第5話
MCの数は三体。
しかし、この連絡船には狭間学園の生徒が朝比達以外にいても、機構人は一機もない。
パイロットのいない機構人があればスペックはどうあれ囮役にはなれるのだが。
南雲健は思考を巡らせこの危機的状況を打開しようとする。
「きよこォ! 何処に行ったのォ!」
我先にと混雑する甲板の中、健はその声が耳に入り我に返った。
驚いたことに健よりも先に、朝比の方が声を上げている母親らしき人物に駆け寄っていた。
「どうしたんですか?」
「きよこが! きよこがいないんです! 廊下の辺りで……人混みに呑まれて……それから……」
ついに母親は泣きだしてしまった。
そんな母親とは対照的に朝比は冷静に話し掛ける。
「子どもの名前と服装を」
「え?」
「教えて下さい」
母親は目を見開いてから必死に口を開ける。
「花上きよこ、髪は黒色で肩の辺りまで伸びています。服は赤いワンピースです」
「分かりました。お母さんは先にボートに乗って下さい。娘さんは僕が必ず助けますから。約束します」
朝比はそう言ってから隣にいるリンを見て「お母さんを頼む」と言いその場を後にしようとした。
リンはコクンと頷いて母親へそっと手を差し伸べる。
「おい! 朝比‼」
「健くん、お願いがある。リンとお母さんのこと頼む」
「
健は朝比が勘違いするような言い方をしたせいで思わず驚いてしまった。
――まさか、いきなり婚約した訳じゃないよな。
そんなことは
「見ろ、あれ! 機構人だぞ‼」
「ホントだ! 俺達を助けに来てくれたんだ!」
乗客の何人かがそう呟いた。釣られて健たちもそれを見る。
灰色の機構人と緑色の機構人。
健にはその機体に見覚えがあった。
地球に降下した時にMCを撃退後、近づいてきた機構人だ。これなら少なからず時間稼ぎにはなるだろう。
「麻衣ちゃん、あの機体知ってる?」
急な質問に驚いたのか麻衣の身体が震える。
「はい。緑の機体が浅利瑪瑙隊長の『
「後方支援のつもりなのか? いや、それにしても複数機で動く前提の動きじゃない。なんて言うか動きが悪いな」
健の言いたいことを理解した麻衣は量産機の方に目をやる。海面を滑走させたいのは分かるが、いかんせん安定しない。
量産機であるグレイブは足だけ先走ってバナナの皮を踏んで滑ったかのように海面に転げてしまう。パイロットの技量が一目でわかってしまう瞬間だ。
「下手ですね」
「新米なんじゃねェのか?」
「あり得ますね。確か浅利隊は昨日と今日は演習のはず。多分パイロットは新人だと思います」
それを聞いてますます健の量産機の見る目が変わってしまう。
つまり、瞬殺もあり得る。
そして、予想通りの事態が起きた。
量産機はMCの巨大な人間の腕に似た腕部に殴り飛ばされ、海面に叩きつけられた。そのせいで激しく荒々しい波が起き、いくつかの緊急用ボートが転覆しかけてしまっていた。
もちろん、連絡船の船体も例外なく揺れる。
転覆しなかったのが幸いだった。
健は呆れて何も言えなかった。その隣では麻衣が必死に揺れに耐えている。
「っち、あともう少し近かったら乗り込めたのに」
麻衣は健のその発言に信じられないものを見るかのような目で見つめた。
次の瞬間、ドゴン! と、またしても連絡船にMCの攻撃が直撃した。自分の目で見てようやく健は理解できた。
先程から連絡船を攻撃していたのは、背中からミサイルの様な針とも言えない、むしろ槍のような物を何本も生やしたMCだった。全体的に見るとヤマアラシに似ている。
つまり、ヤマアラシのようなMCを倒さなければあと数発で連絡船は沈んでしまう。
健は緑の機構人『緑士』に微かな希望を抱いた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
連絡船の廊下で見失った、あの母親はそう言っていた。
あれだけの人混みだ。正直見付かるかどうか分からない。船内は赤いランプと警報が鳴り響いて耳を塞ぎたくなるほどだ。
そんな中を朝比は駆け抜ける。見ず知らずの子供を助けるために。
「どこだ、きよこちゃーん! 返事してくれ! きよこちゃーん‼」
「うるっさい!」
突如、朝比の背中に強い衝撃が走り倒れてしまった。幸いにも廊下には乗客の荷物らしきものが散乱していたため、クッション代わりになってくれた。
朝比は急いで起き上がり振り返ると、そこには黒い髪を肩まで伸ばして、赤いワンピースを着た小学生くらいの少女が立っていた。
眼つきの悪いコ。それが朝比の抱いた第一印象だ。
「君がきよこちゃん?」
「そうだけど。何? お母さんにでも頼まれた?」
「口も悪いのか」
「お姉さんて男? 女? 分かりにくい顔してるわね」
頭の中で何かが切れる音がした。
小学生相手に怒るなんて、と朝比は自分の未熟さに呆れてしまう他なかった。
「早く出よ?」
「うん。そうする。『メモリー』も見つけたことだし」
「え?」
「こう見えても私は狭間学園のパイロット科の生徒なのよ。驚いた?」
きよこは容姿に似合わないほどのドヤ顔をかまして見せる。
ドガッ‼
これで何回目かも分からない轟音と共に船体が大きく揺れた。
「ホントに沈むかも」
「そうみたいね」
二人は急いで甲板に出ると緊急用ボートがどこにも無かった。あるのは波で流されているものだけだった。
「そ、そんな。でも……仕方ないか」
「朝比、遅い」
「……リンッ⁉」
自分の見ている光景を信じることができなかった。甲板に一人ポツンと立っている少女の姿がそこにはあった。
「なんで残って……?」
「朝比、待ってた」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて」
リンはキョトンとした表情で朝比を見つめる。
『まだ残っていたのか!』
緑の機構人のパイロットが朝比達の方を見て怒鳴った。だが、それと同時に機体の背後からミサイルの様な槍が三本も向かってくるのが見えた。
「後ろ!」
朝比は聞こえるかも分からないのに声を張り上げて叫んだ。
その叫びが届いたのか、三本の槍のうち二本は緑の機構人が肩から発生させたビームシールドによって防がれた。しかし、残りの一本は連絡船に直撃してしまった。そして、ついに船体が真っ二つに折れて沈み始める。
まるで滑り台のように甲板が傾いていき、朝比は落下しまいと両脚に踏ん張りを利かせるが、甲板は瞬く間に九十度近く傾いてしまい、容赦なく三人の身体を海へと
このままだと海に落ちてしまう。
朝比の斜め前には踏ん張ることが出来ず、自由落下していくきよこの姿があった。
「きよこちゃん!」
反応が無い。気絶しているのだ。
「クソ!」
朝比はリンの手を引っ張りながら、急斜面になった甲板を半ば強引に走りだし、落下していくきよこを空中でキャッチする。
しかし、その頃には海面寸前だった。今の速さで海面に叩きつけられたら、ただでは済まないだろう。
人一人がクッションになればリンときよこだけは助かるはず。
朝比は死を覚悟したのか固く目を閉じる。
「大丈夫」
そう呟いたのはリンだ。
反射的に朝比が目を開けると、そこは機構人のコックピットの中だった。
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