第八話 The Satan(1)
ダリウスとグレンは、ベイリアル家に生まれた三歳違いの兄弟だった。
同じ亜麻色の髪に、サファイア色の瞳。見た目だけで言えばよく似ている二人だったが、その性格の違いが現れていたのか、纏う雰囲気は懸け離れたものだった。
ダリウスは下の者を萎縮させる鋭い目つきを持ち、どこか傲慢さが滲む不遜な態度を取る。ある意味で貴族らしいその振る舞いは、時に頼もしくも見える。
それに対しグレンは一見冷たそうに見える切れ長の目を持ちながらも、その態度は常に紳士的で気遣いが感じられ、ノブレス・オブリージュを体現したような人だった。
――決してダリウスの能力が低かったわけではない。グレンとて、兄が家督を継ぐものだと信じて疑わなかった。
それでも兄弟の父、当時のベイリアル家当主が後継者として指名したのは、弟のグレンだった。
『まさか弟の方が後継者になるとはな…』
今でも思い出せる、戸惑いの中に嘲笑が滲む周囲の表情。
『長子なのに、家督を継げない…?』
今でも思い出せる、当時はまだ婚約者だったヘンリエッタの蔑むような表情。
『――兄さん、』
今でも思い出せる、後継者が自分だと知ったときのグレンの兄を気遣うような表情。
ゴードンにとってその全てが煩わしかった。憎らしかった。裏切られた気分だった。そして何より、それが落第者の印を押されたようで、信じたくなかった。
なぜ自分ではないのか。なぜ弟なのか。なぜ父上は自分を選ばなかったのか。なぜ父上は弟を選んだのか。なぜ、なぜ、なぜ。
その疑問はゴードンを苛み、ひどく苦しめた。それでも彼は、なんとか自制心を保っていた。弟が自分を頼りにしてくれているのを感じられていたから、後継者として振舞いながらも自分を立ててくれているのを感じられていたから。
そうしていよいよグレンが当主として家督を継ぎ、その手腕が人々の噂として出るようになった頃、ついにゴードンの自制心が音を立てて崩れた。
崩れたきっかけが何だったのか、今となってはもう思い出せない。一族の事業として提案した計画がグレンによって棄却されたからかもしれないし、他の貴族から明確に当主とそれ以外という扱いを受けたからかもしれないし、当主としてのグレンを褒め称える声が大きくなったからかもしれない。はたまた、弟一家が自分たちより幸せそうに見えたからなのかもしれない。
ただ恨み、妬み、嫉みといった黒い感情で心が溢れたとき、ゴードンは蠱惑的で美しい声を聞いた。
『――お前の魂は私好みの色をしているね。もしお前に叶えたい願いがあるのなら、私がそれを叶えてあげようか?』
それが人外との――悪魔との契約だと分かっていても、ゴードンはその声に縋った。そうして五人の処女の命と引き換えに悪魔を召喚し、自分の子どもたちの元で生まれるだろうそれぞれ最初の赤ん坊を引き渡すことを条件に、ゴードンはその悪魔と契約をした。
――現ベイリアル家当主一家を、その使用人も含めて皆殺しにしてくれ。
そうすれば家督が自分の手中に収まる。憎しみの対象となる弟のもの全てが目の前から消えてなくなる。
ゴードンが願った通り、悪魔はグレン一家とその使用人を惨殺した。その結果、望んでいた家督が手に入った。しかし、ただ少しだけ、ゴードンの願いは叶い切らなかった。グレンの一人娘と使用人の二人が生き残ってしまったのだ。
ゴードンが契約不履行だと悪魔に言えば、その悪魔は嗤った。
『契約内容の大半は実行されたため、不履行にはならない。ただ、今の私はいい拾いものをして気分が良い。お前の言う通り契約内容を果たし切れなかった補填として、お前がこれから支払う対価を半分にしてやろう』
象牙色の髪を靡かせ、ルビー色の瞳を細めて嗤うその姿が美しいながらも不気味で、ゴードンは思わず身震いをしてしまう。ここで食い下がって悪魔の気分を損ねてしまえば、事態がどう転ぶか分からない。ゴードンは渋々、悪魔との契約内容の変更を了承したのだった。
それが、自分の首を絞めることになるとも気づかずに。
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