第七話 The Tongue(3)

***


 ――もう最後まで止められないのかもしれない。自室で吊るされたヘンリエッタの遺体を見て、ギルバートは不覚にもそう思ってしまった。


 しかし、守ると約束したアンジェラのことを思い出し、彼は一瞬折れそうになった心を立て直す。遺体から溢れ出る怒り、悲しみ、憎しみといった犯人の感情。そんな負の感情の刃があの少女に届かないよう自分が盾にならねばと、ギルバートは心の中で己を戒めた。


「――ギル、お前も手を貸せ」


 ヘンリエッタの遺体を下ろすよう指示するダリウスの顔からは、何の感情も読み取れない。今朝警察署に舞い込んできたベイリアル家からの一報を耳にしたときから、ダリウスはずっと無表情だった。


 そうして、下ろした遺体の検分を始めたダリウスとギルバート。それは、トリスタン、モニカのときと同様に、残虐極まりない手口を再確認するだけの行為となった。


「……旦那様のもとへご案内致します…」


 覇気のない使用人に案内され、人の気配が減り、陰鬱とした雰囲気となった屋敷の中を歩く。まだ人が生活しているはずなのに、もうこの屋敷は終わってしまったのだと思わざるを得ないほど、ベイリアル家当主の屋敷は人の住む家として死んでしまっていた。


 そうしてダリウスとギルバートが通されたのは、ゴードンの執務室。整頓されているとはいえない執務机の前で、その背を椅子に預けて深く座り込んでいたゴードンの姿は、ギルバートが思わず驚くほどに老け込んでいた。最初に出会った頃にあったベイリアル家当主としての威厳も威圧感も、もうすっかり消え失せていた。


「………」


 無言で執務机まで歩み寄り、ゴードンと向かい合ったダリウス。無礼にも彼が自分の目の前に立ったにも関わらず、ゴードンはその視線を上げることもなく俯いたままだった。


「……ご夫人の遺体は口が縫われ、顔も身体も至る所が切り刻まれ、両手足の爪は剥がされていました。首を吊ったときに折れた骨が直接の死因と見ていますが、これがどういう意味が分かりますか?――夫人は!生きたまま拷問を受けたと同じなんだよ!!」


 ――ダンッ!


 無表情だったダリウスが急に声を荒げ、執務机を激しく叩いた。その衝撃で何枚かの書類が机から舞い落ちる。しかしゴードンはダリウスの激情にも、乱れ落ちた書類にも、何ら興味を示さなかった。


「お前以外の全員が殺されたんだ!それでもお前はまだ見て見ぬふりをするっていうのか、おい!?次は間違いなくお前の番なんだぞ!?知っていることがあるなら全部話しやがれ!!」


「ハント警部…っ」


 執務机越しにゴードンの胸倉を掴み、怒鳴り声を上げるダリウス。ギルバートが止めに入ったものの、ダリウスがその手を緩めることはなかった。


「……逃れられるはずがない」


「ああ?」


 変わらず虚ろな目で俯くゴードンが、小さく呟いた。


「逃れられるはずがないのだ、アイツから。あの悪魔から」


「悪魔だぁ?それは比喩かなんかで――」


「言葉通り悪魔なのだ、アイツは」


 ぽつりぽつりと話し始めたゴードンの胸倉から、ようやく手を離したダリウス。ゴードンが話すのは己が犯した大罪と、三年前の事件の真相だった。

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