01-05 鉄壁のリリーフ陣①

 やはり、頬杖の居心地が悪い。

 汗ばんだ肌にさわる微かな悪寒も不快だ。



 飴色の湯を舌でまさぐりながら、リリスはこの違和感の出どころを探っていた。


 あがってきた人物評価プロファイリングと実際の排除対象者あれの人物像がどうにも噛み合っていない気がするのだ。


 突如として出現した飛竜ドラゴン


 飛竜という性質が故に、その運用には相当な時間と入念な準備、組織化された育成チームと飛竜の個体に合わせた数年単位の緻密な育成思想を要する。


 カッコいいから、強そうだからと手懐けできるような代物ではない。


 そうして底穴が空いた桶のように金を垂れ流し、穴を埋めては掘るような反復の時間にシビレを切らした王侯貴族が飛竜の逆鱗に触れたなんていう話は、よく市井しせいの笑い話となっている。


 排除対象者あれは、そのような繊細な準備や辛抱とは正反対の性格であったと依頼時に流し読みした人物評価にあがっていた。たびたび熱くなっては回胴遊戯スロットとゲーム課金に散財し、ようやく始めた仕事も半年続いたことはなく、不平と批判をSNSで述べる大量のログが残っていた、とある。


 計画性とは程遠い。

 添えられていた報告者の付言と同様、他責傾向のある直情型の性格だと想定される。


 器が変わろうと人の根っこは変わらない。今までの経験からもそれを否定するほどの材料はなく、三つ子の魂は百どころか後世にまで影響するのだという残酷な帰納的事実がリリスの頭の中にはあった。


 そんな人間が、忍耐と繊細さを要する飛竜をこうまで調練して扱えるのだろうか。


 まだある。


 この辺鄙へんぴな小砦を陥落させるのに飛竜はあまりにも過剰なのだ。マッチの火を消火器で鎮火するようなオーバースペックである。何か示威しい行為やパフォーマンスなどと考えても行き過ぎとしか思えない。


 明らかに別の意思が見え透ける。


 とはいえ、大前提として。


 これらの事態については、対象者が飛竜を帯同していることを事前に察知できていなかった斥候せっこう班の不手際もあるだろう。


 情報は現地を知らない鞘にとっては万金に値すると言っていい。


 鞘が異世界で排除対象を討伐する際、何も情報を知らないままで遂行するということはほとんどない。

 人物情報や取り巻く情勢、保有する戦力、関係者の相関については、斥候班がまず異世界へ偵察に赴いて情報を収集し、精査したうえで依頼を受けた鞘に対して報告することとなっている。


 情報の精度については、今までリリス自体はそこまで大きな不満をもったこともなかったので、それなりに優秀で正確だったのだろうと思う。たまに明らかな誤謬ごびゅうはあったが、こちら側で無視または補足できる程度のものだった。


 ところが、今回は作戦の成否を分けるに十分な"火力"の報告がまったくなかった。

 飛竜を飼っているなんていうのは、比喩でもなんでもなく自宅に自家用ジェットを保管しているようなものなので、噂程度でも周囲に漏れ出ていない方がむしろおかしい。


 そんなものを感知できていなかったというのは、よほどの箝口令かんこうれいが敷かれていたか、よほどの任務に対する怠慢たいまんであって、何ならこちらが炎にまかれて焼け死んでいてもおかしくはなかった失態である。


 この帰責については、後でちゃんとこってり事情を聞くとして、並べられたこれらの現象繰り糸から浮かび上がってくるものが、おそらくリリスの欲しかったものである予感がする。


