第6話
第六話
見たこともないコックピット。
朝比は機構人の掌の上で気絶している少女を全天周囲モニター越しに見ながらシートに座っていた。
リンはシートの人一人が入れるかどうかの隙間に綺麗におさまっていた。
それはもう見るからに窮屈そうだった。
何が起こったのか理解する前に、今まで実習や授業で使ったシミュレーターのどのコックピットとも違うその場所に驚愕した。
いつも握っている操縦桿は横向きに設置されている。それでバーニアの出力も同時に操作が出来るからだ。しかし、この機構人のそれは縦向きに設置されている。操縦桿自体のボタンは人間の指に合わせているのか五つあり、他にもいくつかある程度だ。さらに股に挟まれるように小型モニターが設置され、その周辺には計器類が備えられている。
「これって新型なのか?」
「違う。これ、朝比の、機体。ずっと前から、あった」
「どういう――」
ピーピーピー。
危険を示すアラートが鳴った。
「なんだ⁉」
朝比は溜まらず声を出す。
連絡船で嫌と言うほど聴いた警報。そのせいでそれに対する恐怖心が植え付けられていた。
「ど、どうしたら……」
朝比は困惑する。
モニターは全天周囲モニターになっているため、まるで自分たちが浮いているように見える。それとは別に小型モニターに文字が浮かび上がる。
『生体認証完了。東雲朝比、これよりデータを送ります』
それを目で読み上げた瞬間、タイミングよく身体中に激痛が走った。
「あッあああああ! ぐッああああああああ‼」
朝比は余りの苦痛に涙や呻き声を上げてしまう。同時に頭に血が上ってしまっているからか、鼻血が大量に出てくる。苦痛を和らげるためか、いつの間にか操縦桿を強く握り締め、歯を食いしばっていた。
背後でリンが心配そうにこちらを見ているのが分かる。しかし、朝比の頭の中では凄まじい事が起きていた。
機構人の操縦方法、データ、性能、そして名前が濁流のように流れ込んでくる。
「やれ……る……のか?」
誰に問うたのか、それとも独り言だったのか、先程まで苦しんでいた朝比が口を開ける。
流れていた鼻血が口の中に入ったせいで鉄の味がする。
それでやっと我に返った。
「いくぞ『
そう叫んだとき『白式』と呼ばれたその機体は息を吹き返したように立ち上がる。
全長約八メートル。白い装甲を身に纏った巨人。黄色い
しかし、どうしてだか頭に流れてきたデータの姿とは細部が異なっている。
だが、今はそんなことを気にしている暇はない。
頭部の黄緑色のバイザーがピンッと音を立てて発光する。起動の合図だ。
コックピット内にいる朝比達には分からないが、救援に来た緑の機構人のパイロットがそれを確認したのか通信が入る。
『待て、そこの機体!』
機構人同士の無線は『メモリー』のお蔭で使えるようになっている。
音声だけだが、声質で女だとすぐに分かった。
「僕がこのヤマアラシを
『君はどこの所属だ!』
「狭間学園パイロット科の東雲朝比です! それじゃ‼」
応えるのと同時に白式は近くのボートにきよこを下ろし、朝比の操作通りに海面上を駆け出した。
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一方的に通信を切られた緑の機構人『
立ち上がろうと必死にバーニアを吹かしていたが、直後に人間の腕に似た腕部を生やしたMCの攻撃を受けてしまっていた。そして、それが運悪くコックピットに直撃したらしく、コックピットハッチが吹き飛んだのが見えた。
瑪瑙は獣のように吠えながら緑士を突進させる。
MCは寸でのところで後方へ跳んだが、緑士の胸部に搭載された四門のバルカンによって蜂の巣にされた。と言っても、全て貫通したのではなく、内部で弾が残る形になった。
それでも時間稼ぎにはなった。
すぐさまアップル7の機体のコックピット内を確認した。ハッチが無い分、簡単に確認することが出来た。
「そ、そんな……」
コックピットには赤い液体が少量付着しているだけで人間の姿は無かった。
「この野郎!」
女性でありながら汚い言葉を発したが、それすらも眼中にない緑士は、両肩からビームシールドを発生させ、バーニアと各部スラスターを全開にして突っ込んでいく。
さらに機体をドリルのように回転させ、緑色の機構人がビーム色である桃色のビームドリルへと変貌する。
憤怒に任せた回避不可の攻撃。
アップル7を殺したMCは避けることすら許されず、緑士の回転突撃攻撃によって頭部と背部を溶断された。
まるで通り道が出来たかのようにMCの身体には、ぽっかりと穴が空いていた。そして、糸の切れた人形のように倒れ、海に沈んでいった。
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緊急用ボートの近くで倒れ伏している機構人。そのコックピットハッチは失われていた。
それを見た南雲健は手を固く握りしめた。そこには怒りに似た感覚とチャンスと思ってしまう自分がいた。我ながら最低だと思う。
