01-03 転生者ゼッタイコロすマン③
——気づかれたか。
リリスが小さく舌打ちするのと同時。
真下の城門から降伏勧告の使命を帯びたおっさん使者が馬上で
衣類を勢いよく
大きく
その一筋は、丘陵の一際豪勢な将旗を目指して滑空し、今か今かと士気に
騎乗する”的”に直撃した。
丘の上で尖る光の塊が水を打ったように弾けた。
”的”はやにわに起こった衝撃をまともに喰らうと、もんどりうって後方に吹き飛び、寸でで発動が遅れた反転魔法の白い
この一瞬の出来事に、今の今まで盛んだった
衝撃音に遅れた空気の振動をびりりと柔肌に感じてから、リリスは肺に溜めていた空気をゆっくりと吐く。
「…………」
だが、その横顔はブコが期待していたようなものではなく、見たこともないぐらいに強張っていた。
「……リリス?」
おそるおそる呼びかけるが反応がない。
遥か向こうに噴き上がる砂塵。
その手前の宙にかすかに残った白の円紋様を睨む真剣な眼差しに、何か尋常ではないものを感じとったブコが次の言葉に
「……見た?」
ただその先を見据えたままのリリスがブコの戸惑いを察してか問いかける。
一拍置いて、その真意をようやく理解したブコのとりあえずの返答は、
「見たよ」だった。それ以上はここでは必要ないとブコは思った。
固く結んでいた口元はさっきまでの強張っていたものとは真逆、むしろ不敵と形容できるほどに綻んでいるのをブコはきちんと見逃さなかった。
嗜虐性を孕む笑みというのはこういうものなのだろうと、記憶に刷り込んでおくことにした。
スッと表情を取り戻すと、リリスは華奢な町娘のような細い腕を振り払いながら立腹気味に隣のブコの白眉を睨む。
「でも、手応えはなかったわね」
「あぁ、"そのこと"だけど……」
いまだに衝撃の残響が遠く轟く中で、的を観測する役割のブコは人差し指をこねながら言い淀む演技をすると、
「察しの通り、当たったのは頭……、だと思う」
と、期末テストの点数が悪かった子供のような顔で結果を報告する。
矢が膵臓ではなく頭に当たったのであれば、
つまり、正々堂々とした
「でも、魔力は消えたみたいだよ」
一方で、先ほどまで空気中にむせ返るかのごとく満ち満ちていたはずの魔力の匂いが、一瞬にして霧散してしまったところをみると
謂れ通りであるとすれば、放たれた矢は対象の体内に残存——、つまり少なくとも頭蓋を貫通ないしは突き立っているとみていいだろう。
そうなると問題となってくるのは、
「どっちだと思う?」
「どっち?」
「破魔矢の効果のこと」
「あぁ、なるほど」
リリスが問いを投げかけると、ブコは宿題に取り組むように眉根をよせる。
たとえ、矢が頭蓋を貫通したとしても生命活動を維持しつづけ自己修復するのが完全治癒という
ただし、それは"魔力が体内にある状態"という
順当に考えれば。
魔力が体内にはないのだから完全治癒は発動せず、そのまま脳髄および中枢神経系の多大な損傷によって死亡というながれが自然な気がする。
だが。
仮に、魔力が瞬時に封じられるのではなく
その間、もしかしたら死に直結するような負傷を一時でも修復することで即死を免れている可能性はないだろうか。
リリスは少し考えてみたがわからない。
かたやの白眉の少年も考え込んでいるところを見るとわからないのであろう。
そもそも破魔矢はあくまで膵貫弓のための次善策であり、どちらかというと反撃の阻止を念頭においていたものだったので、致命傷を期待したものではなかったこともある。
本来であれば、このような可能性も検討すべきではあったかもしれないが、リリスは今まで外したことがなかったので、正直なところまったくの想定外だった。
「ナントカの猫ってやつかな」
そばかす一つない白頬に指を添えてブコは思索の結果を答える。
要は「現物を見ないとわからん」ということを言いたいのだろう。
「はぁ〜。てかさ、なんでそのあたりいつも把握してないわけ?」
「いやぁ、すべてを把握するなんて不可能だし、想定外のレアケースだし、そもそも契約にもないから努力目標という認識だよ」
「努力目標って要はやらないってことでしょ」
「うーん、そこは何とも言えないかな」
生きているか死んでいるかは、今この場所から判断することはできない。蓋を開けての確認は
とは言ったものの、どちらにせよ
「ま、最終的に”無力化”していればいいわけだから、とやかくは言われないでしょ」
「そだね^^」
万が一、生きていたとしても、負傷し魔力を失っている状態ならばそんなに遠くまで逃げられることもないだろうという
鞘は排除対象を"無力化"してほしいという依頼を受けてはいるが、その
依頼する女神側も慈悲の象徴であるという建前上、「抹殺」や「殺害」という直接的な言葉を使用せず、あえて「無力化」という玉虫色の言葉を用いる。そのため、それを解釈する鞘によって処理方法に差異がでているのが実情である。
リリスが不愉快になる理由の一端でもあった。
「それに、えーとなんだっけ、”
「ライウェルくんね」
作戦が失敗したかもしれないという状況にも関わらず、自分でも驚くほど冷静かつ高揚しているのは、むしろ、虫の息であろうが生きていてくれた方が都合が良いという期待のせいもあるかもしれない。
あの”白の
それを知るために、今までこんな仕事をしてきたのだから。
——さて。生きてたらどういう風に
上目で想像するのをなんとか抑えこみ、いつもの冷めた目つきに戻ったリリスは
「結果オーライだけど、一旦、二軍で再調整ね」
弓身から白煙を立ち昇らせる
「膵貫弓、泣いてるけど」
「てかさ、補正してくれるんじゃなかったの?」
「微妙にズレたのはリリスの動揺が伝わったからだと思う、って言ってる」
「運転手が動揺したらハンドルが曲がるバイクに誰が跨がるっていうの?」
「彼女、繊細なんだよ」
「え、私は繊細じゃないってこと?」
「いや、そうは言ってないよ、って言ってる」
「言ってないでしょ」
そんなやりとりの最中、
「……待って」「……待った」
お互いの視線が一点に止まる。
直後、慌てて
青光に巻き込まれながら粉塵をあげて吹き飛ぶ"的"が、遠く後方の岩壁に衝突し、砂煙を巻き上げ、爆音に寝床を脅かされた周辺一帯の森の野鳥たちが罵詈を
「…………リリス!」
それを一番早く視認したブコがすかさず叫ぶ。
まだらに飛び立つ野鳥の中に異質で巨大な影が現れた。
それは鳥類にあるまじき長大な背羽をもち、爬虫類にあるまじき鋭利な尾をもち、あらゆる生き物に生命の危機を想起させる巨大な
ヒエラルキーの頂点——、
「
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