第3話 聖域を封印した日

次の日から、嫌がらせは、ピタッと止まった。でも、と言う科目は、残されたまま。万優子以外、私と話してくれる女子は、この中学には、1人もいなくなった。


「まぁ、気ぃ落としなさんな。私は味方だ」


「まぁ、気ぃなんか落としてないさね。でも、感謝する」



ガシッ!!



いきなり、後ろから、頭をつかまれた。


「な!?」


「おっはよーございまーす。せんぱーい」


「矢代…」


「俺、昨日、3人フったから」


「………」


「何とか言ったら?」


「なんて言って欲しいの」


「………お前、マジむかつく。分かってて言ってんの?それともマジで言ってんの?」


「だから、何がよ」


「お前、あの先輩とやらに告白してても絶対断られてるわ」


「!?」


その言葉に、いつも冷静沈着な私は、…こいつの前では、いつも、冷静さを欠く。


「あんたになんでそんなこと言われなきゃいけないの!?」


「だって、そうじゃん。お前、全然心見せねーもん。そんなんじゃ、誰にもすかれねーぞ」


「じゃあ、あんたはなんなの!今すぐ私に告白したなんて、只の噂だとでも言って、私の聖域侵したこと反省しなさいよ!!」


「出た…。聖域」


「何よ」


「聖域、見せるから、すきになるんじゃん。聖域、見せたいから、すかれるんじゃん。聖域…見たいから…」


言葉を詰まらせる亜湊真。何が言いたいか、なんでこんなこと朝から言われているのか、全然分からない星杏。


「…てか、いつまで、人の頭つかんでる気?い良い加減離しなさいよ」


「………」


頭に手を置いたまま、何故か、万優子に視線らしきものを送る亜湊真。ちらちら、周囲も気にしている感もある。何事?と思っていたら、先に、そのを察したのは、万優子の方だった。


パンッ!と星杏の背中を叩くと、何も言わず、そそくさとその場を立ち去った。


「何?万優子の奴…」


ぎゅ……………。


「!!??」


誰もいない昇降口で、亜湊真は、星杏の頭を抱えたまま、その体を抱き締めた。そして、今日、2回目の報告。


「俺、昨日、3人、フったから………」


「…………」


抱き締められた事なんて、もちろんない星杏。思いっきり聖域を侵されている。…のに、どうしてだろう?怒る気になれない。


『どうでも良い』『勝手にすれば』『知ったこっちゃない』


多分、言いたい。それでも、真っ直ぐな亜湊真の抱擁に、胸が熱くなるのを、隠せない。こんなこと、今まで、星杏の聖域で起きた事、1回もなかった。こんなに、ドキドキすること、なかった。何となく似てる…先輩を失った、あの痛みと同じようなヒリヒリ…。


しばらく、抱き締めると、もう1度、亜湊真は言った。




「俺、昨日、3人、フった…からな……」


「………そっか……」


ぽん。


抱擁を解くと、星杏の頭を撫でると、亜湊真は、2年生の教室に戻って行った。


「……何なの……侵さないで…これ以上…私の…聖域……」


何か、分からない。只、胸のドキドキが、止まらない。











この日も、亜湊真の一括で、女子達は、無視以外何もしては来ないけど、すっかり、の星杏。


家に着いて、ベッドにダイヴ。鞄ごと、ダイヴ。制服、靴下、ヘアゴム、コンタクト、ぜーんぶ、まとめて、ダイヴ。


そして、しばらく、目を閉じて、想い出していた。



先輩を、すきでいた日々。すきになったきっかけ―――…。


星杏が、1年生の時、星杏は図書委員だった。本がすきだったから、立候補した。そして、委員長が、その先輩だった。最初は、何とも思わなかった。顔も、特別いいわけじゃなかったし、背だって普通のちょい高いくらい。髪型は、後で聞いた話。自分で切ってたらしい。だからかな?少し、面白い髪型だった。


そんな風に、先輩を観察しだして、2か月。図書室で、本を探していた星杏。でも、中々見つからない。


「諦めるか…」


ボソッとひとりごとだった。なのに、聴かれていた。


「何を?何か、探してるの?」


「あ、新藤しんどう先輩…。あ、ちょっと、本、探してて…」


「なんて本?」


「『夏の思い出』です春日博信かすがひろのぶの」


「あぁ、それなら、俺読んだから、あるところ知ってる。来て」


「あ、はい。ありがとうございます」


意外と広い図書室を、20秒くらい一緒に歩いた。


「あ、あった。これでしょ?」


「あ、そうです。ありがとうございます」


「うん。また、何かあったら気軽に聞いて。俺、一応委員長だから」


「はい」


「でも、意外だな。『夏の思い出』、これ、結構マイナーだよね?どうやって知ったの?」


「あ、私、小5の時、春日博信の『永遠と春』読んで、それから春日博信、すきになったんです」


(あ、話過ぎた…。私、人に干渉されるの嫌いなのに…)


「へー…。俺と趣味同じ!気が合う子、初めてだよ」


「あ、そうなんですか…」


その時だった。気付いたら、胸が、ドキドキしてた。


ほとんど一緒の目線。よく分からない髪型。だらしないはみ出たシャツ。…くしゃくしゃの…笑顔。この人と同じなら、聖域、共有しても良いかも…。共有…したいかも…。


そんな風に思ったんだ。


みやび!もう、探しちゃったよ。目離すとすぐ図書室行っちゃうんだから…」


「良いじゃん。いる場所、分かってるなら」


そう言って、新藤先輩は、『雅』と先輩を呼び捨てにした、女子に、ニコッと笑って見せた。私の胸が、跳ね上がった。


「あ、この人、俺の彼女。神戸琴美かんべことみ。俺と同じ3年だよ」


「あ…初めまして。新藤先輩と同じ図書委員の立川たちかわです。すみません。先輩に本の置き場所聞いてて…。お時間取らせて…すみませんでした…」


「やだ!そんなに真剣に謝らないで。ただ、帰るだけだから!こっちこそごめんね」




初めて、人をすきになった日。


初めて、失恋した日。



聖域…共有…しなきゃ…良かった…って思った日。


私、きっと、一生、春日博信を読むことは、出来ないだろうな…って思った…日。


聖域…もう、共有…しないって、決めた日―――…。

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