第3話
第三話
地球では通信機が使えない。これはこの世界で当たり前のことだ。しかしそれは普通の通信機を使っての話だ。
特殊なUSBメモリー型のカプセル。通称『メモリー』と呼ばれているものを通信機に差し込めば、使えなくなったはずの通信機は使えるようになる。
これは人類の希望である『機構人』が持つもう一つの希望だ。
しかし、メモリーの量産にはとてつもなくコストが掛かるため民間人に配ることが出来ない。
狭間学園宇宙科の通信施設。その一室は暗く唯一の明かり元は一台だけ立ち上げられたPCの液晶画面だけだ。
時刻は深夜二時。普通ならすでに眠っている時間だ。
それなのにただ一人ポツンと画面を見ている少女がいる。
『あー、あーあー。聞こえてっか?』
待ちに待った通信が来た。
「聞こえていますよ、狭間学園パイロット科の
美琴は溢れ出る幸喜を声に出さない様に冷静に応える。
『この時間でないと怪しまれるって言われたからこの時間に連絡してるけどさ。ホントに意味あるのか?』
南雲健が通信機の向こうで唸りながら疑い深く聞く。
「そりゃあ、子どもの私等がやってることって軍がしていることと同じだからね。仕方ないんじゃない?」
美琴は折角繋がった通信にも関わらず面倒臭そうに応える。
この二人は元は普通の月にある中学校に通っていた。しかし、中学一年生の時点ですでに年相応とは思えないほどの操縦技術と判断力を持っていたため、狭間学園にスカウトされる形で狭間学園中等部に転入した。以後は機構人の訓練や学生として勉学に励んでいた。
『空路を確保すれば直接学園島に行けたのにな』
「はいはい。文句言わないの」
健は不貞腐れたように言うが、美琴は軽くあしらう。
『明日、狭間学園パイロット科へ転科する』
「了解」
『ってか。本当に孤島に学校があるんだな。地球って凄いな! 月はコロニーで区画ごとに分かれてるのに、ここは自然をそのまま使って施設を作ってるぞ!』
「そうだね。でも、それは元々地球の環境が人間に適合しているからなんじゃない? 月はそもそも人間が暮らせる所じゃないし。それを住めるようにした人間は偉大だと思うけど」
美琴はどこか皮肉気に応える。
発展し過ぎた力が争いを生み、そして、MCが現れた。おまけに地球軍と月軍が戦争をしていた当時の武器ではMCに対抗することが出来なかった。本当に人間というものは愚かな存在だ
『そンなにひねくれンなよ。お前も降りてきたら分かるって』
「はいはい」
美琴はつまらなそうに答える。
『どうした?』
「えっと、その……じ、重力ってどんな感じ?」
美琴が言葉を絞り出すと通信機の向こうからクスッと笑い声が聞こえた。
『コロニーと一緒だよ。あ、そうだ!』
「何?」
『昔の友人に会った』
「昔って……地球に住んでた時の?」
『そうそう。相変わらず可愛い奴でさ』
「は? かわいい? 女?」
美琴は憤りを露わにしながら液晶画面を睨み付ける。
「アンタ、私が降りてきたら覚悟しなさいよ」
美琴は殺気を込めた冷徹な声で吐き捨てるように言って一方的に通信を切った。
PC画面には『通信終了』と文字が出力されている。
美琴はそっと画面に手を当ててから、今にも液晶画面を殴り飛ばしたい気持ちを押さえてPCの電源を落とし部屋を後にした。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
窓から差し込む日光が眩しい。
本来なら学校に登校しなければならないのだが、今日だけはパイロット科に向かうという重要な事柄があるため、休むことになっている。
朝比は日頃から少々寝坊気味な所があった。そのせいか昨夜は不安で眠りにつくのに時間が掛かってしまった。
しかし、時刻は八時。
いつも通りの時間に起きることが出来た。つまり、学校があったら確実に遅刻していた。
「あと四時間か。健くんが来るのは十時だから、まだ余裕あるな」
荷物の確認は健と二人で昨晩行ってしまって正直することがない。
ボーっとしているのも嫌なので取り敢えずベランダから外を見ることにした。
「やっぱり学校あるんだよなあ」
「なんだ、もう起きてたのか?」
隣のベランダから聞き覚えのある声が聞こえた。
「健くんもね」
南雲健の部屋は朝比の隣だったのだ。
健は空き部屋に入る時に、もし全ての部屋が埋まっていたらどうするつもりだったのだろうか、と思ったが、すぐに考えるのを止めた。
「ちょっとそっちに行っていいか?」
「うん。僕も言おうと思ってた」
そうして健が荷物を持って朝比の部屋にやって来る。
予定よりも早くことが進んでいき、結局時間を潰すために二人で他愛もない会話をすることになった。
「健くんって機構人を操縦したことあるの?」
「ああ。宇宙科にもパイロット科みたいな授業があってな。普通に動かしてた。もちろん宇宙でも動かしたぞ。ずっと落ちてる感覚がして気持ち悪かったぞー」
