第2話 魔王の末裔

 かつて、この地は百の魔物が住まう地、モンスティアと呼ばれていたという。それが『勇者』を召喚したヒト族によってリバティアへと名を変えられて140年。かつて世界を支配していた魔人族は、ヒト族の下で解放された筈の亜人族ともども東の隅へと追いやられ、貧しい暮らしを余儀なくされていた。


 かつての魔人族の栄光ある文明など過去の話であり、彼らが『都市』と呼ぶ場所さえもヒト族の集落よりだいぶマシな状態であった。もし目に見える程の規模にすれば、間違いなくリバティア軍に見つかって滅ぼされるからだ。


 だがある日、ジュラシア地方の一角に現れた正方形の構造物とその周辺に現れた帝国軍陣地に多くの魔人族は首を傾げた。確かにこの地方は最近になって開発の手が入れられた場所であるが、あの様な建物は見た事がなかった。


「アレは何だろうか?」


「帝国軍の城塞…にしては規模が小さすぎるな。それに城を建てるなら、より立派な城壁で囲むだろうし」


 見物に訪れていた数人が会話を交わした数日後、状況は一変する。構造物の入口からは幾つもの深緑色の怪異が現れ、強烈な爆発を引き起こしながら帝国軍を蹂躙していく。その光景に多くの魔人族が驚愕する事となったが、同時に不安を覚えた。


「彼らはもしや、新たなる侵略者ではなかろうか?」


 彼らの頭の中に、交渉の可能性は無かった。そもそも魔人族が支配していた頃から、ヒト族と交渉する事などあり得ないという事が常識としてまかり通っていたのだ。この変事に対してどう対応すべきか、議論は行われたものの、何一つ打開策を思いつける者はいなかった。


 そんなある時、一人の魔人族の男が大胆な策に打って出る。ドルジと呼ばれるその男は好奇心旺盛な青年であり、異世界からの来訪者に強い興味を持っていた。そしてある時、彼は一瓶の酒を片手に、周辺の偵察を行っていた彼らに近寄り、あっさりと捕まったのである。


 この時点でドルジは、捕まえたというのに拷問やら暴行やら加えない相手は帝国軍とは全く違う事に気付く。言葉は通じなかったが身振り手振りで幾分かコミュニケーションを取る事は出来たし、如何に文明が衰退したとはいえ、魔人族特有の文字は残っている。絵と組み合わせる事で少なくともモノは理解できる様になった。


 解放されて直ぐ、集落に戻った彼は直ちに羊皮紙に単語帳を書き記し始める。植物やら食料で共通したものがあったお陰で、自分の知るものの『あちら側』での呼び名を知る事は出来たし、発音の癖もある程度理解する事は出来た。集落を取りまとめる老人たちに対しても、五体満足で生きて帰ってこれた事を理由に彼らとの話し合いを引き受けさせてほしいと求めたのである。


 流石にご老体から理解を得るのは難しかったが、その数日後に緑色の服を着た集団が、ひとりでに動く荷車に乗って現れ、そして片言ながら魔人族の言葉で呼びかけてきたのだ。彼らはドルジと接触した者たちであり、友好的な姿勢を見せてきたのだ。


 彼らも中々に理解してもらえないとは予想していたため、しばらくはドルジを介しての意見交換に徹していたが、共通の単語帳製作や言語理解が進むに連れて意思の疎通も進展。実際彼らはその行動で、亜人族にとって無害な存在であり、むしろ魔人族にとって有益な存在になりうる事を、生活支援事業にて証明してみせたのである。


「俺達が今必要としているのは多い。安定して食料を作れる畑と牧場、清潔な水がいつも得られる井戸、そして自立する権利だ。ニホンはこのジュラシアに踏み入った対価として、リバティア軍の撃退とそれらの提供をしてくれた」


 発想の違いから、これまで魔法では成し得てこなかった技術や設備、そしてそれが用意されている土地の提供は、ドルジ達魔人族が再び『都市』を手に入れるのに十分な要素となった。まず土地は、『跳躍点』より東に20キロメートルの、手付かずの広大な平野に設けられた。彼らは政府開発援助ODAを頼りに畑を開墾し、日本人技術者からの指導を受けながら農業に勤しむ。


 リバティア支配時代の彼らは、相手に見つからない様に生き抜くため、狩猟と山林での野草採取で糧を得ていた。小麦など到底手に入る様な代物ではなく、実際彼らからもてなしを受けた自衛官は、退役後に出版した回顧録にて魔人族の食事を振り返っている。


『彼らの主食は、野生動物の肉である。いわゆる串焼きをメインとし、味付けはない。彼らは海に近付いた事が無く、岩塩も入手が困難なためである。それと一緒に食べるのは、林で採ってきた栗やドングリを潰してあく抜きし、水や山草とこね合わせて焼いた、原始的なパンである。そして野菜はなく、代わりに野草やキノコをあく抜きして土器で煮込んだスープや、自生していた果実がビタミンを補うものであった。隊員の一人は「まるで縄文時代の食事だ」と振り返ったが、確かにあの様な自然味溢れる食事ばかりなら、ドルジ氏は自衛隊のレーションに驚愕する筈だ』


 そして、日本との接触は間違いなく彼らの食事を変えた。まずコンロの機能も有する薪ストーブと、金属製の調理器具や食器の提供は、食事方法を変化させるのに十分なアイテムであった。焚火や囲炉裏に串焼きを並べて直火で焼くスタイルから、コンロにてフライパンで食材を焼いたり、土器ではなく金属製の鍋でスープを煮込む調理法は、より栄養満点な食事を得るのにつながった。


 食材も同様に、日本からは大量の小麦粉や塩、香辛料などの調味料が供給され、食事を娯楽として楽しめる様にしていった。水も付近の川より太陽光発電で稼働するポンプで引かれ、ODAで設備された水道により安心して清潔な水を得られる様になっていた。


 こうして異世界からの産物によって魔人族の生活環境は非常に向上し、相互理解のための交流会も盛んに行われる様になっていった。当然、この動きはリバティア帝国軍の知るところとなり、直ちに『跳躍点』奪還を兼ねた討伐軍が差し向けられた。だが、結果は自衛隊の逆襲に遭って壊滅するのみであった。


 そして時が経ち、西暦2002(平成14)年の2月、交渉役として高い支持を得ていたドルジは、魔人族の生活水準をより向上させるために、他の集落の若者とともに評議会を設立。それまで自治は高齢の魔人族の合議で進められていたが、複数の集落で連携して高度な政治を行うには、集落単位での限られた視点に依存するのは危険だと判断されたからである。無論、急進的な変化に対して懸念を示す者は多かったが、リバティアの歩兵軍団をりゅう弾砲の一斉射や対戦車ヘリコプターで薙ぎ払う様子を目の当たりにしていた者達はこう言い放った。


「そうして変化を求めなかった結果がこれではないか?」


やがて、かつての魔人族が治めていた国の復活を目指す、『復国主義』が誕生。日本の軍事力に完全依存しない、近代的な独立国家の建設が目標とされたのである。

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