第九話 The Finale(1)

「――ルーク、これで最後ね」


 その輝きが美しい満月の夜。自室の窓際で月明かりを浴びながら、アンジェラは美しく微笑んだ。


「ヘンリエッタ義伯母様が死んでから今日まで、ゴードン伯父様はどんな夜をお過ごしになったかしら?」


 次は自分が殺される。しかもかつて自分が用いた残虐な方法で殺し返される。それに気づいたゴードンは、どれほど恐怖の日々を送ったのだろうか。それとも生きるのを諦めてしまっただろうか。ゴードンの心境を想像して、アンジェラは笑った。


「ルーク、あなたの最後の仕事よ。きっちりとやり遂げてちょうだい」


「…お嬢様、」


 まるで月明かりから隠れていたかのように、室内の影からルークが姿を現す。そうしてアンジェラに歩みより、その足元で膝を床について座れば、そのまま身を屈めてアンジェラの足の甲に唇を落とした。


「――全てはお嬢様の御心のままに」


「あなただから任せられるのよ。お願いね、ルーク」


 膝をついたルークの肩にアンジェラが信頼を見せるように手を置く。その手を取って立ち上がったルークは、今度は手の甲にも唇を落とした。


 そしてそのままアンジェラをエスコートしながら、ルークは静かにバルコニーへと出る。そこで彼は彼女を横抱きにし、力強く床を蹴った。


 音もなく、人間とは掛け離れた脚力で飛び上がるルーク。階下で警備に当たる警察官たちに気づかれることなく、アンジェラとルークは屋敷を後にした。目指す先はひとつ。ゴードンの自室。


 ゴードンの屋敷には、アンジェラの屋敷よりに配置されているよりも多くの警察官が警備に当たっていた。ひとまず近隣の屋敷の屋根に降り立ったアンジェラたちは、ゴードンの自室への侵入経路を確認する。


「…あら。ハント警部とラーナーさんもいらっしゃるのね」


 ダリウスとギルバートの姿を確認してもなお、余裕の表情を崩さないアンジェラ。彼女の態度には、自分の計画が全て上手くいくという確信が溢れていた。


 そうしてアンジェラを抱えたルークが再び高く跳ぶ。静かにゴードンの屋敷の屋根に降り、そこからさらにゴードンの自室へと続くバルコニーに降りた。


 ――キィ。


 鍵のかかっていない窓。小さく音を立てて窓から中へと入れば、アンジェラたちの来訪を待ち構えたいたかのように、椅子に座ったゴードンが二人を出迎えた。


「……来たか」


「ごきげんよう、ゴードン伯父様。今夜は素敵な月夜ですね」


 月明かりを背に、美しいお辞儀カーテシーを見せるアンジェラ。すっかり老け込んだ伯父の姿を見ても驚くことなく、彼女は艶やかに微笑んだ。


「あの悪魔が仕返しに来たか…」


「悪魔?伯父様は何か勘違いなさっているようですね。ここに来たのは、わたくしとルークだけですよ」


「貴様ら二人で何が――ぐあ…っ!」


 アンジェラの横をルークが駆け抜けたかと思えば、次の瞬間にはゴードンが椅子から転げ落ちていた。強烈な痛みに耐えるゴードンの呻き声が続く。ルークの手には大型のナイフが握られており、その刃には鮮血が滴っていた。


「この状況で伯父様に逃げられると困ってしまうから…。念のための処置をさせていただきました」


「ぐ…っ、アンジェラ、貴様…っ、」


 ゴードンが座り込んでいた床には、彼の両足の爪先が切断されて転がっていた。


「大声で助けを呼ばないあたり、伯父様は死を受け入れたということなのかしら?……まあ、悪魔の暴力性は、伯父様もよくご存知ですものね」


「…はっ。やはり、悪魔と契約を、したか…っ」


「はい。お陰でルークに素晴らしい力を与えることができました」


 その力を見せつけるかのように、ルークがゴードンの顎を掴む。


「まずはその汚い声を上げる口を塞いでしまいましょう。ヘンリエッタ義伯母様とお揃いですよ」


「………!!」


 ゴードンが悲鳴を上げるより先に、その舌が切り落とされた。

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