直、勝てる要素なんてまるで無い。
健はようやく慣れ始めた操縦桿で対応する。
MCが猛威を振るって突っ込んでくるのに対し、健は敢えてその場から動こうとはしなかった。よりタイミングを掴みやすくして確実に仕留めるためだ。
サイに似たMCはバシャン! バシャン‼ バシャン‼‼ と海面の上を一歩ずつ確実に近付いてくる。荒波が立つせいで機体が大きく揺れる。
「ここだ!」
健が叫ぶと殺人的なGが麻衣を襲った。しかし、その甲斐あってかMCを撃退することが出来た。
健はこれまでの攻防でMCが巨大な一角を扱う際、直撃寸前で少し上へと向きを変えるという癖を見逃さなかった。今度も突っ込んでくる際にその癖が露わになっていた。
グレイブはその隙を狙って角が少し上へと向いた瞬間、背部バーニアを全開にして突っ込み、MCの眼球に実体剣を突き刺した。突進してくるMCの力の向きと向かい合うように機構人の実体剣が接触したため、まるで絹漉しで出来た豆腐のように簡単に眼球を貫通して頭蓋を砕いた。
健が見逃していなかったのは角の向きが上に向くだけではない。眼球がただの眼球で特別固い訳ではないということもだ。つまり、一般の動物と同じように致命的な弱点なのだ。
しかし、これで安心できたらよかったのだが、麻衣が安堵の溜息を漏らそうとした瞬間、悲劇は起きた。撃退したMCの突進力は弱まることを許さず、機構人の右腕を捥ぎ取って海面へ滑り込むようにして倒れ込んだのだ。
あらゆる方向から来る衝撃がコックピットを襲った。そのせいで麻衣は頭を強く打ち健の方に倒れる。ハッチが無いため健は驚愕を露わにしながら麻衣の身体を受け止める。
もし受け止められなかったらと思うとゾッとした。
だが、健の手には海水とはまた別のベットリとした液体の感覚がした。
確認しなくても分かる。これは血だ。
『君! 大丈夫だったか!』
突然、通信があった。タイミングと女の声がしたことから緑の機構人『緑士』のパイロットだと分かった。
「救助艇はまだですか! 麻衣ちゃんが頭から血を流して……それで……っ!」
自分でも分かるくらい動揺していた。
『落ち着け、もう少しでこっちに来る! いや、こちらから行った方が早いかもしれない』
「分かった。センサーとか全部いかれてるせいでどっちから来るか分からない。案内を頼む」
『それは出来ない』
女の言葉に健は怒りを露わにする。
「ふざけんな! このままだと死ぬかもしれねえンだぞ‼」
『なら君はここに残された民間人を放置するつもりか?』
冷静に女は言う。
『頭を冷やせ』
健は舌打ちをして怒りをぶつけるが、今はそれ以外にできることがないため頭を冷やすことにした。数秒後、月にいた頃にサバイバル訓練を受けていたお蔭で麻衣の頭部に布を巻いて止血することができた。
そうだ。最初からそうすれば良かったんだ。
健は少し緑士の女パイロットに感謝した。落ち着きを取り戻し始めたところで機体を立ち上がらせた。向きがよかったらしく白い機構人の姿をハッチの無いコックピットから見ることができた。
なんと言うべきか、綺麗だ。それ以外に思いつく言葉がない。でも、なぜだろうか。頭部の人間でいう顔にあたる部分に装飾された二本の青いラインがバイザーを横断しているせいでどこか泣いているように見える。
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深呼吸をしてから朝比は現状を把握するため白式の向きを緊急用ボートへと向ける。どうやら横転しているボートは無いようだ。巨人と怪物の攻防があったというのに横転しないのは作りがいいのか運がいいのか。正直なところ分からない。だが、それでも安心した。
背後のリンへと視線を向ける。無表情。それ以外に指し示す言葉が無かった。もっとも会った時からそうだったのでそれほど気にしなかった。
「怪我とかしてない?」
「うん。朝比は?」
朝比は鼻血が出ていることをすっかり忘れてしまっていた。当然と言えば当然だが、まるで脚から血を流しているかのように錯覚してしまうほどの量の鼻血が付着していた。転科前に制服をクリーニングに出さなければいけなくなってしまった。
「これ怒られるかな?」
「分からない。それより」
リンが真っ直ぐ朝比の目を見て「お疲れ様、朝比」と今まで見せなかったとびっきりの笑顔を見せてくれた。
朝比は返答しようと口を開けた瞬間、昇天した。と言うより機構人のデータや操縦方法の全てが一気に頭に流れ込み、その後の死闘で張り詰めた空気と緊張の反動で気絶してしまったのだ。
機体はパイロットが意識を失ったからか、光り輝き消えてしまった。
朝比達は一番近くにあった連絡船の残骸にワープする形で降り立った。最も朝比は気絶してしまっているためリンの膝枕で眠ってしまっている子どもの様になってしまっていた。
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