01-04 転生者ゼッタイコロスマン④
それは、
玉鋼を想起される硬質の鱗に、獲物の内臓ごと引き裂く鋭利な爪、火砕流のごとき火炎を口腔から吐き出す様は、どの世界、どの時代、どの種から見ても畏怖の対象であった。
その怪物を軍事用に調練・調教し、騎乗する指示者によって緻密に機動できるようにした兵種を竜騎兵と呼ぶ。
空と陸を制する圧倒的暴力装置であり、誇張ではなく一騎で傾国をも適う戦略兵器である。
だが、実際問題。
運用するには膨大なコストと時間、育成・騎乗人材、莫大な飼料、広大な土地と清潔な環境、万金程度では入手困難な飛龍を雛から育てなければいけない上、
とはいえ、その嗜好が顕現していれば話はちがう。
まさか、そんな生物兵器を相手が隠し持って、あらかじめ戦場に同行させ、さらにはこの距離に伏せているという情報はもたらされていなかった。
完全なる想定外。
報告者に対してありったけの
まさに、薮をつついたら
千里を走る
この至近距離では"逃走"という選択肢はすでになく、もはや立ち向かうしか活路がない。リリスの咄嗟の正常な判断にブコは微笑を浮かべた。
命知らずの
飛び散る野鳥の影の半数が飛竜の怒号とその衝撃で螺旋を描がきながら急降下し、後方の砦内からは泣き言のようなどよめきと弱々しい警鐘が鳴り響き、砦の奥に引きこもっていた強面の貴族の股がわずかに濡れた。
リリスも微笑していた。
もちろん、それも見逃すブコではない。
「フフ、引きこもりの亀野郎にしてはオシリの引き締まる
矢継ぎ早。
飛竜の首元に備え付けられた鞍と
寸前まで野鳥の群れと同化するくらい遥か遠いはずだった影は、弓弦を引き絞る頃には編み込まれた
騎乗者の所属旗が判別できるぐらいまでの接近に至り、
ブコは再び叫んだ。
「飛龍の膵臓は胃の裏。2度上方だよ!」
リリスはかすかに眉根を寄せてから頷いて上唇を舐めた。
「……うっるさいわねー、わかってるわよ!」
淡いザラメの味がした。
指を滑らし、気を張り詰め、奥歯を噛み込み、くねらせるように上下に動く飛竜の顎下に見え隠れする腹部はもうすぐ近く。摂氏数千度と
軋み声をあげる弓の縦軸に目線を沿わせ、
引いて、まだ、引いて、引いて――、
射っ。
「……っ!」
抜けた。
高熱の風が身体中を駆け抜けた。
それはすぐに砂塵を含んだ温い風に変わった。
――
衝撃でブコの頭上のティーカップがカタリと音を立て、
飛竜の哀しく
砦内に籠って震える敗残兵達の頭上には、バリスタの直撃すら致命傷にならないと
まるで動力源を失った人形のように堕ちた。
そして、飛竜の口腔——、強力な推進力で喉から胃を貫き腹部に抉り込んだ矢は、どす黒い気炎の狼煙となって身体中から漏れ出て、彼方に展開する三万の敵軍に飛竜の撃墜と敗亡を報せる。
放たれた
背後の砦内からは歓声が沸き起こり、指笛と武具を打ち鳴らす音がひびく。
飛龍が巻き上げた気炎と砂埃が視界を一瞬暗くし、高所風が埃を吹き飛ばしたときには、遠くで破線だった赤い光たちが蜘蛛の子を散らしたようになっていた。
その光景を見ながら、リリスは汗ばんだ前髪をかきあげて、「ふぅ」と、さっきよりも浅い息を吐いて椅子に身体を預けた。
「名誉挽回ってことでいいかな?」
揉み手のブコが歯をみせて笑った表情をつくり、リリスの火照った顔を仰ぐ。
「ま、及第点ね」
「よかった!」
どこから取り出したのか頭のティーカップに飴色のお湯を注ぎ、ブコは勝利の献杯に見立ててリリスに手渡す。
頬杖をつきなあら湯気立つそれをズズリと口に含み、飴色のお湯を味わい、
そして思う。
胸に去来する違和感を。
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