「何それ。宇宙では乗りたくないかも」
「朝比は? ってあるに決まってるよな」
狭間学園は小、中、高、大とエスカレーター式の学校であり、地球の中では随一と言えるほど機構人を研究または軍に協力する形で開発、製造を行っている。
朝比がいたのは普通科だがパイロット科でなくてもそれは同じだ。
ただ授業と言う名の訓練の時間が短いだけだ。
「本物は二回。シミュレーターは五回かな」
「意外と少ないな」
朝比は苦笑しながら頷く。
健の言う通りいくら訓練の回数が少ないとは言え、少なすぎる。
「僕にも色々あるってことだよ」
「へえ……」
朝比は健の気のない返事に戸惑う。
「朝比は近距離戦と遠距離戦、どっちが得意なんだ?」
「近距離の方が得意かも、射撃もまあまあ当たるけど苦手っていうか……」
「狙って命を奪うのが嫌なのか? ちなみに俺も近距離が得意だぜ」
「そうかも。健くんは直接手を下して誰のせいにもしないタイプだからかな?」
朝比はニッコリと笑いながら言う。
「僕達って戦い方も性格に出るよね」
健も同じことを思ったのか頷く。
そして、二人とも大きく伸びをして床に寝転んだ。まだまだ暇な時間は残っている。
しかし、平凡な時間は確実に失われている。
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地球の三分の二以上を占める広大な海。
そして、そこを滑走する五機の人型ロボット。
全高約八メートルの特殊な鉱物を動力源とした鋼の鎧を身に纏った巨人。
『隊長! アップル4とアップル6が‼』
こんなはずじゃなかった。
まさか演習場に奴らが乱入して来るなんて思わなかった。
新人達が、今まで一緒に戦ってきた戦友が次々と無残な死を遂げている。
隊長である
コックピット内で瑪瑙は我に返り、センサーとメインモニターを確認する。
「各機、陣形を維持しつつ学園島に迎え」
瑪瑙の声が震えているのが分かった。それもそのはず。隊長ではあるが、高校三年の女子生徒なのだ。そして、隊員たちも高校二年生、あるいは、高校一年生なのだから。
「アップル3! 後ろだ‼」
『しまっ……!』
直後、アップル3のシグナルが消え、爆発音が広い海に響き渡った。
『このおおおおおおおおお!』
「よせっ!」
瑪瑙の静止の声も虚しくまた一機撃墜された。
『瑪瑙さん、アナタだけでも逃げて下さい!』
アップル7がそう言って飛び出した。彼は浅利隊の中で一番操縦が下手で年下だった。そんな彼が出した答えは、隊長である浅利瑪瑙の命を守ることだ。
「何を言っている!」
『このままだと全滅します! アップル2、隊長を頼みます』
それを最後にアップル7は通信を切った。
死ぬ気でどうにかなる相手ではない。自身の操縦技術ではどうしようもない。しかし、嘆いていても仕方がない。もう決めたのだから。
『残念でした。そっちが切っても隊長と副隊長の権限でいつでも繋げられンだよ』
副隊長であるアップル2の声が通信機から出力される。
アップル2の声は陽気そのものだが、機体はすでに左腕の肘から先がMCによって乱暴に食いちぎられている。その証拠に肘から先には何本かのケーブルが飛び出しスパークを起こしている。装甲の至る所には打撃を受けて凹み、歪み、
「アップル2!」
突如、激しい振動が機体を襲う。
先行していたアップル7の機体をアップル2の機体が引き払い、瑪瑙の機体の所まで吹っ飛ばしたのだ。
片腕が使えないのにも関わらず、この怪力だ。それでもMCには勝てない。
『瑪瑙ちゃんのこと頼んだぞ』
左腕を破損したアップル2の機構人とMCの激しい戦闘が繰り広げられ、その隙に瑪瑙とアップル7は学園島に向けて全速力で撤退することに成功した。その数分後にアップル2の信号がセンサーから消え失せた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
「そんじゃ、そろそろ行きますか」
「うん。ってまだ時間はたっぷりあるけどね」
「船の中とか探検しようぜ」
健はまるで幼い子どもの様に無邪気な笑みを浮かべて荷物を背負う。中身は船で二、三日過ごすかもしれないため、衣類と生徒手帳くらいだ。他の物はすでに学園島に輸送されている。
「この部屋ともこれでお別れかあ、なんか寂しい」
「そんなこと言ってたらパイロット科に行けねえぞ」
パイロット科。
東雲朝比と南雲健は今からそこへ行く。
健はその操縦技術を買われて、朝比はほぼ強制的に。
気持ちの違いだろうか、生まれる言葉も前向きなものと後ろ向きなものになってしまう。
「ごめん。もう行こっか」
そうして朝比は二度と開けることのない自室の扉を閉めた。
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