01-02 転生者ゼッタイコロすマン②
そう言って、リリスはニヒルな笑みを口元に浮かべる。
対してのブコは、
「それで、今日の"ラスボス"はどうしようか?」と、いつもの要領でリリスの判断を仰いだ。
「
片足を壁にかけて、光すら吸収してしまいそうな黒のニーハイをぐいと引き上げるリリスに「もちろん」と、ブコがこれに間を置かず応答する。
"施し"とは、女神が憐れみとして異界を渡る転生者に与えた
転生者は、この”施し”のおかげで第二の人生を圧倒的なアドバンテージをもった状態でやり直すことができる。
ところが。
大半の転生者は、その世界で身の丈にあった人生を過ごしているのだが、一部、転生した先の世界に対して多大な悪影響や実害を与えるものがいる。
枚挙すればキリがないが、数多の暴走した転生者たちによって数多くの異世界の均衡はたびたび崩されてきた。
それほどまでに彼らに与えられた
では、どうするのか。
まず、能力を与えた側の"女神"が転生者の行為に対して何らかの介入をすることは一切ない。
この概念に近い高位の存在たちのことを、いわゆる二足歩行の知性体たちは総じて"女神"と尊称している。
そんな女神たちは、転生者に施しという高下駄を履かせ、異世界との橋渡しの機関として介在してはいるものの、転生者を送り出したあとの世界には基本的に不干渉を貫いていた。
世の人倫の象徴として、理性と理知を
ならば、その世界はどうなってしまうのか。
暴走した転生者の
結論からいえば、女神の代わりに手を汚す者がその役を担った。
いつしか、それを
そして今回も、
「事前に共有されていた情報のとおり——、」
鞘であるリリスが依頼を受け、排除対象者を"無力化"することになったのだった。
頭をボリボリと掻きながらブコは板に
「いわゆる"
これにリリスは一拍置いて、
「そして、その
この虚空へはなった言葉を手繰り寄せるように、ブコは「そうだね」と、つくった苦笑いでこれに答える。
「
「反転魔法ね」
下唇に指を添えてリリスがつぶやく。
反転魔法とは、その名の通り相手から放たれた魔法や攻撃をそのまま相手に反射させる魔法のことだ。
逆転の一手となることも多いので会得に躍起になる
それが故に、この魔法を使いこなせる術者は警戒しなければならず、むしろ使いこなせていないことを逆手にとって安易なブラフに使われているほどだ。
「情報では、
なで肩をすくめるブコをチラリと見やりつつ、リリスは無言で次をうながす。
「ならばならばと白兵戦——、完全治癒を阻止するためにライウェルくんの魔力が尽きるまで
それがわかっているので、おのずと選択肢は限られる。
そもそも対象との
相対することはそれだけ危険度があがり、作戦失敗のリスクが増す。そのため人物調査から始まり、情報をもとに検討と精査をし、入念に下準備を行って
可愛げもなく鉄砲指を白頬に添えるブコの考察に、リリスは不敵に口元を綻ばせる。
「どおりで誰も請けないわけ」
「期待の裏返しってことだよ、きっと」
「どうだか」
組んでいた腕を解いたリリスが細長いため息を吐く。
そこからしばしの黙考を挟み、再び視線を彼方へ戻したリリスが髪を束ねていた左のリボンを解いた。
「やっぱり”正々堂々”と
「だね」
ブコは頭にのせたティーカップを落とさないよう頷き、頭の平衡を保ちながらゆっくりと立ち上がる。
冷たい高所風が対照的な色をした二人の髪を
豊穣の秋も終わりかけ、徐々に厳しい冬へと移ろいゆく
この辛うじて
リリスが可及的速やかに対処しなければならない最優先緊急事態が発生しない限り――つまり何があっても――誰一人たりとも登らせるなと、いかにもステレオタイプな悪役面をした当事者と思われる貴族っぽい男を恐喝まがいに厳命したのは半刻前である。
おそらく、あの強面な貴族もどこぞで身の丈に合わぬ野心を抱き、どこぞの
ただ、対象を
