第七話 The Tongue(2)

「――こんばんは、ヘンリエッタ義伯母様。すっかりお痩せになってしまって……やはり我が子を失くすというのはとても辛いことなのですね」


 少女――アンジェラは、優雅な足取りでヘンリエッタの近くまで歩み寄る。まるで夜の散歩中に偶然知人と出会って挨拶をした、というようなこの場に似つかわしくないその言動。ここで初めてヘンリエッタは、アンジェラが『壊れてしまっていた』という事実に気が付いた。


「この場所はモニカもいた場所なんですよ。義伯母様にも気に入っていただけると嬉しいのですが」


 そう笑みを浮かべて話すアンジェラの後ろで、男――ルークが何か道具のようなものをいくつか準備している。これから自分の身に起きるであろう凶行を否が応でも見せつけられ、ヘンリエッタは恐怖で目を見開き、本能のままに涙を流した。


「うぅ、ううう…!」


「どうかされましたか?残念ながらここは街から離れて孤立した場所なので、叫んだとしても誰も義伯母様を助けには来てくれませんよ」


「うぅ!うう!」


 その目に恐怖を浮かべながらも、アンジェラに何かを訴えようとするヘンリエッタ。アンジェラは駄々を捏ねる幼い子どもを見るような目で困ったように微笑み、それからルークの名前を呼んだ。


「ルーク。義伯母様の猿ぐつわを外して差し上げて」


「かしこまりました」


「っ、はあっ」


 猿ぐつわが外されるなり、自由になった口で大きく息を吸い、呼吸を整えるヘンリエッタ。そうして震える身体で、青ざめ涙を流したままの顔で、なんとか口元に歪な笑みを浮かべた。


「――ア、アンジェラ。どうかお願いよ。わたくしを殺さないで…。わ、わたくしが悪かったわ。本当に悪かったと、思っているの。これからは、あ、貴女の言うことを、なんでも聞くわ」


「………」


「だから…っ。ねぇ、お願いよ、アンジェラ。わ、わたくしを助けて。――あっ、ゴードン!ゴードンに復讐をするというのなら、わたくしも協力するわ…!」


「――まあ。ヘンリエッタ義伯母様ったら」


 ヘンリエッタの協力という言葉に驚いた表情を見せるアンジェラ。少しでも自分が殺されずに済む道があるならと口にした言葉に反応を見せた彼女に、ヘンリエッタが一瞬気を抜いた瞬間。


「義伯母様が死んでくださることが一番の協力なんですよ」


 ふわり。まるで誕生日プレゼントを可愛らしく強請るように笑ったアンジェラの言葉に、ヘンリエッタはようやく自分の死が逃れられないということを悟った。


「義伯母様とのお喋りも嫌いではないけれど、屋敷には警察の目もあるから早く済ませてしまいたいんです。だから少し、静かにしていてくださいね。――ルーク、舌と口を」


「かしこまりました」


「――ひぃ!」


 手袋を嵌めたルークが道具を手に、ヘンリエッタへと歩み寄る。叫び声を上げようとしたその口にルークの手が無遠慮に入り込み、その舌を掴んだ。そしてルークの右手には、大きな裁ちばさみが握られていた。


「―――!!!」


 声にならない悲鳴と共に、鮮血がヘンリエッタの口から溢れ出す。傷口は軽い止血処置が行われ、遠のくヘンリエッタの意識は薬で無理やり引き戻され、そうして次の工程に移る。


 全ての工程を終え、虫の息となったヘンリエッタの姿を見て、アンジェラはうっとりとした表情で微笑んだ。


「――嗚呼、とてもお美しいわ、ヘンリエッタ義伯母様」

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