01-02 転生者ゼッタイコロすマン②

 そう言って、リリスはニヒルな笑みを口元に浮かべる。


 対してのブコは、

「それで、今日の"ラスボス"はどうしようか?」と、いつもの要領でリリスの判断を仰いだ。


排除対象者あれの”ほどこし”には相違なさそう?」


 片足を壁にかけて、光すら吸収してしまいそうな黒のニーハイをぐいと引き上げるリリスに「もちろん」と、ブコがこれに間を置かず応答する。


 "施し"とは、女神が憐れみとして異界を渡る転生者に与えた能力スキルのことだ。

 転生者は、この”施し”のおかげで第二の人生を圧倒的なアドバンテージをもった状態でやり直すことができる。


 ところが。


 大半の転生者は、その世界で身の丈にあった人生を過ごしているのだが、一部、転生した先の世界に対して多大な悪影響や実害を与えるものがいる。


 ほしいままに異性を搾取し酒池肉林を作り上げることに腐心するもの、自身の独善的な王道楽土を固守するために世界へ戦争を仕掛けるもの、自己顕示のために侵略を繰り返し快楽のままに略奪と鏖殺みなごろしを繰り返すもの——。


 枚挙すればキリがないが、数多の暴走した転生者たちによって数多くの異世界の均衡はたびたび崩されてきた。


 超越的なチート能力を得た転生者かれらを止める手立ては、異世界に住む者たちにはほとんどないと言っていい。


 それほどまでに彼らに与えられた能力スキルというのは強力であり、優越者としてなのか元々が捻くれていたのか、思考も性格も傍若無人かつ利己的となっていることがほとんどで、彼らへの説得も交渉も妥協もかなわない場合が多いのである。


 では、どうするのか。


 まず、能力を与えた側の"女神"が転生者の行為に対して何らかの介入をすることは一切ない。

 この概念に近い高位の存在たちのことを、いわゆる二足歩行の知性体たちは総じて"女神"と尊称している。いにしえの昔から神に近い存在として崇められる彼女たちは、世界と世界の狭間に存在しているのだと、もっぱら伝承や口伝で語られてきた。


 そんな女神たちは、転生者に施しという高下駄を履かせ、異世界との橋渡しの機関として介在してはいるものの、転生者を送り出したあとの世界には基本的に不干渉を貫いていた。


 いわく――。


 世の人倫の象徴として、理性と理知をつかさどる規範として、世の虐げられる弱者を憐れみいつくしむ意志として、その慈悲の御手がけがれることをいとうというのである。


 ならば、その世界はどうなってしまうのか。

 暴走した転生者のほしいままなのか。

 

 結論からいえば、女神の代わりに手を汚す者がその役を担った。

 いつしか、それを生業なりわいにするものたちが現れ、女神のさやと自称するようになる。そうして女神は、懐刀となる鞘たちにめいを与え、彼らに一線を超えてしまった転生者の排除を奇跡を介して依頼するようになったのである。


 そして今回も、


共有されていた情報のとおり——、」 


 鞘であるリリスが依頼を受け、排除対象者を"無力化"することになったのだった。


 頭をボリボリと掻きながらブコは板にじられた紙片をめくる。


「いわゆる"完全治癒無敵系"だね。魔力マナを体内に保持している限り、あらゆる外部攻撃で発生した身体の裂傷・破損・欠損に対して、これを原型まで瞬時に自己修復するようになっているみたい」


 これにリリスは一拍置いて、


「そして、その魔力まりょくを保持している状態というのは生死を問わない、と」


 この虚空へはなった言葉を手繰り寄せるように、ブコは「そうだね」と、つくった苦笑いでこれに答える。


魔力マナが術者の体内に存在している限り——、つまり、生物学的に死亡するような負傷をしても、即座に修復して蘇生するようになってるってことだと思う。"体内"の定義の推定は、最小で被施者の四肢・胸部および頭部となってるけど、たとえば原型を失うくらい木っ端微塵にすればいいかっていうと、そういう甘い話でもなさそうだよ」

「反転魔法ね」


 下唇に指を添えてリリスがつぶやく。


 反転魔法とは、その名の通り相手から放たれた魔法や攻撃をそのまま相手に反射させる魔法のことだ。


 逆転の一手となることも多いので会得に躍起になる初級術者ビギナーが多く、習得は簡単そうにみえるが、どこから差し込まれるかわからない光を鏡でそのまま正確に光源へはね返すことが難しいのと同様、瞬時の判断と相当な練度が必要なうえ、非力な術者の展開した程度のものでは跳ね返すどころか打ち破られるリスクを孕んでいた。