隣にいる麻衣もそれに気付いたのか「行くんですか?」とどこか寂しそうに問う。
「まあ、行かなきゃマズイだろうな。あの白い機構人がどんなのか分かんねェけど、このまま黙って死ぬのは嫌だし」
「なら初見の機構人の動かし方って分かりますか?」
そう問われると微妙だ。
正直言うと分からない。
「まさか……っ!」
「私も行きます」
言い切った麻衣が緊急用ボートから海に飛び込んでしまった。
健も釣られて飛び込む。泳いで届く距離までボートが近づいていたからだ。
他に乗っていた民間人には「気にせず逃げてくれ」と言っておいた。もっとも、こんな状況だ。言わなくても勝手に逃げてくれるだろうが。
最初に機体に辿り着いたのは健だ。これは男女だからできる差と健がこういった訓練を月で受けていたからだ。
「無茶すんなよ」
「ご、ごめんなさい」
麻衣は苦笑してから言った。
コックピットハッチが無いため侵入するのは容易だった。コックピット内には少し血が付着していた。
健は麻衣の身体が少し震えたのを視界の端で捕えた。
「大丈夫か?」
「はい。それより早く起動させないと」
そう言って麻衣はコックピットに入り込む。システムは生きているらしく、麻衣が機体各所をチェックするためのキーボード取り出し、まるで残像をまとったかのように手慣れた手つきで操作し、沈黙していた機体を瞬く間に起動させた。
麻衣がシートを譲り健が座る。
健が月から運んだ黒い機構人『
「操縦桿が横向きって初めてなんだよな」
「そうなんですか?」
「ああ。月の機構人はだいたい縦向きなんだ。でも、何となく分かった。しっかり掴まっていろよ!」
視界の悪さはお世辞でも最悪と言ってしまいそうなくらい酷い。モニターが全て死んでいるのもあるが、ハッチが無い分、今、二人が見ているのはモニター越しに映る景色ではなく、本物だ。ハッチがあった場所から見える景色だけだ。だから潮風も容赦なく入って来る。
しかし、健はそんなことを気にすることなく機体を駆る。
モニターが無い上に周辺には緊急用ボートがうようよいるため、照準を合わせられない射撃武器は一切使えない。間違えて当たってしまったらと思うとゾッとする。
つまり、使える武器は実体剣しかない。
「どれくらい切れるんだッ!」
健の駆る灰色の量産機『グレイブ』が実体剣を抜刀し、緑士が倒したMCの後方にいる四足歩行型のMCに斬り掛かる。
だが、カンッ! と甲高い音を響かせて頭部に生えた巨大な一角で弾き返されてしまった。
グレイブは尻餅をつきそうになったところで背部バーニアを吹かして、機体を立て直す。どうやら相手の武器と言えるものは巨大な一角だけのようだ。イメージするならサイを機構人サイズまで巨大化させた化け物だ。
健はMCとの距離を目視で測りながら次の動作を考える。
長期戦の見込みなんて聞かなくても分かる。この機体の状況で健が出した答えは酷くシンプルかつ繊細なことだった。
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狭間学園の機構人がサイに似たMCと戦っている。
朝比は全天周囲モニターで確認するや、すぐに目の前のヤマアラシに似たMCへと視線を戻す。
「朝比、武器は剣だけ」
背後でリンが呟く。
「分かってる。相手のタイプを考えると不利かもしれない。でも、あれを
そう言って朝比は、機体の背部にあるバーニアの出力を一気に上げる。それで生じる驚異的なGが背後で立っているリンの華奢な身体を苦しめる。その呻き声を聴いた朝比は咄嗟にバーニアの出力を最低限の回避行動が取れるレベルまで落とした。
だが、それでもまだ少女を苦しめることになってしまう。
(仕方ない。このまま斬る!)
朝比はモニターに向き直る。そして驚愕した。ヤマアラシに似た怪物の槍の山がこちらに向けられていたのだ。
白式は咄嗟に右肩に搭載されたバーニアを吹かして、いち早くその場から逃れた。しかし、朝比が思っていた以上に出力が高かったらしく、横から殴られたように機体はバランスを崩して転げそうになってしまう。だが、自動姿勢制御システムによってどうにか膝をつくだけですんだ。
なんとも
機体の頭部より少し上を巨大な槍が数本通過していったのだ。
朝比は余りの恐怖で失禁してしまいそうになる。
すぐに機体を立て直して、腰部背面に装備された二本の柄を引き抜く。すると、その先からビームで出来た刃が出力される。
初めて乗る機体で初めて使う二刀流。我ながら馬鹿だと思うが、致し方ない。
「連射は五発が限界、それから数秒のタイムラグ。今がチャンスだ!」
朝比は白式を駆る。
瞬間的にバーニアと各部スラスターの出力を最大にし、白い疾風となってMCを通り過ぎる。それと同時に頭部と四本足の一本が宙を舞った。
悲鳴をあげる暇も無かったせいで、その場には波の音とそれらが海面に落ちる音しかしなかった。
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