第4話
第四話
カモメの鳴き声、連絡船の汽笛、波の音、子どもたちのはしゃぐ声、色々な音が集まる狭間町の港。
そこにある意味で目立つ二人組が乗船していた。
二人が乗船したのは狭間学園のパイロット科がある学園島に向かうための連絡船だ。もっともその近くにある港にも着港するということもあって民間人も多数乗船している。
「そこの君達、パスの提示を」
警備員に呼び止められた。いかにもと言わんばかりに怪しい物を見るかのような目で見てくる。
銀髪の少年――
そして、それに納得してしまう自分たちにも呆れてしまう。
「あれ?」
「どうしたの?」
健がズボンのポケットの中を漁りながら慌て始める。
まさか、と言わんばかりに朝比は心配そうに健を見つめる。
「なんつって」
健は笑いながらポケットからパスを取り出す。すると警備員はともかく、朝比の目の奥にメラメラと燃える憤怒の炎が見えた気がした。
二人がパスを提示する。
「こ、これは失礼しました! パイロット科の方々でしたか‼」
警備員は慌てふためきながら堅苦しい敬礼をして、二人を船の居住区まで案内した。その途中でも何度かパスの提示を命じられて、見せる度に「荷物を持ちます」や部屋まで案内しようとする者までいた。
しかし、二人は断り続けてやっと居住区に辿り着けた。
二人はまだパイロット科の正式な生徒ではない。加えて朝比も健と同様に冒険心をくすぐられているのかワクワクしながら船の中を歩いているため、荷物などは自分で持ちたかったのだ。
「俺あっちだから」
「うん。後でね」
健とはそれぞれ別れる形になってしまった。
自分の部屋を探すのは意外と簡単だった。
朝比は思ったよりも早く着いてしまい、部屋の半分を占めている大きなベッドに荷物を投げつけた。
すると「ふにゃ!」とベッドから女の子の声が聞こえた。それも今まで聞いたことのない可愛い猫のような声だ。
「だ、誰!」
「名乗る時、自分から、礼儀」
黒い髪はクシャクシャで先程まで眠っていたからか目が半開きになっている。顔立ちは自分と同じ東洋人に似ていて、正直に言うと可愛かったりする。
加えてベッドの毛布を被るようにはしているが、その下には何も着ていないことが容易に分かってしまった。そして、朝比は分かってしまった自分を殴ってやりたい気持ちになった。
「東雲朝比だけど君は?」
「リン」
それだけだった。名字なのか名前なのかミドルネームかも言わない。
『リン』と呼べ、と言うことなのだろうか。朝比は少し戸惑い始める。
「ここ、朝比の部屋?」
いきなり呼び捨てだ。
朝比は余りの無防備すぎる格好に頭を掻きながら壁に目をやっていた。
「ああ、そうだけど……って……」
朝比がリンの方を見直すと先程と同じように眠りについていた。
どういうことかさっぱりわからない。
密航者では無さそうだし。
そう思ったのは、彼女の狭間学園の制服が無造作に床に捨てられていたからだ。
「このままここに放置していてもいいのかな」
かと言って健まで巻き込む訳にもいかないため、仕方なく部屋に残ることにした。
船の出港を指し示す汽笛が鳴った。
リンはそれが耳障りだったのか、苦しそうに呻き声を上げながら腕をパタパタと振り回している。
そのせいで毛布が下がり彼女の裸体が視界に入りそうになった。
寸前のところで朝比は目を逸らし、男として、いや、人間としてやってはいけないことを何とか免れた。
「頼むから起きてよ」
「無理。久々の睡眠。逃したら、もう眠れない、かも、しれない」
朝比は妙な口調に首を傾げる。しかし、それとは別に独り言を返答されたことに驚きを隠せない。
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最初は七人、仲間がいた。
でも、今は二人だけ。
追ってくるMCはもういない。センサーにも電波障害の反応はない。もちろん、味方の反応も。
残ったアップルセブンの少年は帰路の途中まですすり泣いていた。
「どうして演習場にMCが……」
隊長である浅利瑪瑙は戦闘中においてもこの言葉を発していた。
通信は常時オンにしているためアップル7にもこの声が聞こえていた。
『ありえるんですか? 絶対安全圏に現れるなんて』
絶対安全圏。
その言葉の通りMC達がなぜかそこだけは現れない不思議な場所。
しかし、今回はそこで瑪瑙達は襲撃を受けたのだ。
「現にそうなってしまったんだ」
瑪瑙は自分の無力さを噛み締めながら一刻も早く学園島へ戻るため機体を駆る。
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結局、朝比は健と一緒に船の中を探検することが出来なくなり、健への言い訳を考えていた。
「気分が悪いとか言ったら多分、無理にでも入ってくるだろうし、そうなったらどう説明したらいいんだ」
狭間港から出港してもう十数分経つ。
本来なら健が来てもおかしくないのに一向に現れない。ノックの音かと思ったら廊下を歩いている他の狭間学園の生徒だったりする。
「もしかして健くんの方も同じことが起こってたりして……」
朝比は今も気持ちよさそうにベッドで眠っているリンを見やる。
「どうせなら下着くらい着といて欲しかった」
「仕方ない。ベッド、目の前にして、黙っている奴、おかしい」
また微妙な片言。
って言うか起きてたのか! と朝比は突っ込みたくなったが喉元で押さえることができた。そんな彼を無視してリンは続ける。
「来る。数は分からない。けど……」
そこでリンの言葉が止まった。
いや、そうせざるを得ない状況になってしまったからだ。
リンが言いたかったのはこうだ。
「けど、もう攻撃される」
ドン! と何かに撃たれたような轟音と強い衝撃が連絡船を襲った。そのせいで船体が大きく傾いてしまい朝比の小さな身体は部屋の壁に叩きつけられてしまった。
リンは攻撃されるのを知っていたからかベッドのシーツと布団にしがみついて耐えていた。
部屋の天井に取り付けられているスピーカーから警報と警告が流れている。
どうやら緊急用ボートで脱出するようだ。
「リン! 早く服を着て‼」
朝比が振り返り叫ぶように言うと、すでに着替えを終えたリンが目の前にいた。朝比は余りに急なことだったので「きゃー!」と漫画の女の子のような叫び声を上げてしまった。
リンは特に気にしていないらしく朝比の手をそっと握る。
「早く出る。この船、沈む。今の朝比、すぐ死ぬ」
「そりゃただの人間がMCに勝てる訳ないよ」
「ただの人間?」
「……ッ!」
ボン、ボン!
