第八話 The Satan(2)

***


「――三年前にアンジェラが生き残ったのは、恐らく悪魔と契約をしたからなのだろう…。貴様らでは悪魔をどうすることもできない。どう足掻いても悪魔からは逃れられない。アンジェラが何を願ったかは知らないが……私の死は覆らない」


「…おいおい。やっと口を開いたかと思えば、そんなオカルト話を信じろってか?」


 ゴードンから現実味のない話を聞いたダリウスは呆れたような顔を見せながらも、その下には怒りを滲ませていた。重要な証言が得られると思った場面で肩透かしを食らった。それがダリウスの心情なのだろう。


「信じる信じないは貴様らの勝手だ。…だが、貴様が最初に言ったのだぞ?『化け物』だと」


「そりゃあ比喩ってもんだろう」


「貴様がそう思っているだけで、私は比喩ではなく本物がいると教えたまでだ」


「………」


「さあ、もう用がないなら帰れ。ヘンリエッタのことは貴様らに任せる」


「…ベイリアル卿は、どうなさるのですか?」


 ギルバートの問いに、ゴードンはしばらくの沈黙を置いて答えた。


「――ただ…待つだけだ」


 その後ゴードンの執務室から出たダリウスとギルバートは、警察官たちによって屋敷から運び出されていくヘンリエッタの遺体を庭先から見送っていた。


「……ギル。お前はあの話、信じるか?」


「え?」


 煙草をくゆらせながら、ダリウスが静かに問いかけた。


「当主のあの話を信じるなら、犯人はアンジェラ・ベイリアルということになる。その執事も共犯の可能性が高い。さらに当主を死なせないためには、悪魔と戦う必要がある。――こんな話、どうやって捜査と警護をしろってんだか」


「ハント警部…」


「本当にアンジェラ・ベイリアルが犯人だとしたら…相当な演技派だな。全てを知っていたはずなのに、何も知らないフリが上手すぎる」


「………」


 ギルバートは唇を噛み締めてアンジェラのことを想った。彼女が今回の事件に関して見せていた驚き、戸惑い、悲しみ、怯えといった感情全てが本当に演技だったのだろうか?だとしたら、自分たちは見事に騙されていたことになる。


 しかしゴードン・ベイリアルがその命の危険が迫っている中、嘘の証言をする理由も分からない。家族の不審死に気が狂って、妄言を吐いた可能性もゼロではない。


 何が本当で、何が嘘なのか、ギルバートには分からない。それでもアンジェラが犯人ではないと、ギルバートはそうあってほしいと願っていた。


「…ちっ。犯人が誰であれ、現行犯で捕まえるしか手段がないな。ギル、準備ができ次第、今日から当主の警護に回るぞ。アンジェラ・ベイリアルの方には監視も含めて警察官を増員する」


「分かりました」


「……いざというとき、ちゃんと銃も使えるようにしておけよ」


「っ、はい!」


 これが、一連の事件を締めくくる最後の夜の始まりだった。

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