01-06 鉄壁のリリーフ陣②

「分が悪すぎる。作戦中止! 撤退地点へ移動!!」

「りょ、りょーかい!」


 かなぐり捨てるようにティーカップを叩きつけ、駆け出したリリスに追従して慌ててブコも動く。


 あの白光の巨人が排除対象あれによるものなのか別の者によるものなのか、はたまたどこぞの通りすがりの大賢者が気まぐれに召喚したのか、今はそんなことを考えている余裕は舌打ち程度の暇もなさそうだった。


 飛竜の次があるのならば、その次があってもおかしくはない。そして、その次も——。

 相手の手札がわからない状態では、すべての役は意味をなさない。ならば、すべてを置き去り、尻尾を巻いて今はただ死地キルゾーンから離脱フォールドするしかないのは自明。


 無論、リリスにとっては煮え湯を飲まされるような耐え難いものではあったが、その割り切りに近い判断力が彼女の窮地を幾度も救ってきたのも事実であった。


 歯噛みしながら、すばやくあばらになった城壁の上をつたい、撃墜された飛龍ドラゴンが墜落した西側城壁を目指した。


 歓声から一転、恐慌状態におちいった砦内からの悲鳴を背に受けながら、壁を打ち崩してもたれかかった飛龍の頭にたどり着くと、すかさず衣装を脱ぎ捨てる。そのまま衣装を滑り板代わりに敷くと、柔肌など簡単に裂いてしまう鱗の生え揃う向きに沿って首元から滑りおりた。


 一瞬、ブコの膨らんだ白眉が「へ」の字になったような気がしたが無視する。


 その間、二体目に起き上がった巨人が”投擲物”をつかんだ右腕を大きく振りかぶり、やや傾斜のついた上手投げスリークォーターの要領で


 、投げる。


「リリス! すっごい綺麗なフォームだよ!」

「知らんがな!!」


 悪態はすぐに爆音に掻き消えた。


 二投目もほぼ直線の放物線軌道のまま、塊を維持できず広範囲に降り注ぎ、一部は飛龍の鋼板のごとき鱗に抉り込み、さらに一部はすぐ背後の朽ちかけた城壁にめり込んで積み木を崩すかのように石垣を破壊する。


 さっきまで砦の門前でしゃがれた声で降伏勧告を叫んでいた使者のおっさんが、逃げおくれて右往左往していたところにも投擲物の一部が降り注ぎ、馬上のおっさんの怠惰な腹から上をスプーンですくったように抉った。


 飛竜の尾から転げるように着地したリリスは、すぐに辺りを見回し、


「あの馬に!」


 近くで半身を失ってしまった主におののいている馬にまたがると、もたつくブコを乱暴に前に乗せ、脇腹を蹴りあげ、砦の側面から光の巨人たちの位置から対局方向のなだらかな下り坂へ駆けだした。


 その頃には、一体目と三体目の巨人が次の投擲姿勢に移行していた。


「リリス、後ろからまだ!」


 第三波。


 一体目の巨人が、二投目を振りかぶって投げた。

 三体目の巨人は、姿勢を低くし左腕を腰よりも下にした下手投げアンダースローで投擲をしたところまでは後目しりめで確認できた。

 川面かわもを跳ねる小石のごとく藁草と荒屋あばらやを蹴散らし土を巻き上げながら、上下から挟み込むかたちで光の塊の群れが百馬身後方に迫る。


「馬なんて引っ張れば言うこと聞くんだから、多分!」

「そ、そんなことはないと思うよ!」


 後方を一瞥し、自身の進行すべき進路を見定める。


 手綱を短くもち、脚を入れ、左に引き、旋回し、頭上から降り注ぐ投擲物をすんででかわす。


 次いで、地上を強力な横回転スピンで滑空する投擲物の群れを、一段下った段差に入り込んで頭上にかわすと、馬のバランスが崩れる限界まで体勢を傾けて右折し、目前に降り注ぐ光の塊をあわや直撃というタイミングで躱した。


 その間も着弾して爆ぜた土と草の破片が全身にふりかかり、断末魔にも似た爆音が耳をつんざき、歯茎をむき出しにした馬が衝撃音にいななく。


「、ゆ……リリス」


 波状攻撃のインターバルに、ふりかかった土埃を振り払いながら、珍しく口で息をしているリリスの顎を見上げてブコが言う。


「嫌な予感がするんだけど、これはやっぱり……」


 柔肌が露出したリリスの胸の間に後頭部を埋める少年には性欲などないはずだが、なんとなく不愉快を感じつつも、その先を端的に答えた。


「狙いはかもしれない」


 白の巨人たちは砦ではなく明らかにこちらを狙っているようだった。

 その証左として、今は本来の標的である砦方向ではなく、その方向とは全く異なる”何もないはずのこちら”にしか投擲物が投げられていない。


「うわー、そっかー、そうだよねぇこれ。まいったなぁ」

排除対象者あれから情報ネタを引き出せなくなったのはムカつくけど、もし、あんなデカブツをあらかじめ用意してたってことなら、やり合うだけ損ね」


 あれだけ感情をむき出しにしたのにさ、と言いたげな表情をうつむき隠し、ブコは頭をポリポリと掻いてうんと唸る。


「ライウェルくんの仕業かな?」

「……さぁ。私の勘では排除対象者あれすら疑似餌えさじゃないかって思い始めてるところ」


 第四波を躱す。

 数回躱してわかった。こちらの陽動フェイントにも引っかかる程度には単純な狙いしかつけられていないようだ。さらに、巨人側からこちらの位置が見えなくなってきたのか狙いが荒くなっている。このまま行けば、逃げ切れるかもしれない。


「リリスの勘は体感で77%ぐらいあるからね。そうだとしたら——、いだっ」

「……」


 段差で舌を噛んだブコへのフォローを置いて、そのまま坂を駆け下っていくと、眼下に低い草木が生い茂る湿地が現れた。

 真っ只中を蛇が分断しているように蛇行する川があり、砦から伸びる行路との交差点には木製の橋がかかっている。川幅は雨後のためか広く、流れは早い。


 撤退ポイントは河川にかけられた人工物の架橋はし


 鞘は、河川にかけられた人工物の橋を渡ることで異世界から元の世界に帰還することができる。


 何故なのかはリリスもブコも詳しくは知らない。神話の類や民俗学的な考察をしたこともあるが、考えるだけ無益だと思ってそのままにしている。


 この人工物の橋は、リリスたちが待ち構えていた砦を挟んで丘陵からは反対側の位置にあり、狙撃ポイントからは3番めに近い。1番近い架橋は丘陵に面する場所にあり、当初撤退ポイントに想定していた2番目の架橋は、砦の落ち延びルートと合致していたため念のため避けた。


 架橋はまだそこにある。


——さすがに杞憂か。


 懸念していた事態にまでは至ってないことに一瞬、安堵する。

 が、その安堵はすぐさま鬨の声にかき消えた。


「リ、リリシュ……、やっぱり簡単には帰してくれなしゃそうだよ」


 突如、坂を挟む両側の崖から武装した騎兵団がなだれ込んできた。

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