——操り人形マリオネットの背後にいる傀儡師パペッティア


 過剰ともいえる飛竜ドラゴンを予備戦力として用意していたのは、強力な襲撃者が現れることを予想していたから。

 そして、そんな飛竜を用意できていたのは、対象者とは別の人物があらかじめ明確な意図をもって計画をしていたから。

 さらに言えば、飛竜の存在をこの段階まで完璧に隠匿せしめ、威嚇や抑止という安直な手段にでなかったのは、襲撃相手への反撃ないし奇襲を狙っていたから。


 つまり、この世界の圧倒的強者である転生者を討つ者が現れるだろうことを予見していた何者かブレーンが排除対象者の側にいて画策していた可能性の示唆。



——とはいえ、鞘だという確信を持っていたというのは早計かしら。


 味わった湯を喉にゆっくりながしこみ、なびく横髪に指を絡めながら湯気立つティーカップに目線を落とす。


 異世界において、鞘の存在はお伽噺とぎばなしの類に近い。


 前触れもなく現れ、痕跡を残さず転生者を"無力化"し、消える。

 人々の間では、そんなことが起こったことすら認知されないこともあり、実体の伴わない誇大な与太話として歴史書の片隅や好事家こうずかの日記の余白に残されていく。


 本当にいるのかどうかすらわからず、稀に出てくる「鞘に出会った」という人間の話も、四方山よもやまの類として酒場の喧騒に消えていってしまうような、そんな噂の中にしかいない存在。


 仮に。


 そんな、「イルカの宇宙人が攻めてきた!!」と、同義に近い鞘の襲撃を予知し、もしも本気で対策をしていたということであれば——。


 それはリリスの期待を裏付けるピースではあるのだが、同時に、この思考迷路が導く解は、今、本能的に感じている違和感の源泉につながっているような気がしてならない。


 つまるところ、目的は——。


「それで、ライウェルくん、どうする?」


 かたわらで飴色の湯をおかわりさせようとするブコの声で我に返る。


「そうね。まずは首がちゃんと付いているのかを見に——」


 ニオイ。

 かすかな青臭い匂いが鼻にツンと触る。

 瞬時、その匂いが何かを想起させ、飛龍をゆう凌駕りょうがする薄ら寒さが全身を駆け抜けた。

 異常を感じ取ったブコが、すかさず相対する丘陵を再び見やる。


「…………!?」


 ほのぐらい夕暮れの彼方。ナニカ。


 西日もかげり夜の闇に呑まれ出した丘陵の稜線から、白い塊がゆっくりと起き上がっている。建物でいえばおそらく10層ほどの高さをもつは、人の形になると全身が淡く発光しはじめた。


 まるで——、荒彫りの巨人像。


 首から上には鞭のような触覚をもつ鳥の頭が生え、分厚い胴体には神話に登場する屈強な戦士像を思わせる膂力りょりょくをもった腕が生えている。


 さらに、それと同じものが1体——、いや2体、両脇から前屈の状態で起き上がっていた。リリスとブコが呆然と口を開けている間に、白に発光する巨人が3体、つい先ほどまで3万の軍勢が展開していた丘陵にならんで屹立きつりつしていた。 


 直後。


 一番最初に起き上がった真ん中の1体はおもむろに屈むと、遠く右往左往する赤い光の小さな粒たちをさらって掴みあげる。巨人はそれらを握り固めると、そのまま上手投げオーバースローの要領で拳を振り上げながら大きくふりかぶり、投


 げた。


「リリス、撤退を進言するよ」


 進言なんて珍しい、とリリスが思うよりも早く、”それ”はきた。

 「危ない」と言う間なんてものはほとんどなかった。


 白く光る投擲物とうてきぶつが浅い放物線を描き、とてつもない速度で伏せた頭上をギリギリにかすめていった。


 散弾のようにばらけた”投擲物”の一部は、リリスが今の今まで座っていた革張りの椅子と膵貫弓ライバー・ダウンを吹き飛ばし、軌道の先にある砦内の鐘楼を提げた矢倉を粉砕して、憔悴しょうすいした籠城兵が詰めている木造のほったて小屋を三軒ほど木っ端微塵にしていった。


 ホコリを全身に被りながら、これが違和感の正体か、とリリスは思う。


 次に頭をあげたときには、すでに他の巨人が足元の赤い光の粒をさらっているところだった。


 考える。

 手元の選択肢カードは限られていた。

 当然だ。まったく準備をしていないのだから。


 逃げるか、死ぬか、がんばって大怪我して死ぬか。


「—————っ!!!!!!」


 かたわらのリリスが今までで二番目に汚い言葉を吐き捨てるのを、もちろんブコは聞き逃さない。


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