2)おねえちゃんは産業スパイ??

  あずみ、珍しくスーツで帰ってくる。


あずみ:ただいまー。フクくん、元気だった? 今日ねー、初めての出社で緊張してねー、緊張して緊張してお昼食べられなくて、もう大変だったよー。あー疲れた。


  沙耶加、ラフな格好で現われる。


あずみ:ただいま、ねーちゃん。

沙耶加:おう、おかえりい。仕事、どーだった? 

あずみ:それがさー、ちょっとねえちゃん聞いてよー、もう大変だったんだから!

沙耶加:今日日の就職戦線は誰もが厳しいって言ってるね。あんた20社受けたんだっけ?

あずみ:25社。

沙耶加:25社! それで受かったのは今の一社だけ?

あずみ:(黙ってうなずく)

沙耶加:んまーかわいそ! じゃ、ちょっとくらい仕事に不満があっても辞められないねえ。

あずみ:(歯を食いしばってうなずく)

沙耶加:さっそく、愚痴聞こっか。

あずみ:それがさー、聞いてよー!(ぶつぶつ言ってる)

沙耶加:(フクくんに気がいって聞いていない)うんうん。あ、ご飯あげよっか。

あずみ:(ラフな格好に気づいて)ねえちゃん、今日仕事は?

沙耶加:休み。

あずみ:(脚ばたばたさせて)いーなー、ねーちゃんの会社。いーなー、ずっとバブルまっしぐら。

沙耶加:そんなことないよ、ただの電機メーカーの営業だから。

あずみ:やだ、カタいの作ってる! あたしなんか代理店の下請け会社の新米コピーライターだから当面は雑用だってさ。つまんなーい!

沙耶加:カタいの作ってても売る口調は柔らかくしないと。カタいイメージ払拭!

あずみ:でも営業って売ってなんぼでしょ? ねーちゃんみたいに素行不良でも売上トップなら誰にも文句言わせないんでしょ?

沙耶加:ちょっとやめてよー人聞きの悪い。あたしこれでも地道に頑張ってるんだから。

あずみ:(嫌味っぽく)ねーちゃん酒好きだよねー、酒めっちゃ強いよねー。営業といえばお客さんと乾杯ですか、へーそーですか。毎日午前さまで、昼まで寝ていて。ふーんそーですか、羨ましいなー。掃除・洗濯は誰がしてるんでしょうか。

沙耶加:それ夫婦ゲンカの前哨戦でしょ! まだ結婚もしてないのに。

あずみ:(顔をのぞき込む)へー、それで結婚できます~? ね、ね。できますかー? 恋人すらいないのに(フッ)。

沙耶加:(カチン!)あったま来た。

あずみ:おっ、てめー、やるか?(臨戦体勢からの~? 応戦態勢)

塔子:(出てきて)ちょっとあんたたち、いい大人がやめなさいよ。平日の昼間なのよ。

あずみ:あ、おねえちゃん。

沙耶加:ねーちゃん、おけーり。

塔子:たでーま。あんたたち仕事は?

あずみ:見ての通りでござい。

塔子:(ギョッ)もう辞めたの?

あずみ:まだ辞めてねーわよ! 今月はちょっと早めに帰してくれるの。

沙耶加:(小声で)え、まだ?

塔子:へー、そう。

あずみ:(小声で)文句あっか?

沙耶加:そういえば、ねーちゃんの仕事は? 前から聞こうと思ってたんだけど。

塔子:あんたの仕事、何だったっけ?

沙耶加:電機メーカーの営業。

塔子:あんたの仕事は?

あずみ:コピーライター。新米だけど。

塔子:コピーライターって、わたしには糸井重里さんくらいしかわからないけど、大変なお仕事なんでしょ?

沙耶加:いまはタワマン広告のマンションポエムくらいじゃない? あれ読むとつい笑っちゃうのよねー。

塔子:マンションポエムって?

あずみ:マンション広告にある詩的なキャッチコピーのこと。電車とかで見ると「誰が買うかよ?」って笑っちゃってね。ツッコミどころ満載でさ。

沙耶加:(タカラヅカのように気取って)『女神は、輝きの頂点に舞い降りる』。

あずみ:(指さして)そうそう、そんなやつ! 『人生に、南麻布という贈り物』。

沙耶加:ウケるー!『<惑星>のような輝きを放つ』

あずみ:誰が惑星に住むんだよ、マンションだろ?


  あずみ、沙耶加、ころげて笑う。


塔子:ちょっと、あんたたちやめなさいよ。

沙耶加:そーいや、ねーちゃんの仕事はー?

あずみ:わたしも知りたいー。ねえねえねえねえ!

塔子:(じっと固まって)教えない。秘密厳守。

二人:え?!

塔子:わたしの仕事は守秘義務があって、家族にさえ教えられないのよ。秘密なの。

沙耶加:(狼狽えて)…もしかしてねーちゃん、産業スパイ?

あずみ:えーっ?!

沙耶加:経済スパイかも。いや企業スパイ?

あずみ:産業スパイってあれでしょ? ターゲットにする企業の情報を収集することでしょ? 盗人猛々しい!

塔子:違う違う、そうじゃないのよ。

沙耶加:(昔の女スパイみたいに攻められて色っぽく)あたしの務める電機メーカーの貴重な情報を漏らそうってしてるんじゃない? ひゃだっ! こわいっ!

塔子:違うったら、もう。

あずみ:(スマホを見て)ちょっと待ってねーちゃん。経済スパイと産業スパイって、なんか違うみたいね。

沙耶加:(まだ女スパイ続いてる)…あたし秘密なんてないわよ? いったいどういうつもり?

あずみ:じゃあ、おねえちゃんの業種から聞こうじゃないの。

塔子:それ、機密事項っていうんじゃない?

二人:ええええ! まだ隠す! やっぱりスパイよ、この非国民!

あずみ:(顎をひねって考え込む)待て待て…おねえちゃんが仮に「スパイじゃない」って言っても怪しさは消えないし、開き直って「スパイ」と言ってもそれは嘘じゃないかと…こりゃ「スパイの矛盾」だわ。

沙耶加:じゃあどうするの? ここで拷問するの? 拷問なんてやりかた知らないよ~っ!

あずみ:ちょちょちょ待って! スマホで検索するから!

沙耶加:(拝む)お願いっ!

塔子:(呆れて)…わたし、トイレ行ってくるね。

沙耶加:あっ、逃げるな!

あずみ:ねえちゃん捕まえて!


  塔子、トイレに籠る。


塔子:(溜息をついて)こんなことなら、家で食べないでいつものカフェで食べてくればよかった。学生さんたちは自由に食べる時間があるけど、わたしたち職員はそんなに時間ないんだよね…。あーあ。

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