奇行その4
「暖かい春の日差しを浴びて」
卒業生一同がおなじみの文言を言ったとき、アカネが話しかけてきた。クラスは違うが、出席番号が同じだったので、幸か不幸か隣の席になったのだ。
「放課後空いてる?」
僕らは部活に入っていないから、見覚えのある人間が舞台の上に一人もいない。だからといって、大事な式に水を差していい理由にはならないので、声のボリュームを下げるようジェスチャーした。周りの生徒が彼女の方を一斉に見る。ミチルが、焦っている僕を見て、力こぶをたたく仕草をした。
「……空いてるけど、どうしたの?君から話しかけてくるなんて、珍しいね」
実際、彼女の方から話しかけてくることは滅多になかった。
「見たいものがあるから、一緒にきて」
僕は、噛みしめるように、ゆっくりとうなずいた。彼女にとってはただの気まぐれなんだろうが、嬉しくてニヤニヤを抑えられない。
卒業生たちは、大地への感謝や、旅立ちへの心意気を赤裸々に歌って、式は感動に包まれて終わった。皆が清々しい表情をしているなか、じめっとした薄ら笑いを浮かべているのは僕だけだった。
吉祥寺駅公園口の案内板が見えると同時に、壁に背中を預けてスマートフォンをいじるアカネの姿が見えた。近づいても、こっちに気づく様子はなく、ローポリゴンのキャラクターをひたすら走らせる、という内容のゲームをしていた。コンセプトからして退屈そうだが、よほど感性が鈍いのか、他の娯楽を知らないのか、どちらにせよかなり熱中していたのでしばらく見守っていた。
表情からは感情が認められないそいつは、ゴールテープを切っても相変わらず無表情だったが、俊敏な動きでバンザイをしているので嬉しいのだろう。どこか彼女と似ているなと思った。
「そういうゲームが好きなの?」
「もう五年ほど続けているけれど、半分惰性ね」
「もう半分は?」
「愛着」
正気とは思えない。この、制作側の努力が微塵も感じられない、不出来なパックマンのどこに愛着のつけ入る隙がある?あるいは、不出来だからこその愛着なのかもしれない。彼女は、四肢の欠損した昆虫を見つけると必ず立ち止まる。 五分ほど歩くと、井の頭公園の入り口が見えてくる。この公園は鬱蒼としすぎず、かといって人の手垢もあまりついていないので、人工と自然のバランスが心地いい。
僕が、鴨の親子を見て、心の大事な部分を温めていると、彼女がハナムグリの死体を僕の眼前に突き出してきた。
「うわっっ」
払いのけると、死体は池の方に飛んでいき、鴨の親子はびっくりしてどこかへ行ってしまった。
「虫、嫌いなの?」
死体がそれなりの速度で視界に飛び込んできたら、昆虫博士や、巨体の格闘家でも相応の驚き方をするだろう。
「ねえ」
「……」
説明が面倒なので、眉をひそめて見せると、彼女は要領を得ない様子で歩いて行った。
ぶれいきんぐアクセル @oganiinago
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