事前にブリーフィングを行った上で、こうしてこの砦を
そして対象者が追っているだろう貴族っぽい男をこの砦に逃げ込むように手配し、排除対象が丘陵に布陣するよう誘引の準備もした。みすぼらしい砦を気持ちよく眺望できる丘陵。対象が最も油断するであろう、目的の達成を確信してもらう状況を作為した。無論、万が一作戦が失敗したときに備えて逃走経路も確保し、万全を期している。
その上で、改めてこうして現場で情報を再度検討する。
これがリリスとブコのいつもの実行前の段取りだった。
「で、今日はどの子の調子がいいのかしら?」
リリスの刃先のような
「今日は
「ふぅん。それで
"謂れ"とは、その武具の
伝説や伝承に語られる行為と結果を絶対定義として論法化することで謂れをもった武具は、その行為による結果を現世でも
リリスは主にこの謂れをもった武具を使用して超越的な能力をもった転生者たちと対峙していた。
何を使うかは一応ブコの判断にまかせている。
何故なら武具にもそれぞれバロメータがあり、その土地や環境、時代、気分によって調子が変わる(らしい)からだ。武具に気持ちがあるなど、にわかに信じられないが、どうやらそうらしい。この少年はそれらの武具と意思の疎通ができるのだ。
ブコは自らの内に問うような素振りをしてから、
「古い
『膵臓を貫いた』という行為を武具を使って反復すれば、『堕とした(殺せる)』という結果が伴うのが謂れの効果だ。
つまり、たとえ完全治癒の相手だとしても膵臓さえ貫けば、結果が強制的に
"普通の生物"であれば膵臓を射抜かれれば大半が生命活動を維持できないので、そこまで実用性はないのだが、”膵臓を射抜かれた程度では死なない相手”には非常に効果的なのが
「ふぅん、じゃあその子でいいわ。念のため、矢はアレで」
「
文字通り、射抜かれた者の魔力を消失させる矢である。永続性はないが射抜かれている間は魔力を喪失させる効果のため、当てることが前提だが、強力な魔力をもつ相手には反撃封じとしての効果が望める。
この破魔矢も
「よいしょっと」
ブコは、その男児性愛者なら思わず
すると何かが発泡する音がし、その直後に仮面の下に渦巻く暗い穴から幾何学の模様が施された筒が数本飛び出すと、その隙間を縫うように幾重にも重ねられた多種多様な長物の武具が現れた。剣だけでなく、弓や穂槍、砲銃もある。
「じゃ、始めましょっか。早く帰りたいし」
迷うことなく、その中から白布に巻かれた膵貫弓を選び取る。
全長はリリスのブーツを足した身長よりも少し大きく、
そのまま取り出した膵貫弓の弓底を思い切りを石畳の隙間に打ち込む。
打ち込んだ弓が固定されたことを確かめると弓弦に指を沿わし張をみて、弾く。高尚な弦楽器をおもわせる甘い音が鳴る。
「確かに」
目標方向を見据え、外したリボンを風に晒して空気の向きを確かめると、それを奥歯に噛み込み、もう一方のリボンを外し
準備は了。
「的は?」
仮面をかぽりともどし、再びオペラグラスを覗いたブコがサムズアップで目線を送る。
「お馬さんに跨って真正面。一番でかい緑旗の真下。視界良好、風向きも悪くない、今なら絶好」
リリスは大きく深呼吸する。
「対よろ、この世界の主人公くん」
そして、ふたたび対象の方向を見定め、黒羽の
弓に片足をかけ、息を止め、奥歯を噛み締め、全身を使って弓弦を引き絞る。
「リリス、射角を補足しようか?」
「……」
「ま、膵貫弓が補正してくれるけど」
「話しかけないで、集中してるから」
「ああ、ごめん」
「…………”的”は?」
「変わらず馬上に」
「黙ってて」
「……」
「…………まずい」
「あっ」
旗の下。的。
否、その上空。
さっきまで何もなかったはずの夕空に、巨大な白の円紋様がうっすらと浮かび始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます