第九話 The Finale(2)

「こうして見ると、お父様と伯父様は兄弟だというのがよく分かります。髪の色もそっくりだけれど…お父様の髪は、そんなくすんだ色ではなかったわ」


 アンジェラの言葉をなぞるようにルークは動く。近くにあったオイルランプを手に取り、その火をゴードンの亜麻色に灯した。


 オイルとともに移った火が勢いよく燃え上がる。もはやまともに音にもならない悲鳴を上げ、ゴードンは文字通り、床の上をのたうち回った。


「これでモニカとお揃いですわね。…ふふっ。なんだかサーカスでも見ている気分だわ」


 しかしこれで死なれては元も子もない。しばらく床の上で踊るゴードンを眺めたあと、ルークがベッドのシーツを剥がし、それで火元を叩いて鎮火作業を行った。


「うう…あうえあ…」


 これまでの外傷でぐったりとして、もはや自力では動けないゴードン。そんなゴードンの顔を覗き込むように、アンジェラが立ったままゴードンを見下ろしていた。


 アンジェラとゴードンの目が合う。それに気づいたアンジェラは、この場に似つかわしくないほどに可憐な笑みをゴードンに向けた。


「サファイアの瞳もお父様そっくり。けれどお父様の瞳は、そんな濁った色ではなかったわ」


 そう言ってアンジェラが少し下がったのと同時にルークが歩み寄り、ゴードンの上に馬乗りになってその顔を掴んで抑える。そうして振り上げられたナイフの切先は、真っ直ぐにサファイア目掛けて振り下ろされたのだった。


「…うん?」


 何か呻き声のようなものが聞こえた気がして、ダリウスは屋敷の方を振り返る。しかし人気のない屋敷は静かなまま、特に異常はないように見えた。


「どうかしましたか、ハント警部?」


「いや、何か聞こえた気がしたんだが…」


 気のせいだとダリウスがギルバートに答えたとき、こちらに向かってくる馬の蹄の音が聞こえてきた。かなり急いでいるらしいその足音はあっという間にダリウスの目の前に姿を現す。そして馬の背に乗った若い警察官は、ダリウスの姿を見つけるとそのまま慌てた様子で報告を始めた。


「ハント警部、緊急連絡です!屋敷からアンジェラ・ベイリアルとその執事が失踪!屋敷内を捜索しましたが見つからず、現在範囲を広げて捜索中です!」


「なんだと…!?」


 その報告を受けてダリウスが最初に行った行動は、背後の屋敷を振り返ることだった。


「ギル!行くぞ!」


「は、はい!」


 ダリウスとギルバートが向かう先はゴードンの私室。ただの杞憂で終わればいいと願いながら駆けつけた先で彼らが見たものは――。


「ベイリアル卿!緊急事態です!扉を開けさせてもらいます!」


 ――床一面に広がった血の海で横たわる、ゴードンの息絶えた姿だった。


「ごきげんよう、ハント警部、ラーナーさん。ちょうど今、伯父様が息を引き取られたところです」


 そんな異常な光景の中、いつものように変わらぬ優雅な姿で二人を出迎えるアンジェラ。そしてその傍らには、返り血で真っ赤に染まったルークの姿が。彼の手には切断されたゴードンの一部があり、それがこの虐殺がアンジェラとルークの仕業であることを明確に告げていた。


 目の前の光景が理解できずに茫然としていたギルバートは、ダリウスが銃を構えた音で我に返った。


「……何がどうなってるかさっぱり分からんが、犯人がお前らだってことは分かった。そのまま両手を上げろ。動いたら容赦なく撃つ」


「ハ、ハント警部…!」


「しっかりしろ、ギルバート!目の前にいるのは凶悪犯だ!」


「っ、」


 どうか犯人ではないと言ってほしい。現実逃避にも似た願いを込めて、ギルバートが縋るような視線をアンジェラに向けたとき。その場に新たな気配が現れた。


「――これでお前の願いは叶ったね。おめでとう、アンジェラ」

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