 それが故に、この魔法を使いこなせる術者は警戒しなければならず、むしろ使いこなせていないことを逆手にとって安易なブラフに使われているほどだ。


「情報では、くだんのウィンビラー魔法学院で修めた反転魔法を特に習熟しているらしいから、仮に木っ端微塵に粉砕できる威力をこのボロ砦を一瞬で砂塵にできるぐらいの魔弾飛び道具と仮定して撃ち込んだとして、発動時間諸々を考えれば十中八九、察知&即応展開されてほぼ無傷のまま攻撃側が損をするかたちになるだろうね」


 なで肩をすくめるブコをチラリと見やりつつ、リリスは無言で次をうながす。


「ならばならばと白兵戦——、完全治癒を阻止するためにライウェルくんの魔力が尽きるまでるってのも……、ちょっと希望的観測傾向が強すぎるかなぁ。彼の内蔵している魔力総数はまったく定量化できていないし、それだと戦闘工数コストも見積もれないからね。俗に言うふもーってやつ」


 それがわかっているので、おのずと選択肢は限られる。


 そもそも対象との直接戦闘コンタクトは極力控えたいというのがリリスだけではない襲撃者側の本音だ。

 相対することはそれだけ危険度があがり、作戦失敗のリスクが増す。そのため人物調査から始まり、情報をもとに検討と精査をし、入念に下準備を行って任務ミッションを成功させる。


 可愛げもなく鉄砲指を白頬に添えるブコの考察に、リリスは不敵に口元を綻ばせる。


「どおりで誰も請けないわけ」

「期待の裏返しってことだよ、きっと」

「どうだか」


 組んでいた腕を解いたリリスが細長いため息を吐く。

 そこからしばしの黙考を挟み、再び視線を彼方へ戻したリリスが髪を束ねていた左のリボンを解いた。


「やっぱり”正々堂々”と遠距離からの狙撃暗殺しかない、か」

「だね」


 ブコは頭にのせたティーカップを落とさないよう頷き、頭の平衡を保ちながらゆっくりと立ち上がる。


 冷たい高所風が対照的な色をした二人の髪をぐ。

 豊穣の秋も終わりかけ、徐々に厳しい冬へと移ろいゆく時候きせつ


 この辛うじてそびえ立っている側防塔には、リリスとブコしかいない。


 リリスが可及的速やかに対処しなければならない最優先緊急事態が発生しない限り――つまり何があっても――誰一人たりとも登らせるなと、いかにもステレオタイプな悪役面をした当事者と思われる貴族っぽい男を恐喝まがいに厳命したのは半刻前である。


 おそらく、あの強面な貴族もどこぞで身の丈に合わぬ野心を抱き、どこぞの蒙昧もうまい領袖りょうしゅうに収まっていて、どこぞの馬の骨かぐらいかはわかるのだろうが、リリスとブコにとってはそんなことはどうでもよく、これから無力化する対象と積み重ねてきたであろうシケた因縁など歯牙にかけるつもりもない。


 ただ、対象を無力化抹殺するため——。


 事前にブリーフィングを行った上で、こうしてこの砦を狙撃スナイピングポイントに選んだ。排除対象との射軸線に障害物がなく真正面から捉えられ、かつ対象に悟られることがない最大限接近できる最短距離がこの場所である。


 そして対象者が追っているだろう貴族っぽい男をこの砦に逃げ込むように手配し、排除対象が丘陵に布陣するよう誘引の準備もした。みすぼらしい砦を気持ちよく眺望できる丘陵。対象が最も油断するであろう、目的の達成を確信してもらう状況を作為した。無論、万が一作戦が失敗したときに備えて逃走経路も確保し、万全を期している。


 その上で、改めてこうして現場で情報を再度検討する。

 これがリリスとブコのいつもの実行前の段取りだった。


「で、今日はどの子の調子がいいのかしら?」


 リリスの刃先のようなまなじりがふたたびブコに向けられる。


「今日は膵貫弓ライバーダウンが調子いいってさ。弓弦ゆづるがここの地域の湿度とか気候のせいかいつもと張りが違うってさっきからうるさい」

「ふぅん。それでいわれは?」


 "謂れ"とは、その武具の物語ストーリーに基づいた固有の能力のことである。


 伝説や伝承に語られる行為と結果を絶対定義として論法化することで謂れをもった武具は、その行為による結果を現世でも再演リプレイさせることができる。

 リリスは主にこの謂れをもった武具を使用して超越的な能力をもった転生者たちと対峙していた。


 何を使うかは一応ブコの判断にまかせている。

 何故なら武具にもそれぞれバロメータがあり、その土地や環境、時代、気分によって調子が変わる(らしい)からだ。武具に気持ちがあるなど、にわかに信じられないが、どうやらそうらしい。この少年はそれらの武具と意思の疎通ができるのだ。