またしても轟音が鳴り響き船体を大きく揺らした。
リンの言う通り本当にこの船は沈むかもしれない。
「大丈夫。まだ沈まない」
リンの予知をしているかのような言い方が気になって仕方がないが、それを訊いている暇もない。
朝比は自分の手を握るリンの手を握り返し、自室の扉を開ける。すると、そこはまるで蟻の大群が大行列を作って進んでいるように群がっていた。余りに衝撃的だったので「うわっ」と言ってしまった。
しかし、この波を逆らってこちらに向かってくる人影がある。
銀髪の髪だけでも目立つのに、その整った顔立ちと容姿のせいでさらに目立っているが、今のこの状況下ではそれも虚しく消え失せてしまう。
よく見てみるとその背後にはもう一人の茶髪の歳がさほど離れていないような女の子だいた。
「健くん、なんでこっちに」
何とか健と茶髪の女の子は朝比の部屋に入り込み、混乱が流れ込まないように一度扉を閉める。
「脱出するのに友達がいないとか悲しいだろ?」
健は苦笑しながら言う。
「早く甲板に上がらないと」
健の背後に隠れている女の子が言った。
こんな悠長に話していられるほどの余裕は無い。
「取り敢えず、甲ぱッ‼」
ディン! ゴゴゴッ!
また船体が大きく揺れた。
そのせいで廊下の逃げ惑う人達がまた一人また一人とドミノ倒しのように倒れていくのが悲鳴と物音で分かった。
「ホントに不味いな」
「うん。健くんの言う通り、この通路じゃ最悪甲板に上がる前に沈められるかも」
「朝比的に何か考えがあるのか?」
「無い、とも言えない」
健は朝比の曖昧な返答にキョトンとした表情を浮かべる。
「窓から外に出られないかな? 非常口みたいなのは無いけど部屋の近くに階段があったと思う」
「なるほど。それなら……」
朝比の言った通り、窓を開ければ真下とまではいかないが、すぐそこに階段があった。しかし、飛び降りるにしても高さがある。
朝比と健はお互いの顔を見合わせ、お互いの考えを理解し迅速に行動に移す。カーテンを取り外し端と端を括り付けて、それでも足りない分をベッドのシーツやクローゼットの中にあった予め用意されていたタオルなどを括り付けてロープ代わりにする。
朝比はベッドのシーツを破っている時に悲しい表情を浮かべるリンを見て、少々申し訳ない気持ちになった。
「よし、これで降りるぞ。麻衣ちゃん、怖いと思うけど頑張って」
「だ、大丈夫です」
麻衣ちゃん、と言われた少女は、急ごしらえのロープを伝って降りていく。それに続いて健、リン、朝比の順に降りていく。
幸運にも降りている間にMCからの攻撃は無かった。そして、またまた幸運にも階段は甲板に直接通じていた。
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ピーピーピー、と危険を示すアラートが鳴った。
浅利瑪瑙とアップルセブンはセンサーを見て驚愕した。
『た、隊長! これって……』
「連絡船が襲われてやがる。しかも非武装の」
真実か偽りかは分からないが、MCは非武装の船や飛行機を襲わない。そんな説がある。記録自体も残っているためこれが真実だと世間は思っている。
おそらく、今回が初なんじゃないか。
瑪瑙は密かに考えた。
「救助に向かう」
『了解。今度こそ奴等を倒してやる!』
アップルセブンの声には気合いと殺気に溢れている。しかし、彼の操縦の腕前を知っている瑪瑙にはそうはさせまいと心のなかで誓った。
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甲板に上がっても人が溢れていた。緊急用ボートの数は充分あるようだが安心は出来ない。
朝比は乗客の他にもう一つの海に浮かぶ生命体を見やる。
魚の様な背びれを生やし、人間の腕に似たようなものも生やした三匹の怪物。それぞれがそれぞれの特徴を持っており、全く別の姿をしている。写真以外で見るのは久しぶりだ。
「MC。父さんと母さんを殺した怪物」
「どうしたの?」
リンの問いに朝比は答えなかった。いや、答えられなかった。
口を開くより拳を握る力の方が強かった。
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