三千世界の女神を殺し、キミと不貞寝がしてみたい。

龍本 明

01-01 転生者ゼッタイコロすマン①

「それで、今日はどんなチート野郎なの?」



 朽ちた城壁にくっつく側防塔そくぼうとうの上で、少女が革張りの椅子に腰掛けながら退屈そうに自分の爪を眺めている。


 に似つかわしくない黒と白のコントラストが映えるゴシックロリータドレスに、首元ほどに切り揃えられた黒の髪にはワインレッド色の細リボンが高所風で左右に靡いていた。


 歳の頃は十六ほど。


 刃先のような鋭みのある双眸そうぼうは、無地の爪とその先にみえる小高い丘の稜線に重ね合わせ、つまらない映画にでも付き合わされているかのように世界の行く末を眺めていた。


 その少女のかたわらで、石畳に敷いたござのうえに膝を抱いて座っているぼさぼさ白髪の少年が、抑揚のない口調でこれに答える。


「シゲムラユタカ、32歳、男、扶養者なし。趣味は低貸し電子回胴賭博、動画視聴、携帯型電子遊戯、漫画喫茶滞在。現在は飲食店でフリーターとして週3回勤務――」

「…………」


 無言の急かしに、まだあどけない顔つきの少年は咳払いとともに仕切り直す。


「死因は平日の日中に自宅近所を自転車で走行中、信号無視の軽貨物トラックに轢かれ、側にあった深さ30cmの側溝で溺死」

「…………、ねぇ」


 白磁のティーカップに注がれた飴色の湯を上唇ですすりながら、少女は特に感慨深くもなさげに黄昏たそがれに染まりつつある夕墨の彼方を相も変わらず見つめている。


「死後、"女神"の憐憫あわれみによって、転生者としてこの世界ロウダールに転生」


 やはりどこか興味のなさそうな少女の整った横顔を一瞥いちべつして少年はさらにつづける。


「グローラン国東方辺境の港街こうがいで塩商を生業とするヒビリス家の七男として誕生。名はライウェル。魔力マナ・トスの才能を備え、国の最高学府、ウィンビラー魔法学院でも飛び級で難関試験を突破。開校以来の神童リンケルと呼ばれ、徐々に頭角を現したところで没落貴族の落胤らくいんであると――、」「もういいわ」


 少年は灰色の眉をしかめて少女をふたたび見上げた。


「いいって……、これも僕の仕事なんだけど」

「どうでもいい横文字の設定をながながと冒頭で聞かされるくらいなら駅前で配ってる変な本を斜め読みでもして語彙でも鍛えてた方がマシよ」

「……え、」

「どうせ自分を無条件に肯定してくれるノータリンの女に囲まれながらノータリンな連中を啓蒙けいもう(笑)して第二の人生を謳歌中ってとこでしょ? テンプレよ、テンプレ」


「……うん、まぁ、遠からず、そんな感じだよ」


 不服そうな少女は黒髪を撫で、ザラメの残るティーカップの底面にしばし目を落としてから、カップを少年の頭の上の受け皿にカタリと置く。


「ほんと、あんな連中を送り込んでくる女神偽善者どもの羽根をむしれる仕事ならタダでもやってあげるっていうのに。ね? ブコ」


 同意を求められたブコは、頭に乗せているティーカップの安定した位置を身体で探りながら、わざと目線を外して「そうだね」とつぶやく。


「でも、あの人たちも一応依頼者クライアント側だからね」


 これに少女は不愉快になったのか、黒のロンググローブをまとう細腕を肘置きにのせて、頭で杭でも打つように頬杖をつきつつ溜息一つ。


「……まったく。はたから見たらただのマッチポンプじゃない。外来種にたんまりと餌を与えて外敵のいない山なり海なりに放ってるくせに、生態系が壊れちゃったから、じゃあ業者が駆除してくださいって言っているようなものでは?」


「でも女神ってそういうもんだし。そうは言ってもねぇ、ユカ……」

「こっちではその名前で呼ばないって契約しなかったかしら」

「あっ、ごめんよ、――リリス」


 これにブコはわざとらしい作り笑いで謝ると、座ったまま胸壁(城壁の凹凸のアレ)の間から真鍮しんちゅう製のオペラグラスを小指立てで覗く。


 手入れの行き届いていない石造りの砦から見下ろす情景は、遠く尖る山嶺さんれい稜線りょうせんを主題に、眼下の門から伸びる道に分かたれるように広大な雑木林と麦畑を扇状に広げている。

 すでに刈り取りが終わった野畑に積み上げられた藁草からは、ところどころうすい白煙が立ち上り、次の種蒔きに備える焼き畑の残り火がもやもやとくすぶっていた。


 そして、野畑と寒村の荒屋あばらやの間を蛇行する街道には急設されたと思しき簡易的な馬房柵が幾重にも並び、刺々しい雰囲気を城外に漂わせるその彼方――、


「あ、来たよ」


 鼓角の轟きが砦内まで届くのと同時だった。


 焼ける雲間に薄墨をとろりと溶かしたような薄暮はくぼの中、平地と山裾の狭間、横一列に並ぶ松明たいまつの群れが地平線に赤い破線の境界を作った。


「ようやくのお出ましだね」


 淡々かつ嬉々の口調で、ブコは小さな指を手前に折りながら微かに緑光を帯びた旗幟きしを数える。


「ふん、ふん、ふん。ここの斥候せっこうさんの言う通りだ。あれはたしかに2万ぐらいはいるね。こんなひなびた砦を攻囲するだけなのによく集めたよ」


 オペラグラスをつけたまま、リリスの不満げな顔を振り返りつつ「やっぱり人望かな?」とブコは投げかける。それにリリスは「ふぅん」といぶかしげにようやく椅子から腰をあげた。


「ただの軍師ごっこよ。風前の灯みたいなこんな小城、生兵法喰らいの下位士官だって、つくえの上に足を乗っけながら突撃の指示だけしてれば5000人ぐらいで落とせるんじゃない? 自己顕示欲を満たしたいだけの動員でしょ、きっと。キルした相手の眼の前で屈伸運動するみたいな」


 と、未成熟な胸を張るように背筋を伸ばし、伸縮した身体から扇情的な吐息をもらす。


はせいぜい100人しかいないみたいだからね。しかも敗走重ねてて士気が死んじゃってるし、村の糧秣庫りょうまつこも背かれた領民に持ってかれてほぼ空らしいし。砦を枕に玉砕して、死して屍うんたらかんたらってやつかな」

「まぁ、肩入れするつもりはこれっぽちもないけど、さすがに200対1ってのは私でもちょっと同情しちゃうわね」

判官贔屓はんかんびいきってやつだね」

「シミュゲーでも僻地の雑魚勢力から選んじゃうタイプだし、私」

「ゲームあんまりやらないからその例えはわかんない」

「そ」


 大きな瞳にかかりそうな前髪をこねながら、リリスはその目線を砦の真正面に相対する丘陵きゅうりょうの頂点に据える。


 そこには一際豪勢にはためくあおの将旗があり、すでに白い天幕が設営され始めていた。

 ただならぬ魔力の塊がそこに存在しているのは、魔力気配の察知方法から教わる魔術幼年学校の鼻垂れ落第生徒ですら本能で感じられるだろう。


 素面の人間でも目を凝らせば視認できるほどに、丘陵の周辺はまるで灼熱した地面のようにぬらぬらと空気が揺れていた。



「順風で満帆な英雄譚えいゆうたんの最後に花を添える"ラスボス"とったところかしら」

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