 ブコは自らの内に問うような素振りをしてから、


「古いロウダールこの世界の伝説だよ。巨大都市を黒炎に包み込もうとした凱翼竜がいよくりゅうテロスの膵臓すいぞうを、歴戦の名射手であるダリオンが貫いて堕としたんだってさ。だから、遠距離からこの弓を使って相手の膵臓さえ貫ければ確実に殺せる」


 『膵臓を貫いた』という行為を武具を使って反復すれば、『堕とした(殺せる)』という結果が伴うのが謂れの効果だ。

 つまり、たとえ完全治癒の相手だとしても膵臓さえ貫けば、結果が強制的に発動オーバーライドするという性質を利用するのである。


 "普通の生物"であれば膵臓を射抜かれれば大半が生命活動を維持できないので、そこまで実用性はないのだが、”膵臓を射抜かれた程度では死なない相手”には非常に効果的なのが膵貫弓ライバーダウンという大弓だった。


「ふぅん、じゃあその子でいいわ。念のため、矢はアレで」

破魔矢ウィッチズ・キラーだね」


 阿吽あうんの呼吸でリリスの意図を汲み取る。

 文字通り、射抜かれた者の魔力を消失させる矢である。永続性はないが射抜かれている間は魔力を喪失させる効果のため、当てることが前提だが、強力な魔力をもつ相手には反撃封じとしての効果が望める。


 この破魔矢もいわれによるもので、ブコに聞けばどんな物語バックボーンがあるのかツラツラと回答してくれるだろうが、リリスとしては特に興味がないので深く聞いたことはない。


「よいしょっと」


 ブコは、その男児性愛者なら思わず悪戯いらずら心を抱かずにはいられない少年の顔の仮面マスクをがぽりと外した。


 すると何かが発泡する音がし、その直後に仮面の下に渦巻く暗い穴から幾何学の模様が施された筒が数本飛び出すと、その隙間を縫うように幾重にも重ねられた多種多様な長物の武具が現れた。剣だけでなく、弓や穂槍、砲銃もある。


「じゃ、始めましょっか。早く帰りたいし」


 迷うことなく、その中から白布に巻かれた膵貫弓を選び取る。


 全長はリリスのブーツを足した身長よりも少し大きく、把手とってはブコの墨紋の入った腕よりも太い。弦は微かに青光を帯び、長らく研磨されてきた弓身は朽ちることなく元の材木が変質して金属のような鈍い光沢を放っている。


 そのまま取り出した膵貫弓の弓底を思い切りを石畳の隙間に打ち込む。

 打ち込んだ弓が固定されたことを確かめると弓弦に指を沿わし張をみて、弾く。高尚な弦楽器をおもわせる甘い音が鳴る。肩入れ肩慣らしで引いても特に問題はなさそうだ。


「確かに」


 目標方向を見据え、外したリボンを風に晒して空気の向きを確かめると、それを奥歯に噛み込み、もう一方のリボンを外しゆがけ代わりに手に巻きつける。


 準備は了。


「的は?」


 仮面をかぽりともどし、再びオペラグラスを覗いたブコがサムズアップで目線を送る。


「お馬さんに跨って真正面。一番でかい緑旗の真下。視界良好、風向きも悪くない、今なら絶好」


 リリスは大きく深呼吸する。


「対よろ、この世界の主人公くん」


 そして、ふたたび対象の方向を見定め、黒羽の矢箭やせんをつがえた。

 弓に片足をかけ、息を止め、奥歯を噛み締め、全身を使って弓弦を引き絞る。


「リリス、射角を補足しようか?」

「……」

「ま、膵貫弓が補正してくれるけど」

「話しかけないで、集中してるから」

「ああ、ごめん」

「…………”的”は?」

「変わらず馬上に」

「黙ってて」

「……」

「…………まずい」

「あっ」


 旗の下。的。

 否、その上空。


 えた匂いがまず鼻先をさわる。


 さっきまで何もなかったはずの夕空に、巨大な白の円紋様がうっすらと浮かび始めていた。

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